令嬢曰く挟まるな
辺りがにわかに騒がしくなってくる。
そこそこ派手にやったのだ、誰かが騎士団を
呼んだのだろう。
「君たち! 一体何の騒ぎだ!」
案の定、騎士が数人走って来た。
「魔族がこの子を襲っていたんです」
「魔族だって? 冗談はよしてくれ、なんで魔族がこんなところにいるんだよ」
あれ、もしかしてまだ上から何も聞いていないのかな。
まあいいや。そのうち伝達が来れば、この人たちも信じてくれるだろうし、上に報告だってしてくれるに違いない。
「たぶんそのうちわかります」
「それより、この子を保護してあげてくださいな」
デレーが騎士に子どもを渡す。
彼らは小首を傾げながらも応じてくれた。
これで一件落着、と思ったら。
「おい、この血だまりは何だ!」
路地の奥へと入って行った騎士の1人が声を上げた。
俺が、それは魔族の……と言う前に、彼は言葉を続ける。
「まさかお前たち、誰かを殺して死体を隠したんじゃないのか。ああ、しかもこんなに血が飛び散って……どんな残酷な殺し方をしたんだ!」
「い、いや、それはそのくらい全力でやらないといけなかったわけで……っていうかたぶん殺してはないです!」
「怪しいな……少しついてきてもらおうか」
騎士がすらりと剣を抜く。
なんだか凄く嫌な予感。
背後の騎士たちも当然、柄に手を添えていつでも抜刀できるようにしている。
やれやれ、とヒトギラは肩をすくめた。
「これはもう仕方ないだろ」
「うん、そうだね」
全員考えていることは同じようだ。
ヒトギラは手をついと動かし、つむじ風を起こす。
風は一瞬で大きくなり、前方の騎士をぽーんと投げ飛ばした。
「よし逃げよう!!」
俺たちは一目散に駆け出す。
ぶっちゃけ時間さえあれば誤解は解けると思われるのだが、捕まって身動きがとれなくなるのは避けたい。
路地を通り過ぎ、人々の間を縫うように走り、町を抜けて平野に出た。
「向こうにも町がありますわ! そこに行きましょう!」
「わかった、ありがとう!」
デレーの指示通りに次の町へ転がり込み、やっとのことで俺たちは騎士を撒くことに成功した。
「はあ、はあ……」
ちらりと魔魂探知機を見る。
反応は無い。
「気を取り直して、宿を探しましょう。皆さんお疲れでしょうし、ゆっくり休むのが吉です」
「うん。って、そういうトキも顔色悪いよ」
「ああ……思ったよりワープ魔法にごっそり魔力を持っていかれまして。放っておけば回復するのでご心配なく」
あの短距離のワープでもこんなに疲れてしまうのに、領地間の移動なんてできるのだろうか、と不安がよぎる。
「まあ僕はそう魔力量が多い方でもありませんから。ヒトギラさんの方がかなり多いでしょうし、今度からはそちらにお願いしたいですね」
わかった、とヒトギラが頷く。
とはいえ今回は緊急だったから仕方ないものの、ワープを使うタイミングは慎重に見極めなければ。
それからしばらくは特に大きなトラブルも無く、大領地内を巡って依頼をこなしつつ『器』を探す、といった具合の日々が続いた。
魔族に遭遇もしなければ、魔魂探知機が反応することもない。
どうやら俺があの男に言った通り、こちらに来ている魔族はあまりいないらしい。
変わったことと言えば、パトロールをする騎士がやや増えたこと、そして「魔族が出没した」という情報が一般人にも知れ渡ったことだ。
「聞いた? 南の方の町で魔族が子どもを襲ったんですって」
「聞いた聞いた、怖いわねえ。子どもは無事だったのかしら」
「ああ、無事らしいぜ。なんでも、通りすがりの人たちが助けてくれたんだと」
「まあ! そうだったのね。けど魔族が来てるなんて不安だわ」
「あはは、心配性ね。軍隊が来たわけじゃないんだし、きっと騎士様が何とかしてくれるわよ」
しかし、あちこちで聞こえてくる会話の中に『魔王の器』の言葉は無い。
引き続き機密事項にしているのだろう。
魔族に関してはもう存在がハッキリしている危険なわけだし、各々にも警戒してもらおうってことかな。
「うーん……」
「どうしたの、トキ」
「ずっと気になっていることがあるんです。ほら、あの緑色の石」
緑色の石――あの魔族が持っていた奇妙な石だ。
バサークがうっかり割ったら魔族が消えてしまったという、あれ。
「あの石の用途って何でしょう」
「単なる弱点ではありませんの?」
「いや、弱点ならもっとしっかり隠しておくだろ。少なくとも、転がり落ちたりはしないように」
「じゃあやっぱり何かの道具ですかね……」
割れると持ち主が消える、魔族の男はそれを嫌がった、しかし厳重に保管されているというわけでもなかった……。
もう少しで何かがわかりそうな気がするけど、どうも考えが上手くまとまらない。
「あ、そうだ! いいこと思い付いたよ」
バサークがパッと顔を輝かせて言った。
「もう1回魔族に会って、捕まえる! それで、ゴーモンして石のことを教えてもらう!」
「拷問……良いですね。フウツさんに盛ったいつぞやの毒の出番です」
「良くないけど!?」
拷問はさすがに倫理的にアウトだ。
このパーティーで倫理観がどうのとか言うのは今更かもしれないが、それでもさすがにアウトである。
「そもそも会おうと思って会えるものでも――」
「きゃあああああっ!」
「魔族だ! 魔族が出たぞーっ!」
平穏な昼下がりの空に突如響く悲鳴。
光りだす魔魂探知機。
噂をすれば影どころの騒ぎではない。
「ほら! チャンス!」
「そ、そうだね」
何にせよ、放置することはできない。
少なくとも騎士団が来るまでは戦って抑えておこう。
反応の方に向かっていくと、何軒かの建物からもうもうと煙が立ち昇っているのが見えた。
そしてその中心には。
「ん? なにお前ら?」
薄赤色の肌と蛇のようにうごめく髪、そして槍を持った少年の魔族が立っていた。
朗らかに笑みをつくる口には鋭い牙が生え、きょろりきょろりと動く目には瞳が3つある。
さらにその周りには数人の騎士が倒れていた。
……これは、クロだな。
「トキ、バサーク、救出と怪我人の手当てをお願い」
「わかりました」
「はーい」
2人を救助に向かわせる。
バサークを戦力に加えた方が戦いは楽なのだろうが、建物に取り残されている人もいるかもしれない。
今は人命が優先だ。
「行くぞ」
ヒトギラが手をかざし、弱化魔法をかける。
途端に少年はぐらりとバランスを崩してよろめいた。
「てやあっ!」
俺は一直線に切り込む。
「なんだ、お前もか!」
少年はひるむどころか逆に槍を構えて迎え撃ってきた。
さすがは魔族、弱化魔法を受けてなお意にも介さないように応戦してくる。
しかし弱化が効いていないわけではない。
その証拠に、槍を振るう手、踏み込む足がわずかにブレている。
「いいなあ、お前。俺はお前みたいな奴は好きだぞ」
「みたいなって、どんな?」
「弱そうな顔して結構強い奴!」
俺の剣と少年の槍がぶつかり合った。
互いの刃がはじかれ合い、後ろに2、3歩後ずさると同時に背後から斧が飛んでくる。
「おっと危ない」
少年はそれをすんでのところで躱し、斧は地面に突き刺さった。
「被告、そこのあなた! フウツさんに色目を使った罪で! 死刑ですわ!!」
見ての通りというか聞いての通りというか、斧を投げたのはデレーだ。
今のやり取りのどこに色目要素を見出したのかは不明だが、お怒りのようである。
「はは! 混ざりたいならそう言ってくれよ。俺は仲間外れになんかしないぞ。さあ、3人でやろうぜ」
「挟まるな下郎!!」
後ろに目をやると、ヒトギラがやや離れた所からこちらを見ていた。
あれはたぶん「あほくさ」の顔だ。
まあ弱化魔法はかけてくれているみたいだし、引き続き後方支援を任せておこう。




