VS魔族
魔魂探知機を注視しながら、慎重に進む。
もしこの先にいるのが『器』だとして、彼もしくは彼女がどこまで知っているのかは不明だ。
もし自分が追われる立場にあると理解していたなら、接近してくる俺たちを見て逃げ出すかもしれない。
あくまで自然に、怪しまれないように接触しなければ。
町に足を踏み入れてさらに歩を進める。
深夜とまではいかない時間帯だ、まだちらほらと人通りがあった。
一歩、一歩と前進していると、不意に探知機から呼び鈴のような音がする。
「魔界の力を持った魂」が近くにいるということだ。
「よし、あと少し――」
「! これ、駄目なやつだ!」
急にバサークがそう叫んだかと思うと、全力疾走で瞬く間に細い路地に飛び込んで行った。
言うまでもなく、そこは探知機が指し示す先にある。
俺はエラの言葉を思い出した。
――騎士団が所有しているものとは違って魔物には反応せん。まあたぶん魔族には反応してしまうがな。
バサークは「駄目なやつ」と言った。
で、あれば。
この先にいるのは、もしや『器』ではなく……。
急いで彼女の後を追い、路地に駆け込む。
そこにいたのは。
「ああ? なんだテメエら」
黒く鋭い手。尖った耳。背中から飛び出る突起。白目の部分は黒く、瞳の部分は赤い。
目の前の男は不機嫌そうに、大きく裂けた口元を歪める。
俺は理解した。
実際に見るのは初めてだが伝承が正しければ間違いないだろう。
彼は人の形に近い異形。いや――異世界の人間、魔族だ。
「せっかく静かにやってたのに、フード女、お前のせいでまあこんなにぞろぞろと……」
俺は体を強張らせた。
彼の手が、小さな子どもの口を塞ぐように掴み、逃がすまいとしていたからだ。
「あなた魔族?」
バサークは口調に怒りを滲ませている。
「見りゃわかんだろ。それともアレか、こっちの人間は喉を過ぎた熱なんかすぐに忘れるタイプか?」
挑発的な言動。明らかな敵意、悪意。
それ以上の理屈はいらない。早くこの男をなんとかしないと、あの子どもが殺されてしまう。
声も上げられず、目に涙を溜めて震える子どもの視線が突き刺さった。
ごめん、絶対助けるから。もう少しだけ辛抱してて。
「そういうテメエは噂の竜人だな? 瞬きひとつの間に現れやがって。身体能力だけなら俺らとタメ張れるぜ」
「いいから、その子を放して」
「やだね。こう見えて仕事なんだ、見逃すわけにはいかねえ」
男はなおもニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる。
この状況を楽しんでいるんだ。
俺たちが下手に動けないのをわかった上で、あいつは。
「ほらどうした、なんで棒立ちなんだ? 早くしねえとこのガキ殺しちまうぞ?」
さてどうするか、と思考を巡らせていると、腰の左側辺りに何かが触れる感覚があった。
ちらりと見る。
左後ろにいるのは……トキだ。
とすると、これは彼の指か。
ス、ス、と指が動く。
俺は、彼が文字で何かを伝えようとしているのだと気付いた。
指のなぞっていった軌跡を読み取る。
『話 続けて』
話を続けて、つまり喋って時間を稼げということだ。
トキには何か策があるらしい。
わかったと言う代わりに、魔族の男に向かって口を開く。
「君は何でこんなことを?」
「言っただろ、仕事だ。聞いて驚くな? これは魔王様直々の命令だぜ」
「人間を殺せって、そう魔王が言ったの?」
「おうとも」
「……じゃあ、いいこと聞いちゃったな」
「は?」
男の眉間にしわが寄る。
「君たちがどうやって来たのかはわかんないけど、あんまり沢山は来られないんでしょ? 少なくとも、現時点では」
「テメエ……」
「図星かな? でもこんなのすぐにわかるよ。だって何人でもこっちに送れるなら軍隊まるごと寄越して、一気に制圧しちゃえばいいんだもん」
俺は全力で平静を装いつつ、死ぬ気で頭を回す。
なぜこういう行動をしているのか、なぜああいう行動をしないのか。
とにかく魔族側の気持ちになって考えるんだ。
頑張れ俺の脳みそ、回れ俺の口。
「それにさ、こうやってコソコソしてるってことは君たち、言うほど強くないんだね。竜人とタメ張れるとか言ってたけど……さては強い人はこっちに来られないんでしょ。人数制限だけなら、魔王1人送ってそれで君たちの勝ちだもんね?」
……あれ、これちょっと煽りがすぎてるな?
トキに頼まれたのはおそらく時間稼ぎであって、怒らせることじゃないのに。
これじゃあ却って……。
「このっ、減らず口たたきやがって!」
しまった、と思った時にはもう遅い。
案の定、男は顔を真っ赤にして怒りだした。
いけると思った途端にこれだよ! 俺の馬鹿!
「そんなに死にたきゃ――」
「今です!」
男の言葉を遮ってトキが合図を出す。
「とりゃー!!」
直後、バサークが飛び出し男に殴りかかる。
男の注意は、完全に俺に行っていた。
この不意打ちには反応できないだろう。
決まった――と、思いきや。
「無い頭捻って、この程度か?」
「へ? うわーーーっっ!?」
ひらりと身を翻し、男は難なくバサークの攻撃を避けた。
バサークは勢い余って地面に思いっきり突っ込む。
さらに襟首を掴まれ、俺たちの方に軽々と投げ飛ばされてしまった。
「ちぇっ!」
幸い、バサークは華麗に着地をきめてピンピンしているが、これはマズいことになってきた。
「気が変わった、ガキより先にテメエらを殺す」
男は子どもから手を放し、こちらに向かって歩いてくる。
「逃げられると思うなよ。特に青髪、あと金髪のガキ。なんかコソコソやってたみてえだが、全部お見通しなんだよ」
バサークの攻撃を、不意打ちに半ば気付いていたとはいえ躱したんだ。
おそらく死角からじゃないと彼にはまともに攻撃を当てられないだろう。
路地の反対に回るか?
いや、その前に追いつかれてしまう。
じりじりと距離を詰めてくる男に身構えていると、くす、と笑う声がした。
「……おい金髪、何がおかしい」
男がトキをじろりと睨む。
「いやあ、すみません、つい。自分を賢いと思い込んでいる馬鹿ほど滑稽なものはないなあ、と思って」
「また俺を煽ろうってか? もうその手にはかからねえよ。残念だったな」
「ええ、本当に」
へ、と間抜けな声が出た。
俺のものか、男のものか、それとも別の誰かのものかは定かでないけれど。
ともかく、そんな声と共に、男が路地の壁に叩きつけられた。
ついでにバケツの中身をぶちまけたように血が飛び散る。
「テ……テメ……」
ずるりと地面に伏した男が、己に渾身の一撃を叩き込んだ相手――デレーを睨みつけた。
「安っぽい慢心、どうもありがとうございました」
そう言って笑うトキの手の中には、ワープ魔法発動装置があった。
もしや、と思ってデレーの足元を見ると、指標釘が刺さっている。
なるほど、バサークが飛びかかった時にあれを設置していたのか。
トキは最初からこうするつもりだったんだ。
「もう大丈夫でしてよ」
呆然とする子どもをデレーが抱き上げる。
「この子は騎士団に連れて行くとして、こっちの生ゴミはいかがいたしましょう?」
「殺しとけばいいんじゃないか」
「いや、その人も騎士団に突き出した方がいいのでは?」
男の処遇を決めかねていると、バサークが「ん? これなんだろ」と呟いて何かを拾った。
「フウツ、わかる?」
俺の前にそれを差し出す。
どうやら緑色の宝石のようなもので、月明かりを受けてキラキラと光っている。
「うーん、俺もわかんないな」
ヒトギラたちにも聞こうと振り返った、その時。
「ああっ! テメエそれだけはやめろ、返せ!」
男が突然大声を上げた。
「うわっ」
驚いたバサークが小さく悲鳴を上げる。
と同時に、パリン、と硬い何かが割れる音。
「え」
「あ」
バサークの手から緑色の煌めきが零れ落ちた。
「ご、ごめん……びっくりして割っちゃった」
「こッ……このクソ竜人がァーーーーーッッ!!!!!」
血塗れの体をわなわなと震わせ、男は絶叫する。
そして驚くべきことに、そのまま彼は闇に溶けるように消えてしまった。
何事かと思い目をこすってもう一度見るが、路地には血だまりが残るだけ。
なんだか急な展開に置いて行かれた気分になり、俺たちは無言のまま互いに顔を見合わせるのであった。




