正しさ
エラには泊まっていってもらうことにして、とりあえず俺たちはいつも通りに夕食を食べ、いつも通りに床に就いた。
俺は仰向けに寝転がりながら天井を見つめる。
……魔王、それから『魔王の器』。
話を聞いた時は壮大すぎてよくわからなかったけど、こうして落ち着いて考えてみるとじわじわと不安が滲み出てくる。
すごく、嫌な感じだ。
胸の奥がざわざわする。
これから良くないことが起こりそうな、そんな気がしてならない。
俺は何度も寝返りをうちながら考えた。
エラは軽い風に言ったが、もしかしたらそれも俺たちに余計な不安を与えないためだったのかもしれない。
世界をすっぽり覆ってしまうような巨大な力を前にした時、いったい俺に何ができるのだろうか。
みんなの身に危険が迫った時、果たして俺にはみんなを守ることができるのだろうか。
……やめよう、夜は考え事をするべきじゃない。
今日はもう寝てしまうのが一番だ。
そうして迎えた翌朝。
エラから手紙を預かり、俺たちは騎士団に赴いた。
駐在所にはすでにカターさんがおり、特に待つことも無く招き入れられる。
「協力、感謝する。急ぐわけではないが、余裕があるわけでもない。早速聴取を始めようと思うのだが……。貴様ら、なぜ全員で来た?」
「すみません、俺もそれ今思いました」
駐在所は外から見るとそう小さくもないのだが、それは居住スペースがあるからだ。
相談や訴えに来た住民に対応する場所はどちらかと言えば狭い。
いや、1人2人くらいなら普通に入れるくらいだけれど、如何せん俺たちは合計5人。
明らかに定員オーバーであり、みちみちに詰まってしまっていた。
「なんかこう、意見は多い方がいいかなーと」
「……まあ、積極的なのは有難いが。ともあれ聴取を始めるか」
「はい」
何とも言えない目で見られつつ、俺たちはカターさんの質問に答えていった。
今度はできるだけ詳しく、知っていることを洗いざらい。
「ふむ、毒は効くのだな」
「でも生半可なものでは駄目でしたけどね」
「……では貴様らは生半可ではない毒を使用したということだな? 出所はどこだ。市場ではないだろう、まさか闇市場ではあるまいな」
「あっ」
マズい、墓穴を掘ったなこれ。
トキの情報は騎士団に渡さない方がいい。
騎士団経由で彼がここにいることを両親に知れてしまう可能性は大だ。
うまいことぼかして伝えよう。
「し、知り合いの毒使いが作ったものです」
嘘は言っていない。
けど「その毒使いを連れてこい」なんて言われたら一巻の終わりだ。
俺はできるだけ平静を装ってカターさんと向き合う。
「そうか。よもや悪用などしていないだろうな」
「大丈夫です、してません」
「わかった。その言葉、信じておこう」
……誤魔化せたっぽい?
よかった。
トキも後ろで冷や汗をかいたことだろう。
「私からの質問は以上だ。他、何か気付いたことがあれば遠慮なく言え」
「あ、それならひとつ。この異変の原因なんですけど、『魔王の器』っていうのが関係してるんじゃないかって。それで近いうちに魔王がまた攻めてくるかも、と」
俺はエラの手紙をカターさんに手渡した。
「…………エラか」
手紙を開くより先に彼は渋い顔をして呟く。
「はい。よくわかりましたね」
「忌々しいがな。あいつはそういう人間だ。いつも周りのことなどお構いなしに好き放題、しかしごく稀に比類なき働きを見せるから国としては自由にさせておくしかない。タチが悪いことこの上なし、だ」
カターさん、苦労してるんだなあ。
「それはさておき、それは聞き捨てならん。すぐ上に報告するとしよう」
「でも、信用してもらえますかね」
「エラの名を出せば誰もが頷く。あまり知られてはいないが、あいつはこれまでにも2度ほど国を危機から救っている。説得力は十分だ」
実に忌々しいが、とカターさんは繰り返し、手紙を開封した。
「なに、『魔王の器については竜人が仔細を把握している様子。あやつらは口が堅くて敵わんから、そこな小娘に尋ねると良いぞ。じきに思い出す頃合いであろう』……と」
「そこな小娘、って」
俺たちの視線が一斉にバサークに向く。
直後、「あ!」と彼女が手を叩いた。
「やっと思い出した! ね、あたし『魔王の器』のことちょっとだけ知ってるよ! って……どしたのそんなに注目しちゃって」
「エラ、本当に凄い人だったんだ……」
曰く、バサークはエラの話を聞いて『魔王の器』に覚えがある感じがした。
しかし何だったかが思い出せず、今の今まで記憶の引き出しを開けて探し続けていたらしい。
「それでなんだか静かだったんですわね」
「で、バサークさんは何を知ってるんですか?」
「えっとねえ、ずーっと昔からある予言。めちゃくちゃ何回も聞かされたから、あたし言えちゃうんだ! 『魔王の器が現れし時、勇者もまた現れる。魔王の器とはすなわち、魔王の力を有し我らの世界の破壊者と成る人間である。勇者とはすなわち、魔王の力に打ち勝つ公平の体現者にして唯一無二の救世主である』。どお? 偉いでしょ!」
さっきまで思い出せなかったことは棚の上に放り投げて、バサークは自慢げに笑った。
「なるほど、『魔王の器』は人間みたいだね。で、『勇者』魔王に唯一勝てる人ってことかな」
「ふむ。『魔王の器』も『勇者』も何者かは不明だが……どこかにいるなら探す必要があるな。特に前者は早急に始末しなければ」
カターさんの言葉に一瞬思考が固まる。
始末? 殺すってこと?
人間なのに?
「な、何も殺さなくても……。『成る』なんだから、そうならないようにすればいいだけじゃないですか?」
俺は慌てて、そうカターさんに言う。
しかし彼は眉間の皺をさらに深くして、首を横に振った。
「駄目だ。普通の人間のものならまだしも、これは竜人の予言。余程のことが無い限り、外れることは有り得ない。『器』は確実に破壊者となる」
「でも――」
「案ずるな、貴様らの手は汚させん。国の脅威は騎士団が責任を持って排除する。情報提供、ご苦労だった。混乱を避けるため、ひとまずこのことは他言無用とする」
そう言って、カターさんは俺たちを追い出してしまった。
「……えと、あたしまた駄目なことしちゃった?」
固く閉ざされた駐在所の扉を前に、バサークが眉を下げる。
「ううん。駄目じゃない、正しいことだよ。……きっと、正しいことなんだ」
俺は彼女の肩にそっと手を置き、宥めるように言った。
そう。
正しいこと。
人間世界に害を為す存在は消さなければいけない。
じゃないと、大勢の人が傷付くかもしれないから。
だから正しいことなんだ。
……なんだ、けど。
俺たちは拠点に戻り、エラに予言のことやカターさんの反応を伝えた。
「賭けには負けてしもうたか……ま、予想の範囲内じゃ。おぬしら、嫌な役回りをさせてすまなかったの。後は騎士団が上手くやるじゃろうから、おぬしらは気にするな」
「けど、あれだけの情報で見つけられるかな? だって予言には特徴とか、何にも無かったし」
「いいや、十分じゃよ。予言によって、『魔王の器』が魔王……すなわち魔界の力を持っている人間であることが確定した。それからな」
エラは少し申し訳なさそうな目をして続けた。
「魔界の力を持つものを判別する方法はある。他でもない、わしが昔々に開発し国に教えたのじゃ。なに、見つけてしまえば簡単なことじゃった。魂の質が違うのじゃよ、魔界の力が備わっているものは」
「そんな…………」
と、そこまで言って、自分が「『器』である人が殺されるのは嫌だ」と思っていることに気が付き、口をつぐんだ。
無駄なことを考えるのはやめよう、『器』は人類の敵。倒すべき脅威。
それが正しいんだ。
ならば俺は反抗を棄てなければ。
この体質がそうであるように、『器』が殺されるのは仕方のないことなんだ。
仕方のないことなんだから、受け入れるしかないんだ。
「フウツさん」
ふ、とデレーが俺の手を握った。
肌が触れ合い、ほどよい温もりが伝わって来る。
「私にとってフウツさんは世界の中心ですの。フウツさんが白と言えば白、黒と言えば黒。あなたとならば海の果てさえ越えられますわ。異端も何もありません、あなたの正しさが私の正しさ。ですから――正直な気持ちを、お聞かせになって?」
「!」
俺はいつの間にか下を向いていた視線を上げる。
デレーが、みんなが。
俺を見ていた。
「あ――」
そうか。
みんなは自分の正しさを棄てずにやってきたんだ。
世間の正しさに疎まれて隠しこそすれ、決して自分を棄てなかった。
大勢の正しさから外れた者をヤバい奴だと言うけれど。
「悪」は「ヤバい」ものかもしれないけれど。
「ヤバい」はきっと、「悪」じゃない。
じゃあ俺も、そうなっていいんじゃないか?
自分の我を、自分の正しさを貫き通してもいいんじゃないか……?
小さく深呼吸をして、俺は口を開く。
「……俺は。俺は『器』を殺させたくない。世界のためだからってまだ罪の無い人を犠牲にするのは、正しくないことだって思うから」
これでいい。
国中が『器』を殺そうとするんだ、俺1人くらい『器』を守ろうとしたって、神様は許してくれるだろう。
……ああ、違うか。
俺1人くらい、じゃなくて――
「では言わずもがな! 私も『器』を守るに賛成ですわ!」
「俺はどっちでもいい……から、フウツについて行こう」
「だよねだよね! 殺しちゃうのはかわいそうだもん。フウツわかってるー!」
「いやあ、フウツさんといると退屈しませんね。あなたを選んで正解でしたよ」
パーティーひとつくらい、だ。




