正しき過ち
推奨:第6章の「エピローグ」まで読了
レスの師匠たる竜人は、それはそれは奔放な人物であったという。
「人間が好きだから」という至極単純な理由であっさりと掟を破ったのが、最も良い例だ。
彼はいかなる規則にも縛られることなく、また誰に従うこともなかった。
当時はまだ20歳前後と若かったにも関わらず、年上や目上の者に敬語というものを少しも使わない。
日常生活も自由そのもの、好きな時間に起きて好きな時間に寝て、「周りと合わせる」なんてことはまずしなかったとか。
まるで手の付けられない彼に反して、弟子のレスは非常に真面目かつ礼儀正しい性質をしていた。
「師匠」に対し、いついかなる時もレスは敬語を欠かさず、頼まれればいかなる雑用もこなす。
毎日規則正しい生活をしながら、時間を上手く調節して師匠の身の回りの世話もした。
どれだけ非常識で身勝手に思えても、彼は文句ひとつ漏らさず師匠について行く。
理由は簡単、レスは彼を師と認めていたからだ。
それは彼がレスの元を訪れたあの日から、ずっとである。
生まれたばかりでまだ形すらないレスに、彼は迷わず声をかけた。
精霊よ、そこに居るのだろう、と。
レスは驚き、木陰からおっかなびっくり「顔」を出した。
するとそこには満面の笑みを浮かべた青年がおり、なんと明確に自分を見ているではないか。
たったそれだけのことであったが、しかしたったそれだけのことで、幼き精霊は彼を尊敬に値する人物だと認識した。
だから二言目に「私の弟子にならないか」と言われた時、レスはこれを受け入れたのだ。
彼の言い分――魔王に対抗するために協力してほしいとのこと――に賛同したからでもあるけれど、ともかくレスは彼を信頼すると決めた。
否、既に信頼していた。
前述の通り、レスは真面目である。
彼は一度信じたからには、とことん真っ直ぐに進んだ。
師匠から教えられた技、与えられた力をしかと携え、来たる日に備える。
師匠と共に魔物を退治し、無辜の民の平穏を維持する。
師匠が死んだ後も彼の意志を継ぎ、文字通り後継者として、人間を、守る、ために。
……そう。
レスはただ、守りたかったのである。
守らねばならぬと奮闘していたのである。
それ故に。
彼は誤った。
悪意無き少年の内に悪意を見出し、その命を摘もうとした。
少年を殺せばより確実に魔王を打破できていたのは、確かにひとつの事実である。
が、彼にとって、平和のために悪でないものを犠牲にするのは、過ちであった。
偶然にも真実を知ったレスは、それからほどなくして姿を消した。
誰も――命を狙われた本人さえも――レスを責めはしなかった。
だが誰よりも強く、レス自身がその罪に罰を望んだことは、想像に難くない。




