エピローグ
おぼつかない足取りで城の外に出ると、そこでは既にみんなが待っていた。
一目で瀕死とわかる傷を負った俺を見るや否や、悲鳴に近い声で俺の名を呼びながら、デレーたちが駆け寄ってくる。
ぼやける視界の中、周囲を見てみると、影の兵士たちは跡形も無く消えていた。
次に、みんなの方を見る。
ちゃんと全員、いた。
少し怪我をしていたり、疲弊した様子だったりはしているけれど、みんな無事だ。
安心したら力が抜けて、俺は糸が切れたように崩れ落ちる。
危うく地面に転げるところだったが、すんでのところでデレーが受け止めてくれた。
「……さ…………し」
彼女は何やら俺に向かって語り掛けているようだ。
しかし残念なことに、俺の耳は音を上手く拾ってくれない。
どうも疲れすぎたみたいだ。
音どころか、目の前の景色さえ暗くなり見えなくなっていく。
だが不思議と、痛みは無くなっていた。
……眠い。
雪崩のごとく襲ってくる睡魔に負け、俺は目を閉じる。
ぽたりと頬に温かいものが落ちる感触があった。
そこで、ああ大事なことを言い忘れていたと、気力を振り絞って口を開く。
これだけは、伝えておかなくては。
重い瞼を持ち上げ、焦点の合わない目でどこかを見る。
僅かに息を吸い込み、俺は言った。
「ただいま」
――こうして。
1週間にも満たない、けれど気が遠くなるほど長い時を経て、魔王たちとの戦いは終結した。
たくさんの悲しみと、たくさんの怒りと、たくさんの愛が導いた顛末。
悲劇と、これを呼ぶべきだろうか。
否。
否である。
その言葉はきっと、彼らへの侮辱だ。
では何と表せば良いのか。
俺は少し考え、やがて結論に辿り着く。
……これはただ、どこまでも「戦い」であったのだ。
数日後。
治療の甲斐あり、まともに動けるまでに回復した俺は、デレーたち7人と共に魔王城に赴くこととなった。
療養服からいつもの服装へと着替え、第三支部からワープ装置で城下に移動する。
戦いの爪痕はまだ真新しく、至るところに大なり小なりの破壊痕があった。
人々はそんな城下を手当てするかのように、せわしなく行き交っては修理やら何やらに勤しんでいる。
家屋が壊れて頭を抱えている人もいれば、戦いが終わり戻って来られたことを喜んでいる人もいた。
そんな中を、俺たちはすたすたと進む。
エラが作った「道」もまだ残っており、微妙に申し訳ない気持ちになりながらそこを通って城門へと至った。
「や、よく来たな」
門の前にはエリダさんが立っており、軽く手を振って迎え入れてくれる。
「ゼンはたぶん3階にいるよ」
「わかりました、ありがとうございます」
俺は彼に会釈し、みんなの後に続いて城内に入って行く。
言われた通りに3階へ上がると、忙しそうに周囲へ指示を出すゼンがいた。
声をかけても良いものか迷っている間に、俺たちに気付いた彼は二言三言、話し相手に残してこちらへ歩み寄って来る。
「おはよう、みんな。元気そうで何よりだ。さ、立ち話も何だし、ついて来てくれ」
ゼンに連れられ、俺たちはすぐ近くの部屋に足を踏み入れた。
部屋には長い机に、いくつも椅子が並べられている。
どうやらそこは会議室のようだった。
「急な呼び出しだったのに、応じてくれてありがとう。キミたちには、これからのことを話しておきたくてな」
各々が適当な席に着く中、ゼンは話し始める。
まず、自分が新たな魔王の座につくことになったこと。
あまり気は進まなかったが、周囲の人々の推す声が強く、ならば期待に答えようと決意したらしい。
それから、魔界の仕組みを色々変えて行こうと考えていること。
例えば、魔王が文明……とりわけ魔法の発展を抑制していた関係で、魔界には公的な魔法の教育機関が無い。
故に魔法学校なるものをいくつか設立しようと考えているそうだ。
また人間界との関係も、積極的に改善していきたいとのこと。
問題は山積み、というか今のところ両者の関係には問題しかないが、ナオの手も借りつつ前進していくつもりだという。
「そうだ、ナオはどこにいるの?」
俺はあれから彼の姿を見ていないことを思い出し、尋ねる。
「人間界だ。向こうで待っている師に会いたいと言うから、あちらに事の次第を伝えるついでに一度帰還してもらった」
師……なるほどカターさんか。
ナオは彼のことをとても慕っているようだったし、戦いが終わった今、真っ先に会いに行こうとするのは当然の流れだ。
「それで、キミたちはどうする? 人間界に帰っても良いし、魔界に留まるならその手配をするぞ」
「俺たちは……」
考えあぐねて、俺はみんなの方を見る。
「私はフウツさんと一緒にいられるのなら、どこでもよろしくてよ」
「俺もどこだろうと構わない。人間界も魔界もさして変わらないしな」
「あたしはいっぱい戦える方がいいな!」
「僕は肉親に見つからない場所を希望します」
「ボクは……刺激に困らないところ、かな」
「わしは天才じゃから場所を選ばんぞ!」
「お姉さんもどっちでも良いわよ。人間も魔族も可愛いもの」
なんともまとまりの無い答えが、それぞれから返って来た。
俺は苦笑してゼンに言う。
「……ちょっと考えておくね」
魔王城を後にし、俺たちは来た道を戻る。
気持ちの良い風が城下の喧噪を運び、通り過ぎて行った。
俺はふと上を見る。
気が遠くなるほど高い空が、雲を抱いて広がっていた。
醜い争いによって変色した空。
彼の嫌った、赤黒い空。
だが俺にはこの赤色が、人間界を覆う青色と同じくらい好きだと思えた。
決して綺麗ではないけれど、これもまた俺の守るべき、そして愛すべき空なのだ。




