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己との戦い

 俺たちは同時に駆け出す。


 正面から一直線に距離を詰め、互いの剣がぶつかり合った。


 視界に火花が散る。

 魔王の黒い大剣に圧し折られないよう、俺は剣に魔力を巡らせた。


 数秒ほどそのまま競り合い、しかし埒が明かないと悟って潔く後退する。

 と、魔王の黒剣が淡く光った。


 反射的に、ナオが手足を切断されたあの時の光景が脳裏に浮かぶ。


 俺は転がるようにして横に飛び退いた。

 直後、立っていた場所を目に見えない斬撃が襲う。

 石造りの床がいともたやすくえぐれた。


 当たれば即死であろう攻撃をなんとか避けられたことにホッとしつつ、俺は立ち上がりざまに今のと同じものを繰り出す。


 だがそう簡単に命中するわけもなく、軽く身を翻した魔王に回避されてしまった。

 行き場を失くした斬撃は、やはり同じく床に爪痕を残すに留まる。


 次の攻撃に転じようとしたところで、腹部に衝撃が走った。


 咄嗟に視線を落とす。

 ちょうど腕くらいの太さの石の柱が床から突き出、俺の腹に刺さっていた。


 逃れようとするも柱は上向きにそびえており、身動きがとれない。

 前を見ると、俺に向けて振りかぶられる黒剣が目に入る。


「ぐ、うっ……!」


 考えている暇は無い。

 俺は魔法で柱を折って、一気に引き抜く。


 回復は後だ。

 ぼたぼたと零れる血を、水魔法に混ぜて魔王の眼前にぶちまける。


 雑な目つぶしだが幸いにも成功し、魔王は剣を止めて僅かに後ずさった。


 反して俺は踏み込み、彼の懐に潜り込む。

 剣を真っ直ぐに構えて突き出すと、肉というにはいささか軽いものを裂く感触があった。


「このっ」


 反撃が来る前に、素早く身を引く。

 体勢を立て直すと共に腹の傷を治すが、どうやら血が出過ぎたらしく、視界がぐらりと揺れた。


 その隙を魔王が見逃すはずもなく、彼は拳大の氷を俺めがけて撃ち出す。

 俺は炎を以てそれを迎え撃ったが全てを溶かしきることはできず、いくつかが胴体に直撃した。


 みし、と骨の軋む音。

 貧血のせいもあり踏ん張りが効かず、俺は受け身もとれずに後ろに倒れ込んだ。


 仰向けに転がる俺に、すかさず魔王の黒剣が振り下ろされる。

 俺は剣を横向きに構え、すんでのところでそれを受け止めた。


 が、上から押さえつけられるような形になっており、ちょっとでも気を抜けば剣もろとも叩き斬られてしまうことは必至である。


「そうだ。君、味覚はあるんだったよね」


 力は少しも緩めず、思い出したかのように彼は言う。


「楽しみだな。君の体に移ったら、またみんなと美味しいものが食べられるんだ」


「っそれは気が早い、よ!」


 言って、俺は自分の剣全体を起点とし、魔法で炎を燃え上がらせた。

 魔王が怯んだ隙を突いて、俺は黒剣の腹に蹴りを叩き込む。


 さらにそのまま反動を利用してくるりと回転、立ち上がった。

 起点を剣にしたせいで手が少々焼け焦げたが、すぐに回復魔法をかけて何事もなかったかのように剣を握り直す。


「わかってるとは思うけど、『上』には攻撃飛ばさないでよね」


 軽く焼けた頬を治しつつ、今の炎で若干焦げた天井を見上げて魔王は言った。

 何を迷う必要も無い、俺はすぐに返答する。


「もちろん。俺が殺したいのは君だけだもの」


「それはよかった」


 彼は青い髪を揺らして微笑んだ。

 なんとも腑抜けた表情だった。


 休息もほどほどに、俺たちは再び剣を向け合う。


 先に動いたのは俺。

 距離を詰めるべく走りながら、連続して火の玉を撃ち出す。


 魔王はそれを難なく弾いたが、想定内だ。

 火の玉に気を取られて空いた背後から、鎖を模した拘束魔法を飛ばす。


「しまっ――」


 不意打ちをくらいたじろぐ魔王。

 俺は間髪入れずに剣を投擲する。


 魔法の力を借りた剣は矢のごとき速さで飛び、魔王が張った障壁をも貫通して彼の右腕を串刺しにした。


 彼は一瞬、剣を取り落としかけたが持ちこたえ、力づくで拘束を引きちぎる。

 そのまま体を反転させて、右腕から抜いた剣を俺の方へ投げ返してきた。


 無論、刃はこちらを向いている。

 俺は迷わず刃の部分を掴み、切れた手のひらを治癒しつつ柄の方に持ち替えた。


 次に備えるべく構えをとると、魔王が黒剣を床に突き立てた。

 すると彼の背後に大きな魔法陣が現れ、そこから槍が何本も生成される。


 いよいよ出し惜しみをしなくなってきたな、と俺は固唾を呑み込む。

 であれば、こちらも全力で応戦するのみだ。


 俺は腰を落とし、前を見据えた。


 数には数で対抗するか?

 いや、馬鹿正直にぶつかるのは愚策だ。

 どこかで彼より1枚上を行かないと、負けないことはできても勝つことはできない。


 魔王の後ろに控える幾本もの槍を、魔力として捉える。

 あれだけの数だったら、目で追うよりこっちの方が良い。


 ぎらりと槍が一斉に強い魔力を帯びる。

 俺が障壁を張ると同時に、それら全てが空気を切り裂き飛来した。


 1本目を受け止めたところでこれでは押し負けると気付き、俺は障壁を正面のみに集中させる。

 次々に撃ち出される槍を障壁で防ぎつつ注意深く観察していると、射出の間隔が掴めてきた。


 槍は絶え間なく生成されてはこちらに飛んで来ている。

 しかしそれらが俺のところへ到達するタイミングには、規則的なズレがあるのだ。


 真正面を躱したら1歩右、半歩進んで左に2歩、一瞬だけかがんで右前……。

 俺はその「間」を見極めるや否や、床を蹴って駆け出す。


 槍を全て避け切り、魔王に剣が届くまであと数歩のところまで迫った。


 右腕、そして剣に魔力を集中させる。

 これで終わりだと言わんばかりの気迫を放ち、ぐっと剣を構えた。


「何!?」


 無傷で突っ込んで来られるとは思っていなかったのだろう、魔王は狼狽した表情を見せる。


 当てるべきは即死を狙える首だ。

 俺は全霊を込めて――


「なんてね」


 嘲笑を含んだ声が耳をくすぐる。

 先ほどまでの様子が嘘みたいに、魔王は余裕ぶった笑みを浮かべていた。


 咄嗟に俺は半身で振り返る。

 そこには宙に描かれたいくつもの魔法陣と、俺に切っ先を向ける無数の槍があった。


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