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自己との対話

「まあそう怒らないでよ。俺は君と1対1で会いたかったんだ」


 魔王はニコニコと笑顔を張り付けて言う。


 やっぱり、そこはこちらの想像通りだったか。


 彼がわざわざ影の兵士なんて雑兵をばら撒いたのは、俺との間に邪魔が入らないようにするため。

 途中であの奇妙な物体を出現させたのは、たぶんゼンたちも一緒に来ると思ったからだろう。


 それでさっき、ヒトギラだけになったところでやっと俺が仲間を連れて来る気がないと悟り、兵士たちの操作を止めたと。

 概ねそんな感じに違いない。


「俺も最初から、君とは一騎打ちでけりをつけたいと思ってたよ」


「へえ」


 ぴくりと魔王の表情が動く。


「そうなんだ」


「そうだよ」


「…………」


「…………」


 重苦しい沈黙が流れた。


 俺は内心、溜め息をつく。

 こんなにぎこちない会話をするのは初めてかもしれない。


「やめた」


 ややあって、魔王がそう言い、笑顔を捨てた。

 鈍く光る瞳が俺をじとりと見つめる。


「今さら取り繕うことなんて何も無いしね。君、俺の記憶見たんでしょ?」


 俺は頷く。


「だよね。俺も君の記憶見たもん。いやあ、凄い気持ち悪かったよ、あれ。前々から気味の悪い奴だなあとは思ってたけど、まさかあそこまでとは」


「……君は、俺のことが嫌いなんだね」


「うん、そうやって言ってくるところとかが特に。反吐が出るよ」


 魔王は何のためらいもなく毒づいた。

 それからゆっくりと瞬きをし、俺を睨みつける。


「で、そんな君に提案なんだけど」


 提案を持ちかける人間のそれとはかけ離れた表情で、彼は言う。


「取引をしよう」


「取引?」


「俺、思ったんだ。俺と君、2人共が幸せになれる選択肢が1つだけあるなって」


「2人共……」


 訝しげな視線を投げかける俺を無視して、彼は続ける。


「君は俺に体を譲る。そしたら代わりに、俺は『君』として振舞ってあげる。もちろん、みんなには手を出さないままで。ああ、あとレジスタンスとかにもね。つまりまあ、お互いに譲歩しない? ってこと」


 魔王はにこりともせず、淡々と言葉を並べた。

 冗談でもはったりでもない、本心からの言葉だ。


「できるの?」


「またわかってるのに聞く……。君がその厄介なスキルの発動を抑制してくれればいい話だ。それと、曲がりなりにも俺は君の記憶を見て、君の人生と思考を追体験した。だから君を完璧に演じる自信がある。君と同じだよ」


 彼の表情に、鬱陶しそうな色がよぎる。


 自分に浴びせられる本物の嫌悪。

 まっとうに嫌われるとは、なるほどこういう感覚かと俺はしみじみ思う。


「良い話でしょ? どうかな」


 すぐに調子を戻し、彼は問うた。


「…………」


 俺は魔王の提案を頭の中で反芻する。


 俺は自分の命を諦め、彼は仲間の復活を諦める。

 代わりに俺はみんなの身の安全を確保でき、彼は「俺」としての人生を手に入れる。


 早い話が、俺1人が犠牲になれば今生きているみんなが幸せになれるということだ。


 そしてみんなが幸せならば、俺も幸せだろうと……魔王はそう想定して話を持ち掛けて来ているのだろう。


 確かにそれはその通りだし、魅力的な誘いだ。

 ……が。


 俺は視線を上げ、口を開く。

 そして。


「嫌だ」


 きっぱりとそう言い切った。


 魔王は名状し難い表情で閉口する。

 それを良いことに、俺は追い打ちをかけるように続けた。


「君には同情する。できれば助けてあげたいとも思う。でもここは譲らない。俺が今、君にあげるものなんてひとつも無いよ。俺は、自分()のために自分()を殺すって決めたんだ」


 それは生まれて初めて口にした、正真正銘の自分勝手な言葉だった。

 みんなのためですらない、自分だけのための言葉だった。


 故に、俺は嫌悪した。

 そんなことを恥ずかしげもなく言う自分を、嫌な奴だと思った。


 しかし迷いは無い。

 あと何度同じことを問われようと、俺は必ず同じことを答える。


 もしも天秤にかけられたのが赤の他人であったら、俺は喜んで命を差し出しただろう。

 万事解決だと、手放しに歓迎しただろう。


 だが、みんなが関わってくるのであれば話は変わる。

 俺はみんなを他人に渡したくなんかないし、ましてやこの場所を誰かに明け渡すなんてとても考えられない。


 だって俺は、みんなの俺だから。

 みんなは、俺のみんなだから。


 デレーも、ヒトギラも、バサークも、トキも、フワリも、エラも、アクィラも、ナオも、ゼンも、みんなみんな俺の仲間だ。


 例えみんなに嫌われようとも、俺はみんなを手放したりなんかしない。

 尤も、俺が俺である限り、みんなが俺を嫌うなんて有り得ないことだけれど。


 俺は両足に力を入れてしかと立ち、魔王の反応を待った。


 怒るか、呆れるか、いずれにせよ良い顔をしないであろうことは明白だ。

 最悪、即斬りかかられるかもしれないと、いつでも剣を抜けるよう気を張った。


「はっ……。なんだ、言えるじゃないか」


 だが意外にも、魔王は嬉しそうに笑う。


「そっかそっか。うん。いや、ありがとう。君のこと、少し好きになれたよ」


 目を閉じて、口角を上げて、噛みしめるように笑った。


「……俺も」


 彼の様子につられてか、つい、言う予定の無かった言葉が口をついて出る。


「俺も、君には感謝してるよ。君の記憶を見たおかげで、俺は自分の気持ちに気付けた。君のおかげで、自分は何が『嫌』なのか理解できたんだ」


「へえ、そんなに俺のことが気に食わなかったんだ」


「まあ、そうなる、かな。贋作とか模倣品とか……正直、ふざけないでよって思った。俺たちのこと何だと思ってるんだって」


「あはは、ほんとに正直だね」


「これが『怒る』ってやつかな。それとも『憎む』?」


「さあ? 自分で考えたら」


 素っ気ない言い方とは裏腹に、彼は楽しそうだった。

 皮肉っぽくはあったけれど、浮かべているのは心の底からの笑顔だった。


 俺も俺で、なんだかさっきより気分がスッとしている。

 魔王の記憶を見て以来ずっと溜め込んでいたものを、何一つ隠さずに吐き出したからだろう。

 頭の中の声は大きくなるばかりだったが、それも不思議と重荷ではなくなっている気がした。


「じゃあ」


 それから俺たちは互いに剣を抜き、どちらともなく言う。


「始めよっか」


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