晒す本心、隠す本心
俺たちは走る。
違う歩幅で、しかし同じ速さで走る。
足を滑らせたりしないように、こけたりしないように、俺は意識を集中させた。
いつの間にやらまた大きくなりだした、頭の中で響く声を振り払う代わりに魔王城をぎゅっと見据える。
魔王と目が合った、気がした。
視認はできないけれど、あちらも俺を見ているような感覚があった。
「そろそろだ」
隣でヒトギラが言う。
前を見ると、じきに「道」が終わろうとしていた。
その先には城門が、しかし手前に影の兵士が群れを成している。
「俺が最大出力で正面の奴らを蹴散らす。その隙にお前は城門に飛び込め。いいな」
「うん」
彼が杖を構えるのに呼応して、俺も剣を抜いた。
数秒後には戦闘になっているであろうことを想像し、乾いた唇をちょっと舐める。
しかし。
「ん……?」
「あれ?」
俺たちは何やら兵士たちの様子がおかしいことに気付き、立ち止まった。
なんとなくではない、目に見えた異常。
それは、兵士たちが微動だにしていないことだった。
遠くから見ていた時は、ただこちらの接近を感知していないだけかと思っていたが、これだけ近付いてなお動かないのはどう考えてもおかしい。
……いや。
そうか、別におかしくはないな。
前言撤回だ。
俺は思い直し、剣を下ろす。
すると同時にざわりと兵士の群れが蠢き、見えない手にかきわけられるように左右に分かれた。
そしてまるで城に客人を招き入れるがごとく、きっちりと整列する。
「襲って来ない、のか?」
ヒトギラは左右にずらりと並ぶ兵士たちに、首を傾げた。
「そうみたいだね」
俺は当たり障りのない返事をする。
「じゃあ俺、行ってくるよ」
さすがの魔王も、ここまで来て俺がいなくなった途端に兵士を動かしヒトギラを……なんてことはしないだろう。
そこは信用、というか確信している。
今は必要ないからと剣を下ろしたまま、俺は城門へと向かおうとした、が。
「待て」
1歩踏み出したところで、ヒトギラに呼び止められた。
「どうかした?」
平静を装い、振り向く。
胸を抑える代わりに、剣を握る手に力を入れた。
ヒトギラは少し俯く。
黒くつややかな髪が目元を隠した。
「本音を、言ってもいいか」
「うん」
彼は小さく深呼吸をし、口を開く。
「俺は……俺は、お前の隣にいたい」
絞り出すような、震えを無理矢理抑え込んだような声で、ヒトギラは告げた。
「この感情が何なのか、俺にはまだ理解できない。悔しいが、デレーの言う通りだ。好意と言い切る自信すらも無い。確実なのは、お前と一緒にいたくて……片時も離れずに守ってやりたいという思いだけだ」
堰を切ったみたいに、彼の口から次々と言葉が溢れ出る。
悲鳴にも似たその言葉たちを、俺は黙って受け止めることにした。
「だから、お前が魔王と一騎打ちをすると言い出した時……本当は反対したかった。言ってしまえば今だって、引き留めたいと思っている。俺はお前を死ぬかもしれない場所に、1人で行かせたくない。できることならお前を連れて、どこへなりとも逃げてやりたいんだ」
今にも泣き出しそうな声。
ここからは見えないその両目には、涙が滲んでいるのだろうか。
「だがお前は、それを望まないのだろう。何も今回の件に関してだけじゃない。一方的に守られることを、お前は拒むのだろう。それはわかっている。……わかっている」
自分に言い聞かせるように彼は繰り返した。
「だから必ず無事に帰って来てくれ。怪我は……してもいいから、死ぬのだけはやめろ。とにかく、生きて戻って来てほしい。……そして願わくば」
ヒトギラは顔を上げる。
「これからも、俺をお前の隣に居させてくれ」
俺と彼の視線が、交わった。
柔らかな沈黙の幕が下りる。
俺は微笑み、剣を収めてヒトギラに歩み寄った。
「もちろん」
そして彼の手をとり、真っ白な手袋を脱がせて片手にまとめて持つ。
「俺も、君と一緒にいたいと思ってるよ」
目を丸くする彼にそう言って、俺はそっと両手で彼の手を包み込んだ。
ちょっと低めの体温と、速めの脈が伝わって来る。
数秒だけそうした後、何事もなかったかのように手を離して手袋を返した。
「……お前が死んだら俺も死ぬからな」
「あはは、それは困るなあ」
ヒトギラの言葉に、俺はわざと軽い口調で返す。
いつもと同じように眉を下げて苦笑する。
「それじゃ、行くね」
「ああ。その……悪かった、こんな時に」
「ううん、気にしないで」
むしろありがとう、と俺は心の中で付け加えた。
俺は、ヒトギラが本心をぜんぶ話してくれたことが嬉しかったのである。
彼が何を思っているのか、あらかた察してはいたけれど、実際に本人の口から聞けるのはやはり良い。
踵を返し、俺はヒトギラから魔王城へと視線を移す。
目の前に悠然とそびえ立つそれは、今や空っぽの箱のようにしか見えなかった。
俺は兵士たちの間を通り、歩き出す。
気持ちは決して軽くはなかったが、重くもなかった。
ただ淡々と、往くべき場所へ往くために、足を動かす。
孤独な王と成り果てた、もう1人の自分の元へ向かう。
城門を過ぎると、正面の扉が見えた。
ぐるりと城の外壁を見渡す。
先の突撃の時に俺たちが壊した箇所は全て直っていた。
扉を押し開け、薄暗い城内に足を踏み入れる。
玄関ホールにも、争った痕跡はひとつも残っていない。
やたら響く自分の足音を聞きながら、階段を昇って行く。
2階、3階と上がるたびに、魔王の気配が強くなってくるのがひしひしと感じられた。
そうして、とうとう5階に着く。
最奥の部屋から憎悪と明確な殺意を帯びた魔力が、薄っすらと漏れ出ていた。
尤も、以前の俺なら単に「禍々しい」と言い表すに止まっただろうけれど。
俺は手を軽く振り、通路の壁に備え付けられた蝋燭に火を灯す。
ぼんやりとした光が最奥への道を照らしだした。
ゆっくりと、その中を進む。
魔王のいる部屋が徐々に近付いて来る。
あと5歩、4、3、2、1……。
扉の目前で、俺は足を止めた。
手を伸ばし、冷たく硬い扉に触れる。
ぐ、と力を入れると、扉は音も無く開いた。
相変わらずだだっ広い部屋が、姿を現す。
そして魔王は――玉座の前に立っていた。
「遅かったね」
彼は笑う。
俺と同じ顔で。
「足止めしてきたのは君でしょ」
俺は返す。
彼と同じ声で。
風ひとつ無い無機質な部屋で、俺たちは静かに対峙した。




