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精霊の意地、乙女の愛

 俺は何が起こったのか、遅れて理解する。


 アクィラのスキル・《魔除けの加護》。

 記憶が正しければ、その能力は「特定の区域下での、魔界の力を有するものの排斥」。


 俺たちと旅をすることになるまで、彼女はこれを利用して第五領地の魔物の数を減らしていた。

 本来なら、広範囲を効果の対象とするものだ。


 反して彼女は今、あの物体に的を絞ってスキルを発動させた。

 推測するに、範囲を狭めればその分、効果が強まると考えたのだろう。

 一点集中の要領だ。


 そして、それは成功した。


 あの物体は現在スキルの影響を受け、「排斥」の圧力を受けている。

 おそらくは、普通の魔物や魔族なら瞬時に場から弾かれるほどの。


 だがあの物体は、自律的に移動することができない。

 するとどうなるか。


 身動きがとれなくなるのである。


 外に出そうとする力と、留まろうとする力。

 物体は、この相反する2つの力に板挟みにされているのだ。


「や、やったわ!」


 アクィラが歓喜の声を上げる。


「でかしましたわアクィラさん!」


「ふふ、そうよ。お姉さんだってやればできるんだから!」


 力を抜けないためか少々強張ってはいるが、彼女は余裕ぶった笑顔を浮かべてみせた。


「あのヘンテコな木はお姉さんが押さえておくから、フウツちゃんたちは今のうちに進んでちょうだい!」


 わかった、と返そうとして止める。

 俺は「道」の、来た方を振り返った。


 よく見えないけれど、魔力のうねり……影の兵士が接近してきているのが感じられる。

 たぶん、エラたちが離脱したのだろう。


「む、来たな」


 ゼンもそれに気付き、下ろしていた大剣を持ち直した。


「よし、ではオレがここに残って奴らの相手をしよう」


「ならおれも残るよ。あんた1人であの量捌くのは無理でしょ」


 義肢の具合を気にしながらナオは言う。


 確かに、「道」のおかげで前方には兵士がほとんどいない。

 であれば後方からの大軍を迎撃するのに注力して良いだろう。


「ということは、フウツさんのお供をするのが私たちですわね!」


「ああ。また壁を破って敵が来る可能性もあるから、ぜひそうしてくれ」


「だがデレー、お前はアクィラとあまり離れられないんだろう。大丈夫なのか?」


 ヒトギラの問いに、デレーは自信満々に笑う。


「気合でギリギリのところまで行きますわ! それでよろしいでしょう、アクィラさん」


「絶っっ対、ギリギリ『セーフ』のところで止まってちょうだいね!? 絶対よ!」


「ふふ、お任せくださいまし!」


 そう言うと、彼女は俺の手をとって走り出した。

 次いでヒトギラも追いかけて来て、並走するかたちになる。


「3人とも、きっと無事でね!」


「ちゃんと戻って来てよ」


「うむ、待っているからな!」


 遠くなっていく声を背に、俺たちは地面を蹴った。


 デレーは一向に俺の手を離さず、ヒトギラもまたぴったりと隣について離れない。

 正直、少し走りにくいけれど有り難くもあった。


 だって俺は、さっきからずっと震えているから。


 どんなに強がって大丈夫だと言い聞かせても、何度思考を振り払っても、魔王の、「俺」の記憶がこの状況と重なってしまうのだ。


 別れたみんなは本当に無事だろうか、死んでしまったりしていないだろうか。

 もしも俺が見ていない間に、何かあったら。


 ……怖い。

 みんなを失うことが、たまらなく怖かった。

 人を殺すことよりも自分が死ぬことよりも、何よりも恐ろしかった。


 それで、情けなくも震えが収まらないのである。


「2人とも」


 だからこそ俺の手を握る、デレーの手の力強さが。

 すぐそばに感じられる、ヒトギラの体温が。


「……ありがとう」


 とてもとても、心強いのだ。


「どういたしまして、ですわ!」


「別に、俺は何もしていない」


 ああ、そうやって返してくれる、2人が愛おしい。

 陳腐な言葉ではあるが、「大好き」という気持ちで胸がいっぱいになる。


 震えはまだ、収まらないけれど。

 不安の中に勇気が芽を出して、それが段々強くなっていくのがわかった。


 1歩、また1歩と大地を踏みしめ、2人と一緒に前へと進む。

 温かいものと煮えたぎるものが混在してどうにかなりそうだったけど、俺は構わず、往くべき場所を目指した。


「っと、申し訳ありません、私はここまでのようですわ」


 ほどなくして、ぴたりとデレーが立ち止まる。

 どうやらアクィラとの距離に限界が来たらしい。


 軽く溜め息をついた彼女だったが、すぐにパッと笑顔に戻った。


「城門は目と鼻の先ですのに……。全く口惜しいですけれど、仕方がありませんわね」


 それから、ゆっくりと、笑顔が微笑みに変わる。


 頭上を流れる雲が俺たちに影を落とし、ややあって通り過ぎた。

 遠くから大勢の争う音が聞こえてくる。


「……あえて、多くは語りませんわ」


 少し迷う素振りを見せた後、デレーが言う。

 次いでぱっちりと目が見開かれ、桃色の瞳が一直線に俺を射た。


「そう。あえて、黙しましょう。私はただあなたのことを魂の底から信じるのみですわ。そして……そうすることこそが、今の私があなたに捧げられる至上の愛の形。ねえフウツさん、受け取ってくださる?」


 ――彼女にしては控えめな台詞だと、彼女を知る者ならば誰もが思うであろう。

 しかしそれは同時に、今まで贈られてきたどんな言葉や行為より重く、美しいものでもあった。


 いつも多弁な彼女がこれだけの言葉で収めることの意味を、理解できない俺ではない。


 言うなれば、受動的でありながらどこまでも能動的な「愛」が。

 そこには在った。


「うん。……俺でよければ」


 俺は体ごと彼女の方を向き、応える。

 デレーは嬉しそうに目を細めた。


「うふふ、ではまた後ほど! ヒトギラさん、ちゃんとフウツさんを魔王城に送り届けて差し上げるのですわよ!」


「わかっている」


「デレーも気を付けてね」


 かくして彼女とも別れ、俺とヒトギラは残り少ない「道」を行く。

 赤黒い空の下、生ぬるい風が吹き抜けていった。


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