再来
斬って、薙いで、焼き払って、吹き飛ばして。
無数の影の兵士を蹴散らしては前進し、を繰り返してしばらく。
「くっ、ここらが限界か……!」
ゼンが額から流れる血を乱雑に拭い、そう呟いた。
目の前には、依然として無数の兵士の群れ。
対して俺たちは皆一様に疲労の色が濃くなってきている。
これ以上、力技で突破するのは厳しそうだ。
「エラ、フワリ、トキ、バサーク、ウラハ、ジギ! 作戦通り、時間稼ぎを頼む!」
ゼンも俺と同じように状況を見たのだろう。
敵を斬る手は止めず、そう指示を出した。
「よし来た! 我が秘儀を見せてやろうぞ!」
するとやけに張り切った様子でエラが応えて前に出る。
この感じはまた何か……と俺が目をやると同時に、彼女は右足を1歩、力強く踏み出した。
「む。言い忘れておった、わしの前から――」
瞬間、エラの目の前の地面に真っ直ぐな亀裂が走る。
かと思うと凄まじい1発の揺れと共に、地面が板を折ったように割れ、そのまま空高く隆起した。
あまりの威力にそこの上に乗っていた兵士たちは塵がごとく飛ばされ、ついでに俺たちの方にまで爆風がやって来る。
エラが言いかけたのは「わしの前からどかないと危ない」だろうか。
通常ならば明らかに手遅れだが、幸いエラの正面で戦っていたのは他ならぬバサークたちだ。
並外れた反射神経により、間一髪、巻き添えになるのを逃れられた。
「ほれ、道は開けたぞい!」
左右に壁が出来上がり、なるほどいかにも通り道らしくなった地面を指してエラは自慢げに笑う。
いや、元々道であることに違いは無いのだけれど。
「これで横から邪魔をされることはなかろう。あとはわしらが後ろを抑えておけば、おぬしらは前のみを気にして進めるというわけじゃ」
「ああ、ありがとう!」
ゼンはエラの大胆な所業に少し面食らったような顔をしていたが、すぐに切り替えて礼を言うと、先陣を切って「道」に飛び込んで行った。
「私たちも参りましょう」
「うん!」
言いながら、俺は周囲の魔力を探る。
目視はできないが、ちゃんと近くに魔王以外の魔力――すなわち『影の会』の魔力が感じられた。
「いってらっしゃい」
すれ違いざまにフワリが手を振る。
その姿に、一瞬「あっち」の彼の最期が重なった。
が、俺はすぐさまそれを振り払い、「行ってきます」と答える。
大丈夫、あの時とは何もかもが違うのだから。
「いってらっしゃーい!」
「さっさと済ませて、帰って来てくださいね!」
「頑張れよ!」
「青嵐繚乱」
みんなの声に背を押され、俺は地面を蹴る足にぐっと力を入れる。
魔王城まであともうちょっとだ。
エラの作った「道」は城門の目前まで伸びている。
あそこまで行って俺を送り出してもらい、みんなにはこの道をたどって戻ってもらう……。
うん、そうするのが一番良い。
左右の壁はそれなりに高く、影の兵士には越えられない。
同時に俺たちにとっても越えにくくはあるが、きっとゼンがみんなを運んでくれることだろう。
見たところ、緊急離脱用にか魔力をいくらか温存しているようだし。
あとは危惧するとすれば……。
なんて思った矢先に、みし、と何かが軋む音が耳に届く。
「フウツ!」
ヒトギラが俺の手を引き、障壁を展開する。
直後、右側の壁の一部が轟音と共に吹き飛んだ。
誰の、あるいは何の仕業かと確認しようとするも、巻き上がる土煙にそれを阻害される。
「今度は何さ!」
降り注ぐ瓦礫を光の矢で砕きながら、ナオが言う。
俺は魔法で軽く風を起こし、土煙を払った。
視界が明瞭になり、壁を壊した張本人の姿が露わになる。
「な……」
「これはまた、厄介なものが来ましたわね」
絶句するアクィラ、眉間にしわを寄せるデレー。
だがその反応も致し方あるまい。
俺たちの目の前に現れたそれは、なんとも奇妙な形の巨大な影であった。
しかも、微妙にどこかで見たことがあるようなシルエットをしている。
はて何だったか……と俺はしばし記憶を探り、思い出した。
そうだ、確かまだ人間界にいた時にジュネの街で意図せず出現させてしまった、あの木のような物体。
あれだ。
尋常でなく高さがあり、幹から生えているのは枝ではなく手で、何本ものそれらは絶えず蠢いてもいる。
俺が出したものとは違い発光はしていないが、おそらくあれに類似する物体だろう。
根本の位置を見た感じだと、壁を真下から押し上げるように出現したのか。
何にせよ、魔王が新たな妨害の手段として寄越してきたのは確実だ。
「私、とても嫌な予感がするのですけれど」
「奇遇だな、俺もだ」
2人もあの時のことを思い出したらしい。
そう、これがあの物体と同様のものとするならば、この後どんな行動をとるのかは想像に難くない。
「あれが何なのか知っているのか?」
得体の知れない物体を前に警戒の姿勢をとりつつ、ゼンは問うた。
「うん。あれはたぶん……あ」
答えようとして、俺は言葉を途切れさせる。
壁の向こう側、木の根元にいた影の兵士が消滅するのが見えた。
俺たちは何もしていない。
兵士が一斉に消えたわけでもない。
「木の近くにいた兵士」だけが、消えた。
そして兵士が消えるのは、一定のダメージを受けた時か、動力である魔力が尽きた時のみだ。
つまり。
「マズい、もう魔力を吸収し始めてる!」
「なに!?」
ゼンが驚きの声を上げる。
「あれは近くのものから魔力を奪うんだ。前にも1回、同じようなものを見たことがある」
やや早口で説明しながら、俺は思考を巡らせる。
「道」の終わりまであと少し。
強行突破はできなくもないが、あれの付近を通るのは避けられない。
あれがどれほどの勢いで魔力を吸い取るのかはわからないが、以前のものと同等だとすると走り抜ける前にみんなが倒れてしまう可能性が高い。
この先に魔王との戦いが控えている以上、魔力の大量消費は避けたいところだが、しかしあれを倒すには生半可な力では不可能だ。
かくなる上は俺たちも『影の会』と合流し、迂回ルートで城まで行くか。
後退することになってしまうが、確実性を求めるならこれしか……。
と、その時。
ふわりと柔らかい風が頬を撫で、我に返る。
気が付くと隣にアクィラが立っていた。
「ええい、イチかバチかよ!」
何をするつもりなのかと聞くより早く、彼女は叫び、両手を前に突き出す。
「《魔除けの加護》!」
刹那の沈黙。
次いで――木から生えている手の動きが、ぴたりと停止した。




