前へ、前へ
俺たちは兵士の群れをかいくぐり、先へ先へと足を進める。
目に見えて近くなってくる魔王城に、俺は体の内が沸き立つような心地がした。
抑えがたい衝動が、名前も知らない感情が、激流となって渦巻いている。
魔王の元へ! と叫ぶ声が、刻一刻と強まっていくのだ。
こんなに強く心が脈動するのは初めてだった。
悲しみでも、怒り、でもない。
汚泥が煮え立ち、今にも爆発してしまいそうな……。
俺は心につられて魔力が零れそうになるのを抑える。
まだだ、まだだと自分に言い聞かせる。
「ゼン、こっちだ!」
「エリダ!」
にわかにゼンたちの声が耳に飛び込んで来て、俺は我に返った。
どうやらいつの間にか、第3部隊のところに到着していたらしい。
俺は軽く呼吸を整えつつ、周囲を見渡す。
ここはエリダさんが指揮を執っているようだ。
「よしよし、今のところ全員無事だね。で、言いにくいんだけどこっちはちょっと芳しくなくてね……内部まで来たはいいけど、ここから一向に進めないんだ」
苦虫を嚙み潰したような顔で、エリダさんは言う。
「ミフムだっけか、あの協力者が足元に張ってくれた強化魔法陣のおかげで、なんとか持ちこたえてるって感じ」
「ふむ……」
状況を聞き、ゼンは眉をひそめた。
魔王城まではまだいささか距離がある。
単騎で突入するにはまだ早い。
第3部隊が動けない以上、主力部隊のみで進むしかないが強化された兵士の中を行かねばならないため、また足止めをくらう形になってしまうだろう。
さてどうしたものか、と頭を悩ませていると、人混みの間をすり抜けるように光の玉が飛んで来た。
「皆さん!」
光は俺たちの前で停止し、パッと少女……ククへと形を変える。
「む、どうした?」
「伝令です。『影の会』はじめ5つの団体が南西の門より乱入、第2部隊周辺で兵士たちと交戦を始めました!」
彼女は息を切らして、興奮気味にそう伝えた。
「詳しいことはわかりませんが、どの団体も闇組織であるところを見ると……おそらくは『友好会』の要請を受けて戦いに参加しに来たものと思われます」
「そうか。ふむ、最も前進しているものだと、どの地点まで到達している?」
「ええと、『影の会』が魔王城まであと4分の1のところにいます。東西で言うとやや西寄りですが、ほぼ中央にまで進出しているみたいです」
「わかった」
ゼンは力強く頷く。
「ありがとうクク、おかげで良い方法を思い付いた!」
「? は、はい」
こちらの状況は把握していないのか、ククは少々困惑しているようだ。
が、周りの様子からすぐに察したらしく、ハッとした顔になった。
「まず主力部隊を2つに分ける。ひとつはフウツ、ナオ、俺、デレー、アクィラ、ヒトギラ。もうひとつはエラ、フワリ、トキ、バサーク、ウラハ、ジギ」
ひとりひとりの名を呼びつつ、ゼンは説明する。
「ひとまずは全員で進み、足止めをくらいそうになったら後者をその場に残し、前者を前に送り出す。最低限の時間稼ぎを終えたら、後者は『影の会』に合流する」
彼は左手で「2」を示し、次いでそれを「1」に変えて、右手でも「1」を示した。
「魔王城目前まで来たら、前者も同様にフウツのみを送り出し、『影の会』のところまで離脱。あとは彼らと共に戦い、フウツを待つ……という算段だ。どうだろうか」
なるほどそれなら前進できるし、時間稼ぎをする側の安全も確保できる。
あまり長い距離を駆け抜けるには適さない戦法だが、このくらいならギリギリ行けるだろう。
「いいんじゃない。この状況ならそれが最善でしょ」
ナオが同意する。
他のみんなも、異論は無いようだった。
「フウツもこれでいいか?」
言われて、俺はちょっと考える。
正直、みんなのことが心配だけれど……いいや、ここはちゃんと無理せず退いてくれることを信じよう。
みんなが俺を信頼して送り出してくれるのだから、俺もそれに応えなければ。
「うん」
ゼンの目を真っ直ぐに見、俺はきっぱりと言い切った。
「ならば決定だな。クク、伝達は頼んだぞ」
「はい! 皆さん、ご武運を!」
ククは再び光の玉に変じ、あっと言う間に飛んで行く。
「エリダも、できるだけここで踏ん張ってくれ。……くれぐれも、死なないように」
「ふふ、了解。お前たちもね」
ひらりと手を振り、エリダさんも場を去った。
きっと指揮を執りに戻ったのだろう。
彼を見送り、ゼンは「よし!」と大剣を持ち直す。
「では行くぞ!」
その声を合図に、俺たちは駆け出した。
第3部隊の横を通り、兵士の群れへと飛び込んで行く。
「ラストスパートってやつだね!」
ウラハらと共に先頭で兵士を手当たり次第になぎ倒し、バサークが言う。
汗を流しつつも笑顔を浮かべるその表情は、いつになく悦楽にギラついていた。
「元気なのはいいけど、張り切り過ぎて大怪我とかやめてよ」
「ナオさんもさっき『友好会』の人に治療されてましたもんね」
「別にそれ関係無いし、ていうかあんたもでしょ! ほんと見た目の割に可愛くない子どもだな!」
「あはは」
そんな声が後ろから聞こえてくる。
トキが軽口をたたきながらもナオのサポートをしているのは、見なくてもわかった。
俺の心の内は相変わらず穏やかでなかったが、みんなの姿を見て、聞いていると少しだけ落ち着くような感じがする。
それが原因でまた別の何かが沸き上がりはするのだけれど、1人でただ悶々としているよりはずっとかマシに違いなかった。




