濁ったそれを携えて
どうにかこうにかデレーたちを宥めて再開した会議は昼頃まで続き、作戦開始日時や各部隊の具体的な動きなどが決定された。
本来なら部隊の動きは既に決まっていたのだが、俺を単騎で確実に魔王のところへ送り込むため、変更することになったのだ。
ちょっと申し訳ない。
「ではまた2日後に!」
そう言って、ゼンはリーシアさんとククを連れて会議室を出て行く。
2日後、というのは作戦決行日のことだ。
部隊を揃える時間や、ナオが戦える程度まで回復するのに要する時間を考えてこうなった。
それから、出撃は夜明けと同時に。
相手どる影の兵士が真っ黒な色をしているので、夜を避けつつ最大限の時間を確保しようとなると、必然的にこうなるのである。
「じゃ、ボクらも準備を始めよっか」
フワリが手に持っていた鑿と彫りかけの木を置き、立ち上がる。
いつの間にまたそんなことしてたんだ、と俺は二度見するが、本人は相も変わらず涼しい顔だ。
まあたぶん、彼のことだから話を聞いてはいたのだろうし、別にいいか。
……いい、かな?
ともあれ、俺たちは各々するべきことをすべく、会議室を後にする。
デレー、フワリ、アクィラは鍛錬場へ。
トキはいそいそと自室へ。
エラはナオに用があるらしく共に医務室へ。
俺は魔法の具合を見てもらうため、ヒトギラ、バサークと共にデレーたちとは別の鍛錬場へと向かった。
部屋に入り、俺とバサークは真ん中の方で向かい合わせに、ヒトギラは少し離れた場所に立つ。
俺と、ヒトギラのスキルで常時障壁を張られた状態のバサークとで手合わせをするのだ。
「本当に大丈夫か?」
戦いだ戦いだと飛び跳ねるバサークを横目に、ヒトギラが不安げに尋ねてくる。
「大丈夫、怪我はさせないから」
「そうではなくてだな……。いや、まあいい」
物凄く何かを言いたげな表情で、彼は少し目を伏せた。
「ね、ね、早くやろ! あたし待ちきれない!」
「うん。ヒトギラ、お願い」
「ああ」
ヒトギラが指をついと動かすと、途端に球状の障壁が現れてバサークを包んだ。
「障壁を割れたらフウツの勝ち、フウツに1発でも攻撃が当たればバサークの勝ち。いいな?」
「はーい!」
俺はこくりと頷き、バサークは元気よく手を上げて返事をする。
こちらは障壁を割るのが目標ということで、ひとまず剣有りでの手合わせだ。
少々気は引けるが、俺は彼女に向けて剣を構える。
きゅっと空気が張った。
あちらも心身共に臨戦態勢に入ったのがわかる。
「行っくよー!」
バサークはぐっと踏み込んだかと思うと、一気に距離を詰めてきた。
強化魔法無しでここまでの機動力を見せるとは、さすが竜人だ。
何度目にしても感心してしまう。
「えいっ!」
軽い掛け声とは裏腹に鋭い蹴りが繰り出される。
俺は身を翻してそれを避け、そのまま2、3歩退く。
今がチャンスだ。
バサークが振り返るより早く、俺は剣を真横に一閃した。
無論、魔力を少々込めて。
瞬きひとつにも満たない間を挟み、パキンと乾いた音が響く。
その時にはもう障壁は跡形も無く消滅しており、バサークたちが目を丸くしてこちらを見ていた。
「ね、ちゃんと扱えてるでしょ?」
俺はにこっと笑ってみせる。
魔力を使いすぎることなく、威力も範囲も適切に調節できていたはず。
これならヒトギラも安心してくれるだろう。
「……ああ、そうだ――」
「すごーーーーい!!!」
突然、ヒトギラの言葉を遮り、バサークが叫びながら飛びついてきた。
「フウツほんとに強くなってる! なんかなんか、前と違ってパってしてた!」
「パって?」
よくわからない表現に、俺は聞き返す。
「うん! とれたての美味しい野菜みたいな感じ!」
「そ、そっか」
ますますわからないが、雰囲気的に認めてもらえたみたいだし、良しとしよう。
「もう1回やろ! ね、いいでしょ?」
「えっと……」
ヒトギラの方をちらりと見る。
彼はやれやれといったふうではあるものの、首を縦に振ってくれた。
俺はバサークの方に向き直る。
「うん、いいよ」
「やった!」
……と、そんなわけで。
手合わせをすること、合計16回。
一応、俺が魔法を扱えるかを確認するという名目なので、剣を禁止にしてみたり、使うのは強化魔法だけにしてみたりと回ごとに縛りを変更してみた。
が、結果は俺の全勝。
魔王と同等の力を魔王と同じように遺憾なく扱っているのだから、普通に考えて当然っちゃ当然である。
むしろ驚くべきはバサークだ。
連戦連敗にもかかわらず、何度も喜々として戦いを挑んでくる。
その元気っぷりたるや、10回を超えた辺りからなぜか俺の方が気力的に疲弊してきていたほどだ。
最終的に「あまり疲れすぎるのも良くないから」と言って止めたが、言わなければ延々と戦おうとしてきただろう。
「えへへ、いっぱい戦ってくれてありがとね! ヒトギラも、手伝ってくれてありがとう! それで……」
無邪気な笑顔でバサークは言い、それから何やらもじもじとしだした。
「どうかしたの?」
「んっと……あのさ、フウツ」
落ち着かない様子で、しかし何を隠すこともなく彼女は話す。
「魔王倒して、フウツが強くならなくてよくなってもさ……。時々でいいから、こうやって戦ってくれる?」
どんな言葉が飛び出すのかと少し構えていたが、何のことはない、いつも通りのバサークだった。
「もちろん」
断る理由も無し、俺は快諾する。
バサークはそれを聞き、一気に顔を輝かせた。
「ほんと!?」
「本当だよ」
「わーい! フウツ大好き!」
彼女はいわゆる戦闘狂の部類に入るのだろうが、このくらいなら可愛いものである。
根が素直だから、ちゃんとそう言えば一線は越えないように踏みとどまってくれるし。
はしゃぐバサークを見ながらほっこりした気持ちになっていると、ふとヒトギラの視線に気が付いた。
手合わせを開始する前と同じく、もの言いたげな目だ。
「……ヒトギラ?」
おそるおそる、名前を呼んでみる。
「何だ」
「いや、何かあったのかなって」
「…………」
彼はしばし沈黙し、それから迷い迷い口を開いた。
「お前」
「うん」
「変わったな」
「……うん」
心を見透かされたのかと思い、ドキリとする。
が、様子を見るに彼は一番奥底にある「これ」には気付いておらず、ただなんとなく変化を感じ取っているだけのようだ。
俺は平静を装い、続ける。
「嫌いになった?」
「なるわけがない。……と、前にも言っただろう」
その返答に、俺は僅かながら安心を得た。
僅か、っていうのは、ヒトギラがそう言うのなんてわかりきっていたから。
元々確信があるのだから、改めて安心するまでもない。
「ありがとう、ごめん」
そうやって「これ」を腹の底に隠したまま、俺は言葉を返すのであった。




