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生きる覚悟

「さて、では作戦概要について説明しよう。クク、まず現在の状況を」


「はいっ」


 ずっと悲しみの滲んだ顔をしていたククだが、ゼンに呼ばれて少々上ずった声で返事をする。


 俺は、ゼンはククに何と言ったのだろうか、なんてことをぼんやり考えながら、彼女の動作を目で追った。


 立ち上がり、姿勢を正してからククは口を開く。


「幹部イリアの魔法により召喚された影の兵士ですが、今現在、増殖は止まっています。しかし、あれらによって既に魔王城下は埋め尽くされており、また皆さんも知っての通り魔王の意思次第でいつでも増殖を再開できるものと思われます」


 隣でリーシアさんが地図を広げた。

 魔王城を表すと思われる記号を、ぐるりと大きく赤い線が囲んでいる。


「影の兵士は基本的にゆっくり歩き回るだけですが、視界に『異物』が入るとそれを一斉に攻撃し始めます。魔王城に行くためには、影の兵士との衝突は避けられません」


「質問! 空を飛んでったらダメなの?」


 バサークが挙手して素朴な疑問を投げかけた。


 なるほど確かに、影の兵士に飛行能力が無ければ、それも有りかもしれない。


 しかしククは、申し訳なさそうに首を横に振った。


「考え得る方法全てでそれを試みたのですが、どれも例外なく失敗してしまいました。どうも対空攻撃に特化した個体が一定の割合で存在するみたいなんです」


「うー、そっかあ」


 良い案だと思ったんだけどなあ、とバサークは肩を落とす。


 対空攻撃に特化した個体……。

 俺たちがアルケと戦っていた時はそれっぽいものが見当たらなかったから、おそらく魔王があの後、意図的に作ったのだろう。


「ただ影の兵士たちは、こちらが仕掛けない限り攻撃してこないのに加え、今のところ城下より外の地帯には侵攻してくる気配がありません。魔王はレジスタンスをあくまで待ち構えている、というのが現在の見解です」


「故に、オレたちは小細工無しで正面から勝負を挑むことにした」


 ククの後を引き継ぐ形で、再びゼンが喋り出す。


「本部、各支部、協力組織。これらを8つの部隊に分け、城下を取り囲むように配置する」


 地図の上に駒を8つ出し、彼は言った。


「ただし、そのうち主力を含む3つは近い位置から突入する。確実に主力を魔王のところに届けるためだ。2つの部隊は主力の両脇にいる兵士たちを排除しつつ、道を開いてもらう」


 大きな駒の左右に、普通の大きさの駒を2つ。

 残りの5つは言った通り、赤い円を囲むように等間隔で置いていく。


「前回同様、オレ、ナオ、フウツ、デレーたち7人は主力部隊に組み込む。ただ今回は相手の数が数だから、もう何名かを追加で入れる予定だ。魔王城に侵入した後のことに関しては、後ほど対策会議を……」


「待って」


 何を考えるより先に、声が出た。

 しまった、と口元を手で覆う。


「どうした、フウツ」


 ゼンが問うた。


「えっと……」


 俺は話を遮ってしまったことに罪悪感を覚え後悔したが、出してしまったものは戻らない。

 数秒前の自分を恨みながら、おずおずと思っていたことを口にする。


「頼みたいことがあるんだけど」


「うむ」


「魔王と戦うの、俺1人に任せてくれないかな?」


 しん、と一瞬、場が静まり返った。


「……それは、なぜ?」


 沈黙を破ったのはゼンの、怒るでも馬鹿にするでもない、穏やかな声。


「単なる、わがままなんだけどさ。俺は魔王と……『俺』と、1対1で決着を付けたい。正面から向き合いたいんだ。たぶん俺は、『俺』と戦って初めて、何かに成れる。あの自分を倒して初めて、俺として生きられる、と、思う」


 俺は本音を半分くらい吐き出して、そこで止めた。

 もう半分は、みんなにはとても聞かせられない。


「でもちゃんと、勝てるっていう自信もある。魔王の記憶を見たからかわかんないけど、今ならきっと力を完璧に扱える」


「…………」


「だから、お願い」


 言って、俺は頭を下げる。


 再び沈黙の幕が下りた。


「……わかった」


 ほんの僅かに震える声で、ゼンが応える。


「魔王の相手は、フウツ、キミに一任しよう」


 その言葉に、俺はパッと顔を上げた。


「ありが――」


「ただし! 皆が何を思っているか、わからないキミではないだろう。仲間の想いを振り切って往くのであれば、それ相応の覚悟が必要だ。そして覚悟とはすなわち!」


 ゼンの瞳の中にある金色が揺れる。


「決して死なないこと、だ」


 彼はくしゃりと不器用に笑った。


「1人で魔王と戦うならば、約束してくれ。必ず無事に帰ってくるということを」


「うん。……約束する」


 苦しそうに笑うその表情に、俺は微笑み返す。

 大丈夫だと、安心させるように。


「さあ話は終わりましたわねでしたらそのけしからん心的接近も終わりですわよはいはいはい!」


 不意打ちをするかのごとき大音量が鼓膜を殴打する。

 見ると、デレーが満面の笑みを貼り付けつつパチパチ、というよりバチンバチンと手を叩いていた。


「いえいえ嫉妬ではございませんわ私は単に会議の進行を促そうと! ええ! 別に魔界に来てからゼンさんに良いところを持っていかれることが多くなって苛立っているとかそういうことも一切ございませんので!」


「す、すまない……?」


「あらどうして謝罪などなさっておられるのですかゼンさん? 何も謝ることなどございませんわよ。そう何も!」


 圧が凄い。

 ゼンも予想外の方向から砲撃を喰らって、目を白黒させている。


「デ、デレー、落ち着い……落ち着いて……」


 俺のなだめようとする声も、どうやら全く耳に入っていない様子。


 横から「まあデレーさんにしてはよく我慢した方じゃないですか」とトキの投げやりなコメントが飛んでくる。

 た、他人事だと思って……!


「まったく、これだから暴走ゴミ人間は」


 次いでヒトギラが溜め息を漏らす。


「今、何と仰いまして?」


 と、すかさずデレーが噛みついた。

 なんで俺の声が聞こえなくてヒトギラの声は聞こえるんだ。


「頭だけじゃなく耳まで腐ってるのか? ゴミだと言ったんだ」


「あらあらあら! そのようなこと、ご自分の感情も把握できないようなお子ちゃまには言われたくありませんわね」


「は? 今それは関係無いだろうが」


「まあ、反論できませんのね?」


「ちょっ……2人とも止まって! お願いだから!」


 今にも殴り合いを始めそうな勢いの2人の間に入り、なんとか仲裁しようとする。


 ああもう、最近は喧嘩が少なかったのに。


 ……いや、そうだっけ?

 最後に2人の喧嘩を見たのって……うーん、いつだったかな。


 ついこの間だった気もするし、ずっと前だった気もする。

 3000年分の記憶を見てたせいで、時間の感覚が狂ってるのかもしれない。


 ぐつ、とまた俺の中で何かが蠢いた。


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