偽りの清算
もやもやも多少すっきりしたところで、みんなは各々部屋に帰って行った。
ちなみに何名かは俺のところに残ると主張したが、もう大丈夫だから、と説得すると渋々引き下がってくれた。
静まり返った空間の中、俺はベッドに横になる。
――お前のせいだ。
――何もできないくせに。
俺の魂……否、俺の中にある力に染み付いた魔王の思念が、声となって頭に響いている。
魔王の記憶と直に接触したからか、目覚めてからずっとこうだ。
無数の怨嗟と後悔がごちゃ混ぜになった汚泥から、泡のように言葉が浮かんでは消えていく、みたいな。
――生まれてくるべきじゃなかった。
――死ぬべきはお前だった。
以前の俺ならばいざ知らず、今の俺にはどうってことない罵声。
だが、安らかに眠るにはいささか賑やかすぎる。
「……朝まで、まだ時間あるよね」
しばらく寝ようと粘ったが、結局、俺はこの声が少し落ち着くまでその辺を散歩することにした。
そっと扉を開け、部屋を出る。
淡く照らされた通路を歩いて行くと、ほどなくして玄関ホールに出た。
そう言えば初めてここに来た日も、こうやってふらふら歩いたっけ。
あの時は確か、途中でリーシアさんとデレーが来て……。
ついこの間のはずなのに、随分と前のことに感じられる。
もっと言えば、そもそも村を出たことすら遥か昔の出来事みたいだ。
「なんだか、すごく遠いところに来ちゃったなあ」
闇に向かってぽつりと呟く。
当然、何が帰ってくるわけでもなく、またさして反響することもなく、声は溶けていった。
何とはなしに、俺はそのまま2階へと足を運んだ。
本当に、ただなんとなくである。
2階に並ぶ部屋は「資料室1」とか「仮眠室」とか様々で、そのほとんどがまだ立ち入ったことのない場所だ。
扉にはめ込まれたすり硝子が、通路の淡い照明を反射してぼんやりと浮かび上がっている。
プレートを流し見しつつ奥へ進んで行くと、光が漏れている部屋がひとつだけあった。
近付いて見てみる。
そこは談話室らしかった。
灯りを消し忘れたのだろうか。
俺はさらに近付き、扉の取っ手に手をかけようとした、が。
「――し――――せ」
中から話し声がすることに気付き、パッと手を引っ込める。
こんな時間に、いったい誰だろう。
警戒と心配を両脇に抱えながら、俺はちょっぴり扉を開けて中を覗いてみた。
いたのは、ゼンとリーシアさん。
どちらも椅子に座っており、ゼンの方は俺に背を向け、リーシアさんの方は何やら手元に視線を落としている。
「確認すること」が終わったのか、もしくはその最中なのか。
どちらにせよ、どうも穏やかではなさそうな雰囲気だ。
いけないことだとは承知の上で、俺は耳を澄ませてみる。
「――シア――オレを――てくれ」
「いいえ。……いいえ、それはできません」
ゼンの声は信じられないほどか細く、何を言っているのかわからない。
対してリーシアさんはいつもと変わらない、落ち着いた声色で彼に言葉をかけている。
「どこまででも、私はあなたと共に往きます」
「――だ、そ――は――――まで」
「私とてれっきとした共犯者です。それにゼン、私とあなたの仲ではありませんか。ここまで来たなら、地獄の底までお付き合いしますよ」
言いながら、リーシアさんが立ち上がったので、俺は慌てて顔を引っ込めた。
そして2人が出て来ないうちに、踵を返してそそくさと来た道を戻る。
色んな意味で、悪いことをした気分だ。
声はいつの間にやらだいぶ収まっており、部屋に帰った俺は、早々にベッドに潜って目を閉じた。
朝。
当たり前のように迎えに来たデレーたちと共に、再び会議室へと出向く。
と、ゼンたちが既に席に着いて待っていた。
「おはよう! 短い時間だったが、ちゃんと休めたか?」
ゼンは太陽のような笑顔を俺たちに向ける。
昨日、俺が見た弱々しさが嘘のようだ。
「さて早速で悪いが本題に入ろう! これを見てくれ」
そう言って、彼は大判の本くらい大きい箱を机の上に出した。
「何ですの、それは」
「以前フウツたちに話した、『レジスタンスが守っている箱』だ」
ああ、水族館で言ってたやつか。
俺は思い当たると共に、しかし首を傾げる。
「それって本部に隠してあるんじゃなかったの?」
「いやなに、影の兵士が湧き出したおりに、本部の仲間が魔王の手に渡らぬようにと持ち出してくれていたんだ。で、昨晩言っていた確認したいことっていうのが、これのことでな。あの後リーシアになんとか開けてもらったんだが」
迷いの無い手つきで、ゼンは箱を開いた。
中にあったのは1冊の手帳。
年季の入ったものらしく、薄汚れてはいたが、中身を読めないというほどではなさそうだ。
「あら、拍子抜けですわね。これが『魔王の手に渡ってはいけないもの』ですの?」
「そうだ。が、そうではない」
結論から言おう、とゼンは続けた。
「レジスタンスは抵抗軍などではなかった」
きっぱりと、淀みなく、彼は言い切る。
しかし俺の脳裏には、同時にあの消えてしまいそうな声と背中がちらついた。
「黒き波が魔王の仕業ではなかったことは、既にフウツから聞いた通りだ。ではその誤情報はどこから来たのか。答えは、ここにあった」
ゼンは手帳を手に取り、とあるページを俺たちに見せる。
「これは厄災を生き延びた者の日記だ。彼はレジスタンスのことを『魔王を妬む者たち』と表している。他のページにも、レジスタンスがやったと思しき行為が書かれていた。例えば書物の焼却、根拠の無い噂の流布、魔王の側近への攻撃、等々。つまり、だ」
はた、と彼と目が合う。
彼はほんのちょっとだけ、目を細めた。
「レジスタンスは魔王を陥れるため、偽りの真実で人々を扇動した。やがて自分たちが嘘をついていることすら忘れ、必死に『正義』の旗を振っていたというわけだ」
ゼンは真っ直ぐ前に視線を向けている。
悲しいくらいに、いつも通りのような彼だった。
「ふむ。ならば、全てに合点がいくのう」
エラが重々しく頷く。
「魔王がかつて民衆にしたようにレジスタンスを洗脳しなかったのは、そもそも洗脳など行っていなかったから。初代リーダーの手記とフウツの見た記憶に食い違いがあるのは、手記に書いてあることが嘘だったから。そしてイリアやアルケがあそこまでレジスタンスを憎んでいたのは、魔王を不当に貶めんとする輩だから……」
「ああ。そして、以上のことを踏まえた上で――オレは、魔王を打ち倒そうと思う」
その言葉に、俺はぎょっとした。
てっきり「だから魔王を倒すのはやめよう」と言うものだと思っていたのだ。
強く優しい彼のことだ、きっと考えに考えた末の結論なのだろうけれど……。
「理由は言わない。躊躇いもしない。ただみんなには、『今だけ』オレに協力してほしい」
俺はしばしゼンを見つめる。
それで、あ、と気付いた。
彼は悪役になるつもりなのだ。
確かに、厄災や魔界のことに関しては魔王に非は無い。
けれど今ここで魔王を止めなければ、まず俺たちは確実に死ぬだろうし、既に無視できないほど被害も出ている。
故に、ゼンは悪になろうとしているのだろう。
わざわざ俺たちにレジスタンスが悪であったことを伝えたのも、「レジスタンスのリーダー」として泥を被るため。
戦いが終わった後に「民衆を騙して魔王を殺した黒幕」である自分が断罪されれば、全て清算できると考えているに違いない。
「…………」
俺は口を開こうとして、やっぱりやめた。




