不毛の大地に芽生えたるは
軽く深呼吸をし、俺は口を開く。
「その、魔王のことなんだけど」
どこから、何から話そうか。
少し迷って、やっぱり一から説明することにした。
「俺、寝てる間に……魔王の記憶を見たんだ」
「記憶?」
ゼンが身を乗り出す。
驚いた様子ではあるが、信じてくれるようだ。
俺はそんな彼に若干の申し訳なさを覚えながら、先ほどまで目に、耳にしていたものをかいつまんで話し始めた。
魔界がかつては人間界であったこと、そこには俺たちの人間界とは異なる歴史があったこと。
魔王はそこに生まれ、仲間と出会い、けれど失ってしまったこと。
「魔王」として国を立て直した後も、喪失から抜け出せないでいたこと。
そして――その妄執の果てに生まれたのが、俺たちの人間界であり、俺たち自身でもあること。
全てを語り終えた時、みんなは唖然としていたが、一方でどこか納得したような表情をしてもいた。
ちら、とゼンの方を窺う。
彼は青ざめた顔で、視線を落としていた。
しかしすぐにパッと顔を上げ、すっくと立つ。
「すまない、少し確認したいことができた! 悪いがいったん解散とさせてくれ。そうだな、また朝に集まるとしよう。リーシア、一緒に来てくれるか」
「ええ」
2人を引きつれ、ゼンは早々に会議室を出て行った。
俺は話をしたことを後悔しそうになったが、いいや必要なことだったのだ、と溜飲を下げる。
その後、ナオはククによって医務室へと引きずられて行き、俺たちも各々部屋に戻ることにした。
が、病み上がり(?)である俺を心配してくれたのか、結局、8人全員が俺の部屋に集合する形に。
「……腹立たしいが、辻褄は合うな」
1人部屋に8人も入ったためにかなり狭くなった空間の中、ヒトギラが顔をしかめて呟いた。
「魔物が人間界の動物と類似した形をしているのも、俺が魔族にも嫌悪を覚えるのも、魔界にかつて人間界と同じような自然があったことも」
「うん……。あと、その……みんなだけが俺を嫌わなかったのも、かな」
迷い迷い、俺は応じる。
「本人は気付いてないみたいだったけど、たぶん、世界を創った人……魔王の執着が、そういう現れ方を……」
やはりそこには、妙な確信があった。
自分じゃない自分のことだからこそ、いやによく見えてしまうのだ。
俺たちは身も心も、模倣品というわけである。
多少の欠陥や差異はあれど、魔王とその仲間をなぞっただけの贋作。
嫌われ者の俺に優しくしてくれるのがみんなしかいないのは、こういうことだったんだ。
「いや……ごめん、続き、何て言えばいいか……わかん、ない」
みんなに告げたってしょうがないことだけれど、なぜか口にせずにはいられなかった。
悲しい、というにはいささか濁った気持ちが湧いて来る。
魔王の記憶を見て、真実に気付いた時からずっと。
知らないはずだった感情が、じわじわと心の中に広がっているのだ。
その感情に侵食されてか、考えが上手くまとまらない。
俺は、何がしたいんだろう?
どうして、ただみんなを困らせるだけに決まってることを言ったんだろう?
にわかに自分が見えなくなる。
俺は今、いったい何を考えているのか……。
「え、あたしもわかんない!」
はつらつとした声で、現実に引き戻される。
俺の正面に座るバサークが、その丸い目をぱちぱちとしばたかせながら、こちらを見ていた。
「あたしは魔王と仲間じゃなかったんでしょ? でもあたし、フウツのこと、戦ってからずっと好きだよ?」
無邪気な瞳が俺を射貫く。
「あそっか! あのさ、あたし思ったんだけどさ、魔王のシュウチャクってさ、全部には関係ないんじゃない? だってだって、そんなに……えっと、エイキョウリョク? が強かったらさ、あたしはいらなーいって、するはずでしょ?」
ね? とバサークは満足げに括った。
……言われてみれば、確かに?
「そうですわ! 良いことを仰りましたわねバサークさん!」
バサークにつられて調子を取り戻したらしく、デレーがいつものごとく話し出す。
「私の勘ですと、魔王の影響があったのは初対面時の好感のみ! さあヒトギラさん、フウツさんのどこが好きかを仰ってみてくださいな!」
怒涛の勢いで言い終えると、彼女はビシ、とヒトギラを指差した。
「は?」
「仰ってくださいまし!」
「…………笑顔」
「うーん、趣旨に沿いませんわね! まあ厄介男に訊いた私のミスでしたわ」
「殺すぞクソが……」
流れるようにヒトギラを煽り、彼女は「では次、トキさん」と指名する。
「僕ですか? そうですね、馬鹿みたいに人が好いところなどでしょうか。滑稽ですし、見ていて飽きません」
「そう! そこですわ!」
今度の回答はお眼鏡にかなったらしく、デレーはキラリと目を光らせた。
「考えてもみてくださいまし、魔王とフウツさんでは性格が全く違いますわ。そして私たちが好いているのは紛れもなく『こちらの』フウツさん。つまり! きっかけはどうあれ、私たちが今も好きであり続けているのは、他でもないフウツさんだけの魅力によるもの! 魔王なぞ関係ありませんわ!」
彼女は握りこぶしをつくり、力説する。
瞳には一点の曇りも無く、また指の先に至るまで熱意がみなぎっていた。
力技の感情論な気がしないでもないが、こうも力強く主張されるとそれが正しいようにも思えてくる。
「そう、かな」
「ええ、そうですわ」
デレーはにこりと微笑んだ。
花のような笑み。
少し、心が晴れたような感じがした。
「……うん。そうだよね、疑ったりしてごめん。魔王の記憶を見て、ちょっと不安になってたのかも」
「お気になさらないでくださいまし。例え何回フウツさんが愛を疑えど、そのたびに証明して差し上げるのが未来の伴侶最大有力候補たる私の役目ですもの」
いつものように豪語する彼女に、俺は「ありがとう」と返す。
思えば俺は、いつもみんなに助けられてきた。
心の面でも、命の面でも。
俺が今こうしてちゃんと生きていられるのは、間違いなくみんなのおかげだ。
もし誰とも出会わずにずっとあの村にいたら……生きてはいたかもしれないが、きっと何かが欠けたままだっただろう。
――役立たず。
なんて、自傷にも似た言葉が頭をよぎるも、すぐに振り払った。
俺は役立たずにはならない。
みんなを、この幸せを守る。
濁った感情を飲み干し、俺は思い切り笑ってみせた。




