不屈
木の葉が地面に落ちるように。
また、朝日が山間から顔を覗かせるように。
ふ、と俺は目を覚ました。
2、3度まばたきをして、焦点を合わせる。
白く、しかし温かみのある天井。
顔を横に動かすと、同じく白い壁、白い扉、備え付けられた椅子。
それらから、ここが簡素ながら清潔な部屋らしいことがわかる。
というか――と考えたところで、勢いよく扉が開いて誰かが飛び込んで来た。
「フウツさん! お目覚めになられたのですわね!」
現れた少女、デレーは俺を見るや否やそう叫ぶ。
よほど急いで走ったのか、呼吸も髪も乱れていた。
「きっとご無事だと信じておりましたわ! ええ、私のフウツさんですものあのような卑怯な手を使う不届き者ごときがどうこうできる存在ではありませんもの! ですが安心しましたわあなたのお声や視線が無いと私どうしても心が落ち着かなくて朝もフウツさんが起床するところを見ませんと私も起きた気にならないんですの……」
いつも通り、早口でつらつらと語るデレー。
彼女の様子を見ているうちに段々俺の視界は滲み、ついにはぽたりと温かいものが目から零れた。
「!? い、いかがされましたのフウツさん! ああ申し訳ありません、私としたことが喜びのあまりフウツさんの具合を確認するのを忘れておりましたわ! フウツさん、どこか痛みますの? それとも他に何かが?」
デレーはおろおろとしながらハンカチを取り出し、俺の涙を拭う。
「ありがとう、大丈夫。どこも痛くないよ」
言って、俺はデレーに笑いかけた。
彼女の手をそっと退け、涙は自分で乱雑に払う。
そう、どこも痛くはない。
何も痛んではいないのだ。
はらはらと落ちるこれはきっと、ただの余韻。
俺のものじゃない。
なんて、そんなことを考えているうちに涙は途切れ、視界も晴れた。
少しすっきりした頭は、状況を把握しようと回り出す。
「んっと……ここはレジスタンスの支部だよね?」
「ええ、そうですわ。あれから私たち、ここ第三支部まで退却いたしましたの」
やっぱり。
こんなに真っ白な建物なんて、リーシアさんの造った第三支部くらいだ。
「みんなは無事なの? 俺が気絶してる間に何が――」
一番気になっていることを尋ねようとすると、デレーの斧がガタガタと震え出した。
俺は思わず口を閉じてその光景を見守る。
斧は打ち上げられた魚のごとくせわしなく動き、かと思うと急にその動きを止めた。
刹那の沈黙。
そして明らかに慌てた様子で、中からアクィラが飛び出してきた。
「ちょっと! デレー貴女、フウツちゃんが起きたならそう言いなさいよ! びっくりしたじゃないの」
「あらアクィラさん。寝ているようでしたので放っておいて差し上げたのに、何か文句がありまして?」
「あるわよ! あっ、ごめんなさいねフウツちゃん、起き抜けにうるさくしちゃって。ほらデレー、早くみんなを呼びに行くわよ」
「言われなくともそうするつもりでしたわ」
「嘘おっしゃい、しばらく2人きりの空間を堪能するつもりだったでしょう」
やいのやいのと言い合いながら、2人は部屋を出て行く。
俺はその騒がしさに頬を緩ませ、ああ自分の居場所に帰って来たのだなと実感した。
同時に、さっきまで見ていたものを思い出す。
疑うまでもなく、あれは魔王の記憶だ。
「はあ……」
俺は立てた膝にこつんと額を付け、溜め息をついた。
あの記憶は、欠けている箇所こそあったが間違いなく真実だ。
となると人間と魔族や、俺とみんなの関係、レジスタンスのやってきたことは――。
もう一度、俺は深く溜め息をつく。
とてもじゃないが隠し通せる自信は無いし、そもそも察しの良い面々にはすぐにバレるだろう。
……全部、話さなきゃいけないよなあ。
その後、トキに診てもらい問題無しと判断された俺は、会議室へと足を運んだ。
会議室には既にみんな揃っており、俺がトキと一緒に入ると一斉に視線が向けられる。
「フウツ! 体は平気か?」
上座に座るゼンが真っ先に声をかけてきた。
「うん。ゼンこそ傷は大丈夫なの?」
「ああ、バッチリ治してもらったぞ! さ、適当に座ってくれ。今、何がどうなっているのかを説明しよう」
彼に促されて席に着きつつ、俺は部屋の中を見回す。
ここにいるのは、デレー始めパーティーの仲間7人、ゼン、クク、リーシアさん。
見た限り全員ぴんぴんしているが、それだけにこの場にいないナオのことが気になる。
あれこれ聞きたくなるのを我慢し、俺はひとまずゼンの話に耳を傾けることにした。
「まず魔王が姿を現して、キミが奴を迎え撃たんとした後……」
ゼンは語り始める。
要約するとだいたいこうだ。
剣、あるいは魔法同士がぶつかり、俺が気絶した一方で魔王も何やら様子がおかしくなった。
目まいに襲われた時のように、ふらつき出したのだという。
ちょうどその時、ククが文字通り飛んで来た。
本人曰く虫の知らせというべきか、嫌な予感がしたそうだ。
ククはワープ装置を持ってきており、それを使いみんなは負傷したゼンたちや気絶した俺を連れて魔王城から退却、第三支部へと帰還した。
主力が戦闘不能であることからレジスタンスは進軍を一時停止。
比較的すぐに回復したゼンの指揮の下、再戦に向けて策を練っているところ……という具合らしい。
「えっと、あれからどのくらい経ってるの?」
「2日、いや、今は深夜だから2日半だな」
なるほど、道理でみんな微妙に眠そうなわけだ。
「ナオは?」
「うむ……それなんだがな」
ゼンは途端に表情を曇らせる。
言葉にしにくいのか、口ごもって視線を彷徨わせた。
「僕が説明します」
なかなか喋らない彼に代わり、トキが口を開く。
「あの斬撃に付与されていたであろう魔法が邪魔で、治療が遅れました。結果、斬られた手足の修復が間に合わず、義手義足を付けることになったんですよ」
【聖徒】として思うような働きができなかったことが悔しいのだろう、彼は眉間にしわを寄せて言った。
「幸い、と言っていいのかわかりませんが、義肢自体は上手く付けられました。しかしあれだけの大怪我ですから、今もまだ医務室で安静にしています」
「そっか……」
ナオが生きていることを喜びたくはあるが、聞いた限り決して無事とは言えない状態だ。
俺は何とも言えない気持ちで、ちょっとだけ目を伏せた。
重苦しい空気が満ちる。
「何これ、葬式でもしてるの?」
と、それを少年の声が打ち破った。
反射的にそちらを見る。
入り口の扉に手をかけ、怪訝な顔をしたナオが立っていた。
「ナオ!? 医務室にいたんじゃ……」
「あんたですら起きたっていうのに、おれだけ寝てなんかいられないよ」
彼はひょこひょことぎこちない動きで部屋に入って来て、空いている席にすとんと座った。
その左の手足はトキの話通り、義肢に置き換わっている。
「言っとくけど、同情も心配も要らないからね。このくらい何でも無いし。おれを舐めて首を斬らなかったこと、あいつに後悔させてやる」
ギラギラとした炎を宿す瞳に弱気な色などは一切混じっていない。
場の誰よりも闘志を燃やす彼の姿を目の当たりにし、俺も腹を括ることにした。




