恵まれた模倣品
目の前で、あるいは頭の中で再生される光景。
それは魔王の記憶であり、同時に彼の思ったこと、感じたことが伝わってくる。
彼が怒れば俺も怒りを感じたし、彼が泣けば俺も悲しい気分になった。
なんというか、彼の過去を追体験しているような。
うん、おそらく、そうなのだ。
魔王。
すなわち「俺」。
俺ではない、もう1人の自分。
幸せを奪われ、壊れた人間。
どこにでもいる、普通の人間。
そんな彼のことを、俺は――。
思考が再び「俺」の中に沈んでいく。
俺はその揺蕩うような不思議な感覚に、また身を任せた。
「俺」の新たな計画はこうだ。
まず人間界の自分に、現在保有している力の半分を与える。
体への負担を鑑みて、最初は封印した状態にしておき、それから歳を重ねるごとに解放していくという具合にだ。
そして力の解放が終わった頃、人間界に出向いて、残る力と共に彼の体を乗っ取る。
人間界への侵攻以来「俺」の体は不調のまま、というか朽ちつつあった。
というのも、どうやら調べたところ魔族の体は人間界に適さないようなのだ。
だからこうすることで、古い体を捨てつつ、人間界でも活動できる体を手に入れようという寸法だ。
それから「俺」は、百年もかけずに魂と魔力の移植方法を開発した。
なにせ世界の模倣品を創るなんて大仕事をやってのけたのだ、それに比べれば大抵のことは簡単である。
また、記憶は魂に刻まれているため、みんなの魂を移植する前にそれを書き換える必要があったが、こちらはもっと簡単だった。
方法はもちろんのこと、書き換える内容もこちらの「世界の記憶」と接続すれば良いだけ。
何より、一番肝心なあの2年間の記憶は「俺」自身がしっかりと覚えているので、手動で書き込むことも可能だ。
こうして準備を早々に終えた「俺」は、残りのみんなと俺が生まれてくるのを待った。
エラとアクィラだけ先に魂を回収することもできるが、しかし「俺」はそうしない。
だって、どうせならみんな一緒に目覚めてもらった方が良いじゃないか。
来る日も来る日も、「俺」は人間界を観察する。
戦争が起きなかったことが幸いしたのか、エラは幽閉されることなくのびのびと好き放題していた。
アクィラの方も縄張り内で自由に過ごしていたが、エラと交流を持つようになるのは「こちら」と同じだった。
歴史が変われど、縁が繋がっている者同士の出会いは変わらないらしい。
また数百年が経ち、フワリ、ヒトギラ、デレー、そして俺が生まれた。
それを確認し、「俺」はすぐさま人間界へ向かう。
いつの間にか作られていた、人間界の魔力と魔界の魔力が反応するのを抑える魔法道具を持ち、俺の元へと急いだ。
望遠鏡と照らし合わせて、俺のいる家屋に辿り着く。
姿を消して窓から覗いてみると、そこには母親にあやされる俺の姿があった。
平和な世であり、口減らしも必要無いからか、両親は俺を捨てなかったようだ。
「俺」はそれに少しの苛立ちを覚えつつ、計画の通りに自分の魔力を赤子の俺に流し込んだ。
魔力の移植が上手くいったのを見届け、時間も無いのでそそくさと魔界へと帰る。
腹立たしいが、あの分ならば目標である17歳までちゃんと育つだろう。
数年後にはトキも無事に誕生し、「俺」はやっとひと息つくことができた。
目を離した隙に俺が捨てられていたことには少々肝を冷やしたが、なんとか生きているようなので手出しはせずに観察を続行。
……続行、したのだが。
その俺自身が、「俺」にとって一番の懸念であった。
まず前提として、エラやアクィラは本来の性格から何ら変化は無い。
デレーは俺と会う前だからわからないが、ヒトギラもフワリもトキも、その奇妙な性質の片鱗を既に見せつつある。
だが何がどう作用したのか、俺だけは違った。
なんというか……気持ち悪いのだ。
俺は「俺」同様、捨てられた先の村で虐げられていた。
にもかかわらず、文句のひとつも言わないし、反抗的な目付きさえしない。
かと言って、苦痛を感じていないわけでもなく、殴られれば痛がり、罵倒されれば悲しい顔をする。
自暴自棄にもなっておらず、生きようとする程度の自己愛もある。
では倫理観が壊れているかと言えば、そうでもない。
弱者をいじめる者がいれば止めに入る、暴力暴言はよくないと、聞き入れてもらえないのに諭そうとする。
何かがおかしい、でも何がおかしいのかはっきりしない。
名状しがたい何らかの歪みが、そこにあった。
そしてしばらく観察を続けた末に、「俺」はやっと理解する。
「仕方がない」のだ。
例えるならば、人生に多少は苦難があるように。
戦うならば傷付かねばならないように。
眠くとも朝は起きねばならないように。
俺にとって、身に降りかかる全てのものは「仕方がない」ものなのだ。
また同時に、おそらく俺の中では自分の相対価値が限りなく低い。
他人と自分を天秤にかけた時、必ず他人を優先する……いやむしろ天秤にかけすらしない。
己を卑下しているわけでも、蔑ろにしているわけでもなく、ただただ「他人より自分を優先する」という機能が備わっていないのである。
――とまあ、考えてはみたものの、やはり意味がわからない。
なんで生まれながらにしてそんな思考回路が出来上がるのか、全くもって意味不明だ、気持ち悪い。
しかも、しかもだ。
最悪なことに、俺の異常性はそれだけにとどまらなかった。
「俺」と同じように――1人だけ元々はいなかった人物がいるものの――俺はみんなと出会った。
が、出会ったそばから、好かれた。
デレーの手を引いていないのに。
ヒトギラを悪党から守っていないのに。
トキと交流を重ねていないのに。
フワリを救い出していないのに。
エラもアクィラも、共に行く義理が無かったのに。
「俺」が積み重ねて来たみんなとの全てを、俺は最初から持っていた。
特にヒトギラなんか、俺にだけそもそも嫌悪を覚えないという始末。
「俺」は大いに苛立った。
ふざけるな、という話である。
人殺しすらできないポンコツのくせして、何もしていないくせして、なぜそんなにも満たされているのか。
しかもあろうことか、俺は終ぞ「俺」には発現することのなかったスキルを持っていたのだ。
それが発覚したのはこれまた最悪なことに、「俺」の計画がいよいよ成功しようとしていた時だった。
「魂への干渉を阻害する能力」。
スキルを持たない「俺」の、模倣品の方がスキルを発現させたなんて。
馬鹿げている。
俺を乗っ取ることに失敗した「俺」は、時間超過のせいで満身創痍になりながら帰還した。
「俺」は息も絶え絶えの中、必死に考える。
なぜ、スキルが発現していた?
少なくとも10歳の役職判定の時には無かった。
だったら……と、そこまで考え、気付く。
精神的な成長。
それが、新たにスキルが発現するための条件。
「俺」がしなくて、俺だけがした「成長」。
思い当たるのはただひとつ。
「常識の破壊」だ。
俺はデレーに好かれたことで、「自分は人から嫌われる」という常識を打ち砕かれた。
当たり前すぎて、信じるという意識すら無かった常識を壊され、それを受け止めたのだ。
スキルが発現するには、きっと十分すぎるほどの「成長」だろう。
「俺」はへたり込み、思わず笑ってしまった。
傑作だ。
こんな滑稽な喜劇、他に無い。
本物で、まともな人間の「俺」が得られなかったもの、苦労して手に入れたものを。
模倣品で、頭のおかしい俺は、全部、最初から、持っていた。
馬鹿馬鹿しい。
笑いも枯れた頃、「俺」は静かに立ち上がった。
まだ終わりじゃない。
みんなは生きている、まだチャンスはある。
まずは体を休めよう。
それから、それからだ。
みんなを魔界に招待して、あのふざけた模倣品を殺す。
力の半分は諦めることになるが、この際もう構わない。
絶対に、あいつだけは。
……回復の魔法を編み、眠りに落ちるその直前まで。
「俺」の心には憎悪が渦巻いていた。




