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転んでも、起き上がって

 みんなを元に戻すには、計算上かなりの量の生命エネルギーが必要だ。


 「俺」は収集を効率よく進めるため、各部隊に襲撃する場所を指定した上で鏖殺を命じた。

 こうすれば、常に回収量に気を配っておかなくとも、報告によって進捗を把握できる。


 必要とする生命エネルギーの量はかなり膨大であるから、むしろこうしないと管理が困難だ。


 唯一の不安要素は戦争以前の時代であるがために未だ健在なドラゴンだが、厄災で変異した動物……魔物を投入し、これに対抗することとした。


 いつからだったか魔法でそれらしい姿に変じている「俺」、すなわち魔王を信奉する者は多い。

 時おり反旗を翻す者も現れたが、いつも気に留めるまでもない程度に収まる。


 侵攻を妨げる者はいないも同然だった。


 力に擦り寄る姿が「俺」の嫌いな奴らと似ていて不愉快だったが、利用できるならそれも構わない。

 みんなを助けられさえすれば、あとはどうとでもできるのだから。


 ともかく、準備は万全。

 かくして「俺」は「人間界侵攻」という名の虐殺を始めた。


 事前に人間界の地形や人間の能力の程度を周知しておいたこともあり、作戦は順調に進んだ。


 人間側が想像以上に迅速な動きで奮闘を見せてきたためかなりの激戦となったが、エネルギーの収集速度は想定の範囲内。

 予定していた通りの5日という期間で、全て片付く――かに思われたのだが。


 侵攻開始から1日半が経ったあたりで、「俺」の体に異変が生じた。


 尋常でなく気分が悪い。

 体内の至るところが悲鳴を上げ、激痛が全身を苛む。


 まるで毒でも飲まされたような有様だが、今の「俺」に毒なんてほとんど効かない。

 そもそも食事を摂っていないのだから、毒を盛られるはずが無い……となると要因は別の何かか。


 しかし原因を究明している暇は無いし、ましてや撤退なんてできるわけがない。

 「俺」は血反吐を吐きながらも不調を隠して指揮を執り、人殺しに勤しむ。


 ところが2日目に入ると、原因不明の体調不良は「俺」以外の魔族たちにも現れ始めた。


 症状は「俺」とほぼ同じ。

 なぜか強い者――魔力を多く保有するものから順に倒れて行き、そのせいで魔族側が押され出した。


 このままではエネルギーを必要量まで回収することができなくなってしまう。


 刻々と崩れていく軍に見切りを付け、「俺」は1人で前線を巡り人を殺した。

 殺して、殺して、殺し続けた。


 そうして。


 やっと計画していた箇所を全て潰し終えた時には、既に7日が経っていた。


 予定を2日も過ぎている。

 「俺」はすぐに撤退命令を出し、魔界へ帰還した。


 城へ戻り、7階に急ぐ。

 部屋に入るが早いか、みんなの状態を診た。


 魂が今にも体から離れてしまいそうだ。

 容器に保管してあるアクィラの魂も、消えてしまいそうなほどに弱まっている。


 いや大丈夫、生命エネルギーはちゃんと集まった。

 魔法式も完璧だ、実験だって済ませてある。


 そう自分に言い聞かせ、逸る心臓を落ち着かせた。


 深呼吸をひとつし、魔法道具を用意して回収したエネルギーを1人1人の分に分けていく。


 デレーの分、ヒトギラの分、トキの分、フワリの分、エラの分……。


 と、そこで手が止まる。


 ――足りない。


 最後に残ったのがちょうどアクィラの分になる、はずだ。

 なのにそこにあるエネルギーは、僅かながら必要量よりも少なかった。


 一気に血の気が引く。


 どこかで計算を間違えたのか?

 それとも回収漏れがあった?


 否、計算に誤りは無い。

 報告と照らし合わせても、予定量には達しているはず。


 ではなぜ?

 なぜ足りない?


 焦りつつ、「俺」は不足分を計算する。

 足りないエネルギーは、殺し足りていないのは、だいたい200人分くらいだった。


 明らかに、軍の中の誰かが人間を見逃している。

 報告を信用して、帰還前に回収量を正確に検めなかったのが仇になったか。


 いや、いや、ぐだぐだ後悔している場合ではない。

 今からもう一度、人間界に行って、足りない分を補わないと。


 軋む体に鞭打ち、「俺」はワープ魔法を作動させて人間界へと飛び込んだ。


 不幸中の幸いか、降り立った場所は山間の集落だった。

 しかもまだ人間が丸ごと生き残っている。


 「俺」は脇目も振らず、剣で、魔法で、住民を殺した。


 集まったエネルギーを確認する。

 ギリギリ足りていた。


 魔界に、城に帰る。

 みんなの待つ部屋に向かう。


 扉を開けた。


 開けた。


 ……誰も、いなかった。


 部屋には体だけがあって、魂はどこにもいない。

 いない。


 「俺」はその場に崩れ落ちた。


 また。


 また、間に合わなかった。


 目の前が真っ白になる。


 涙は出なかった。

 そんな資格は無いから。



 ――しばらく、月日が流れたらしい。


 はっきり覚えているのはただただ時間を浪費していたことだけだが、それでも「俺」は魔王としての責務を果たしてはいたようだ。


 不思議と、「やっていた」という自覚だけはある。

 でもやっぱり記憶は途切れ途切れで、何でその行動をしたのかとか、何で部下が増えたり減ったりしているのかとかは曖昧だった。


 コツン、と何かが手に当たり、少しだけ我に返る。

 今、自分がいるのが研究室だと認識した。


 いつの間にやら部屋は荒れており、そこら中に物が散乱している。

 手に当たったのはどうやら魔法道具……人間界の様子を見るために改良した望遠鏡のようだった。


 なんとなく、「俺」は望遠鏡を使ってみる。

 真昼の王都が映った。


 侵攻からかなり時間が経っているのか、蹂躙の痕はほとんど見当たらない。


 というか、本来ならもう国が分裂して戦争状態になっているはずなのだが。

 もしかするとあの人間界では、争いが起きなかったのかもしれない。


 ぼうっとしながら鏡を眺める。

 すると不意に、王都を歩く1人の少女が目に入った。


 あ、と思わず声が出る。

 その姿には見覚えがあった。


 白っぽい髪、橙の瞳。

 口元に浮かぶ不敵な笑み。


 見覚えがある、どころではない。

 少女は他でもない、エラと瓜二つだった。


 いや違う、彼女はエラ本人だ。


 「俺」は確信と共に、望遠鏡の景色を切り替える。

 映したのはイファ国のあの林。


 食い入るように鏡面を見る。

 林の中心部で、人間が泉に向かって何やら話していた。

 姿こそ無いものの、泉いるのはアクィラに違いない。


 そうか、と「俺」は納得する。

 同じ世界を作ったのなら、同じ人間が生まれるのは道理だ。


 辿る歴史は「俺」が変えてしまったけれど、根本の部分は変わらなかったのだろう。

 とすれば、デレーたちもいずれ生まれてくるはずだ。


 ……そうだ、良いことを思い付いた!


 「俺」は望遠鏡を置き、机に向かう。

 まだだ、まだ取り返せる。


 生命エネルギーが無くなったなら、それを補えば良い。

 肉体が無くなったなら、新たに作れば良い。


 じゃあ魂が無くなったなら、同じ人物から取ってしまえば良いじゃないか。


 人間界に生まれるみんなは模倣品だ。

 しかし同時に、紛れもない本人でもある。


 同じ人間なんだから、魂だって同じ。

 けど所詮は模倣品だから、あれは本物ではない。


 だからみんなを傷付けることにはならない!

 ああ、完璧じゃないか。


 「俺」は無我夢中で次の計画を立て、新たに研究を進める。

 人道も倫理も踏み倒し、みんなを救うのだと希望を追い求める。


 矛盾を認識できず、狂気に侵されたまま無邪気に喜ぶ、そんな「俺」を――俺は、複雑な気持ちで眺めていた。


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