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歪んだ義憤

 「俺」は残った2人と共に王城を目指す。

 初夏だというのに、風が冷たいような気がしていた。


 前だけを見る。

 城の門が近付いてきた。

 あと少しだ。


 鞄の外側から、中にある石をそっと撫でる。

 あと少しで……。


 真っすぐ、真っすぐ、進む。

 建物の跡らしきものを乗り越え、土を踏みしめ、進んだ。


「! 誰かいますわ」


 不意にデレーが声を上げた。


 見ると、前方に人が立っている。

 背格好からして、男性だろうか。


 彼は何をするでもなく、こちらに体を向けて佇んでいた。


「怪しいゴミだな」


 ヒトギラが訝しげに言う。

 確かに、いったいどこの誰だろう、こんな場所に1人でいるなんて。


 「俺」たちは念のため、いつでも武器を構えられるよう用心しながら彼に近付く。

 別にわざわざ構ってやろうというわけではなく、ただ彼の横を通る必要があるだけだ。


 1歩、また1歩と男との距離が縮まるにつれ、相手の姿が段々はっきりと見えてくる。


 白髪交じりの髪、よれた服、少々皺の刻まれた顔。

 歳は40くらいか、少なくとももう若いとは言えない風貌だ。


 武器らしきものは持っていない。

 が、【魔法使い】なら武器が無くとも攻撃はできるから、油断は禁物だ。


「あの」


 とうとう、男が口を開いた。

 「俺」たちは足を止める。


 距離は大股2歩分くらい。

 突っ込めばすぐに首を斬れる。


「何の御用ですの?」


 警戒は緩めず、デレーが返事をした。

 「俺」は周囲に注意を飛ばし、他に誰もいないことを確認する。


「え、えっと、その……」


 男は何やら煮え切らない態度だ。

 目を泳がせ、言葉に詰まるその様子は挙動不審と言って差し支えない。


「私たち、急いでいるんですの。お話なら後でもよろしくて?」


「ま、待ってくれ!」


 当たり障りのない言葉を置いて去ろうとするデレーを、男は慌てて引き留める。


「わ、私は、君たちを待っていたんだ。君たちに会うために、ここに来たんだよ」


「私たちに? あなた、どこかでお会いしたことがありまして?」


「いや、な、無い。無いよ」


「ご用件は?」


「君、君たちに、言いたいことが」


 そこまで言うと、男は深呼吸をした。

 吸う息も、吐く息も、なんなら全身が震えている。


 何をそんなに緊張しているのだろうか。


 「俺」たちは次の言葉を待つ。


 1秒、2秒。

 それから、男の口が開いた。


「す、す、すまない。本当に、すまない!」


 半分裏返った声でそう叫ぶと同時に、彼は一番近くにいたデレーに向かって炎魔法を撃つ。


 しかしヒトギラが即座に彼女を障壁で包み、炎は何を焼くこともなくその場で霧散した。


「あ、あっ」


 不意打ちが効かなかったことに狼狽する男。

 「俺」はその隙を突き、彼を蹴り倒してそのまま踏みつける。


 それから剣を肩に突き立て、地面に縫い付ける形で男の身動きを封じた。


 このまま殺してやろうかとも思ったが、どこかで仲間が待ち伏せしているかもしれない、と考え手を止める。

 長めに息を吐いて頭を冷やし、まずは情報を吐かせることにした。


「他に、仲間は?」


 ごく端的にそう尋ねる。


「ひっ……」


 男は引きつった声を漏らし、ガタガタと震えていた。

 デレーに手を出したくせに何を被害者ぶってるんだか、と「俺」は冷めた目で彼を見下ろす。


「仲間は?」


「な、仲間などいない! これは私ひとりが、私ひとりのつけるべき、けじめだ!」


 どうも要領を得ない回答だ。

 ともすると、ただの狂人かもしれない。


「フウツさん、先を急ぎましょう。これ以上、構って差し上げることもありませんわ」


「うん、そうだね。行こうか」


 「俺」は男から剣を引き抜く。


「この害虫、燃やそうか?」


「いや、いいよ。魔力がもったいないし、俺がさっと殺しておくよ」


 ヒトギラの申し出を断り、まだ血の乾かない剣を振り上げる。


 そして男の心臓をひと突きしようとした、その時。

 何かが物陰から躍り出て来て、「俺」の剣に嚙みついた。


 「俺」は押し負けそうになるも、なんとか踏ん張ってそれを振り落とす。

 数歩後ずさって見ると、それは先ほどトキを襲ったのと同じような獣だった。


「クソが、まだいたのか!」


 ヒトギラがすかさず炎を放つ。

 狼のようなそれは、やはり先ほどと同じように炭になった。


「フウツさん、あれを!」


 言われて、デレーの指す方に視線を向ける。

 そこ――いつの間にか「俺」たちから距離をとっていた男の背後には、群れを成した数体の黒い獣がいた。


「おいゴミ虫。そいつらはお前が操っているのか?」


「そ、そうだ。じゃ、邪道だってことは、わかってる。でも、こうでもしないと、君たちを、エラを止められない。だ、だ、だから……」


 男は肩を押さえ、脂汗をかきながら答えた。

 エラが何だって言うんだ、と「俺」が問う前に、彼はさらに続ける。


「い、言っても、わからないと思うけど、君たちはエラに、せ、洗脳されているんだ。私の祖先たちが、そう、されたように。エラは恐ろしい人間だ、生の冒涜者だ。わた、私がここで、エラに最も利用された者の子孫として、責任を持って、止めなければ」


 その言葉を聞き、「俺」は納得した。


 エラが旧王都での事故の全責任を押し付けられた際に、「真実」として流布された嘘。

 というよりも、彼の言う「祖先」が語り、代々伝えられてきた虚偽か。


 ともかく、彼はそれを信じているのだ。


 「俺」たちが言い返す間もなく、男はなおもまくし立てるように喋る。


「き、君たちを見つけたのは、偶然だった。私はあ、アグラヴァ山で、戦ってて……そ、それで、衝撃波が来て、出所を探せと言われて……わ、私は、全部見ていたんだぞ! ほ、本当なら、あそこで仕留めるはずで……。だって、き、君たちは、何も悪くない! せめて苦しまないようにって、さっきも、悪気はなかったんだ! あんなに、く、苦しませるつもりは……」


「フウツ」


 男の声を、ヒトギラの「俺」を呼ぶ声が遮った。

 我に返る。


 掌から血が出ていた。

 知らぬ間に強く手を握りしめていたようだ。


「気狂いの相手はもう十分だ。行くぞ」


「……うん」


 溢れかけていた怒りと殺意を、半ば強引に静める。

 目的を見失ってはいけない、と自分に言い聞かせた。


「に、逃がすわけには、いかない。悪いけどここで、し、し、死んでもら――」


 サッと男の顔が青ざめる。

 視線は「俺」たちの後ろに釘付けになり、口を間抜けに開けたまま硬直した。


 罠ではないかと警戒しつつ、「俺」は振り向く。

 と、今はやや遠くに見える大壁が、黒色、すなわち黒い水に塗り潰されていく様が目に入った。


「いけませんわ、もうこんなところまで!」


 デレーが悲鳴を上げる。

 そうだ、それに大壁を乗り越えたということは、壁の外側にいるエラたちは……。


「走りますわよ、フウツさん、ヒトギラさん!」


「い、いや、行かせない!」


 城に急ごうとする「俺」たちを、男の命令を受けたであろう黒い獣が囲む。


 そうして獣の後ろに陣取り、男は絶叫するように宣言した。


「し、城で何をするつもりかは、わからないけれど、絶対にエラの、お、思い通りには、させない。私は、し、死んででも、君たちを止める!」


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