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自己犠牲

「危ない!」


 「俺」はとっさにデレーの体を引き寄せ、後退する。

 直後、彼女が立っていた位置に、瓦礫となった壁の一部が落下してきた。


 それは破片のひとつやふたつに留まらず、連鎖するように次々と崩れ落ちてくる。

 やっとおさまった頃には、大壁によそ人が手を広げた時くらいの幅の切れ目ができていた。


 間一髪、難を逃れた「俺」たちは一様に息を吐く。


「ありがとうございますフウツさん、助かりましたわ」


「気にしないで。怪我は無いよね?」


「ええ、ぴんぴんしておりますわ」


 大壁が崩れたのはやはり、衝撃波によって壊れる寸前まで負荷が蓄積されていたからか。

 ギリギリ保たれていたものがふとした拍子に崩壊した、というのはそこそこ聞く話だ。


 しかしもしあの瓦礫が直撃していたら、と思うとゾッとする。

 「俺」はひとまず、そんな展開から仲間を守れたことに安堵した。


「ま、手間が省けたのう。どれ、では道を作るとするかの」


 エラが言いながら瓦礫によじ登る。

 道、というのは前に彼女がフワリのために作った、土水の汚染を取り除いた通り道のことだろう。


 あれはイファ国側の面に空いた穴から王城までを一本線で繋ぐものだったから、ここから入ろうとするならば新たにそれを作る必要があるのだ。


「ふむ……なんとか足りそうじゃな」


 魔力のことだろうか、エラはそう呟きながら両手を前に突き出す。


 と、その時、彼女の前に黒い影が飛び出してきた。


「む!?」


 完全に死角だったのか、エラはバランスを崩しつつかろうじてそれを躱す。


 「俺」はそれの姿を捉えようとしたが、動きが速くて焦点を合わせられない。

 それはエラを通り過ぎ、こっちの方にそのまま突っ込んで来る。


 真正面。

 ならば上等だ、迎え撃ってやる。


 素早く剣を抜き、「俺」は眼前に迫る謎の影に向かって思い切り振った。


 重い衝撃が剣を伝う。

 が、それもつかの間、パキンという軽い音と共にふっと手ごたえが消えた。


 込めていた力が行き場を無くし、前につんのめったところで「俺」は剣が折れたことに気付く。


 だが相手が待ってくれるわけがない。

 剣の刃は半分ほどしか残っていないが、これで応戦するしかあるまい。


 「俺」はよろめいて出た一歩をめいっぱい踏ん張って、力づくで倒れるのを阻止する。

 そして折れた剣を握り直し、「俺」は勢いをつけて振り返った。


 同時に、何かが顔にかかる。


 温かくて、少し粘性のある液体。

 血だ。


 誰の?


 「俺」のじゃない。

 襲ってきたあれのでもない。


 数歩先に視線を向ける。

 トキがいた。


 トキが、首から血を噴き出して、倒れていくところだった。


 その横で、忌々しいほど軽やかに黒い何かが着地する。

 目が追い付き、それが巨体の狼のような動物なのだと、初めてわかった。


「実験動物の子孫……まだ残っておったか!」


 エラが悔しげに零す。

 彼女にとっても想定外の事態だったようだ。


 口から血を滴らせながら、それは再び「俺」の方を向く。


「させるか、死ね!」


 しかしヒトギラの怒声と共に火柱が上がり、それは駆け出すより早く業火に焼かれた。

 火は数秒もせず消えて、それは燃えかすと化して地面に転がる。


 どうやら硬くても耐火性は無いらしかった。


「っトキ!」


 我に返り、「俺」は倒れ伏すトキの元へ駆け寄る。

 既に多量の血が流れ出、周りの土が赤黒く染まっていた。


 彼の傷を改めて見る。

 血が広範囲に付着していて見づらいが、右側の首筋が食いちぎられたようだった。


「ど、どうしよう、えっと……そうだ、止血! 早く止血しないと!」


 かと言って、都合よく手当て用の布があるわけではない。

 「俺」は服を裂いて代わりに使おうと、裾に手をかけた。


 しかしその手をトキが掴む。


「その……必要は……あり、ません」


 薄っすらと笑みを浮かべ、か細い声で彼は言った。


「魔力が回復したの?」


 本当は違うとわかっていながら、「俺」は尋ねる。

 万が一にすがる。


 けれど愚かな希望的観測を諫めるように、トキは「いいえ」と答えた。


「行って、ください。……わかるでしょう」


 「俺」は何も言えなかった。


 頭の中が麻痺したように、何も考えられない。

 何かが着実に壊れつつあった。


「フウツ。それからデレー、ヒトギラも」


 少し間を置き、エラが言う。


「トキのことはわしに任せよ。やれるだけのことはやってみせよう」


「え」


「案ずるな。ここは天才に預けて、おぬしらは装置へ向かえ」


 彼女は手をかざす。

 柔らかな光が、その手から王城の方へと駆け抜けていった。


「ほれ、道は作った。ちと式を誤って、土水の浄化しかできておらぬが……おぬしらならそれで充分じゃろう。黒い水が来ても残りの魔力で何とか防ぐ。じゃから案ずるな」


 トキの傍らに膝を付き、エラは行った行ったと手をひらつかせる。


 ――嘘だ。


 式を間違えるなんてミス、エラがするわけない。

 浄化だけでもう魔力を使い切ったんだ。


 そんなことくらい、「俺」でもわかる。

 わかる、けど。


「…………」


 嫌だ、と言おうとして、やめた。


 下手な嘘をついてまで、エラは「俺」たちに進めと言っている。

 自分が助かる選択肢を捨ててまで、トキと共に残ると言っている。


 ……ならば。


 「俺」は、彼女の心に応えなければならない。

 彼女の命のためにではなく、彼女の心のために行動しなくてはならない。


 託されたのだから。


 今は、己の心を殺してでも。


「わかった」


 無理矢理に笑顔を作って、「俺」は言う。


「じゃあトキのこと、よろしくね」


 自分で口にする言葉が、他人のもののように感じられた。


「うむ! さ、疾く装置を起動させに行くがよい!」


「ええ。フウツさんなら、できますよ」


 エラは笑う。

 その傍で、トキも笑っていた。


 まあ、デレーとヒトギラは曇った顔をしていたけど。


 これで良い。

 これが正解だ。


「すまんのう、トキ」


「……わかってます」


「……怒っても良いのじゃぞ?」


「ふふ、怒りません、よ。……あなたは……そう、間違いなく、正しかった」


 「俺」はそんなやり取りを聞きながら、デレーたちと共にその場を去る。


 2人が口にしたそれらが何を意味するのかは、知らないふりをして。

 どこかに空いた穴にも、気付かないふりをして。


 ただひたすらに、足を動かした。


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