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迫る窮地

 旧王都の事故。

 エラが以前話してくれた、魔法研究者たちの過ちの記憶だ。


「覚えてるよ」


 「俺」が答えると、エラは神妙な面持ちで目を閉じた。


「おそらく……それと同じことが起こったのじゃ」


 あの事故と、同じ。

 ということは、複数の高等魔法が予期しない反応を起こしたのか。


「精霊は人間より遥かに魔力の影響を受けやすい。つまり、アクィラが存在を保てなくなったのは、空気中の魔力が変質したからじゃ。そしてこの現象はあの時の旧王都でも、小規模ながら発生していた」


 深く溜め息をつき、彼女は続ける。


「これはわしの落ち度じゃ。歴史に失敗が記されているのじゃから、いくら凡庸な者たちとて、二度も同じ過ちを犯すことはなかろうと……甘く見ておった」


 数百年来の友人を失ったことが相当堪えているのだろう、エラは今までになくしおらしかった。


 そんな彼女の肩を、フワリが優しく叩く。


「エラのせいじゃないよ」


 ゆったりとした声で、きっぱりと言い切った。


「それより、これからのことを考えよう。まだ、終わってないんでしょ」


「終わってない?」


 思わず「俺」は聞き返す。


 心臓が跳ねた、というより、鉛のように重たくなった。

 まだ何かあるのか、と不安混じりにエラに視線を送る。


「うむ。旧王都の時は、まず小さな衝撃波が発生し、次に周囲の魔力が変質、最後に大きな衝撃波が発生した。これと照らし合わせると、残念ながらまだ終いではないとわかろう」


「大きな衝撃波なら、もう来ただろう」


 ヒトギラが疑問を呈する。


 そうだ、木々をへし折り、障壁魔法をも割ってしまうような衝撃波であれば既に体験した。

 あれが大きくなくてたまるか。


「確かに来た。しかし、その後に魔力の変質が起こったじゃろう。つまりあの衝撃波は最初の現象なのじゃよ」


「……ああ、なるほど」


 トキが首肯する。


「じゃあ、今回のは旧王都の時よりもはるかに規模の大きい反応が起きた、ってことですね?」


「うむ。じゃが、では次にもっと大きい衝撃波が来るかと言えば……おそらくそうではない」


 ふと、そこで「俺」は空が陰ってきていることに気付いた。


 嫌だな。

 こんな時に視界まで暗くされたら余計に……。

 いや、今は勝手に落ち込んでいる場合じゃない。


 「俺」は少しゆっくりめの瞬きをし、再度エラの話に耳を傾ける。


「それに、3つ目に起こる現象こそが『本番』であり、前2つは前兆に過ぎぬ。3つ目に何が起こるかは、その時までわからぬのじゃ」


「では……惨事が起こるのを、手をこまねいて待つしかないということです?」


「否、そのような愚鈍な真似はせぬよ」


 言いながら、エラは鞄から手持ちサイズの鏡を取り出した。

 確か望遠鏡という、遠くの景色を見るための魔法道具だ。


 彼女は望遠鏡に魔力を込め、鏡面に様々な場所を映し出していく。

 数秒見て、景色を変え、また数秒見ては変えてを繰り返し、やがて手を止めた。


「ふむ、発生源はヨツ国の南端か」


「様子は?」


 フワリが問う。


「泥……いや、黒い水が発生しておる。徐々に量を増やしておるようじゃが、速度は極めて遅い。これならば対処できよう」


 その言葉に、「俺」は少し胸が軽くなった。


 未曾有の大災害みたいなものを想像していたから拍子抜けではあるが、これ以上酷いことが起きないのならそれに越したことは無い。


「疾く現地に向かい、あれを消す魔法を開発しよう。なに、1日もあれば十分じゃ。土地に多少の被害は出ようが、あの速度ならばせいぜい町半分くらいの範囲じゃろうて」


「なら俺も行く。手は多い方がいいだろう?」


「あ、じゃあ僕も!」


 解決の糸口が見え、いくらか場の雰囲気が明るくなる。

 未だ喪失感は拭えないけれど、それでも、少しくらいは。


「よし、善は急げじゃ」


 望遠鏡をしまい、代わりにワープ装置を手に持つエラ。

 しかし、その表情はまたもや怪訝なものに変わった。


「どうしたんだ?」


「装置が作動せん。この感じは……指標釘が壊れたな。じゃがあの程度の衝撃波で破壊されるわけが……」


 エラは口元に手をやりながら、ぶつぶつと呟き思案する。


「む! そうか、あの水でやられてしもうたか」


 小さく息を吐くと、エラは先ほどしまった望遠鏡を再度取り出し、鏡面を見た。


「おぬしらも一応、見ておくとよい」


 「俺」たちは差し出されたそれを覗き込む。


 そこには、じわじわと広がる黒い水溜まりと、それを警戒するように取り囲む兵士たちが映されていた。


「わしの魔法道具を使い物にならなくしてしまうのじゃから、おそらく生物にも有害な物質じゃ」


「あ」


 エラが言った直後、兵士のひとりが水に足を突っ込んで、倒れた。

 こういうことか。


「仮にこの場所以外で見かけても、決して触るでないぞ」


「うん。……ん? あれ、この人たちは……?」


 黒い水溜まりに向かって、複数の人が集まって来た。

 服装からして、魔法使いだろうか。


 倒れてしまった兵士を助け出した後、何やら相談しているみたいだ。

 やがて彼らは頷き合い、周囲の兵士に離れるよう促しながら黒い水溜まりのすぐ近くまで寄る。


「障壁でも張って封じ込めるのかな?」


 あの水に対して障壁がもつかは微妙なところだが、もしそうならエラたちが到着するまで時間が稼げる。


 「俺」は鏡越しに、彼らの成功を祈った。


 が。


 彼らは一向に障壁魔法を発動させず、水溜まりを取り囲んだかと思うと大きな魔法陣を出現させた。

 どう見ても、障壁を張るような動作ではない。


「……マズい」


 エラがぽつりと言う。


 直後、鏡面いっぱいに黒色が広がった。


「うわっ!」


 いったい何が、と尋ねる前に、その答えが望遠鏡に映し出される。


 中心部分から勢いよく湧き出る黒い水。

 その波に押し流される兵士たち。

 あっと言う間に見えなくなった地面。


 魔法使いたちが使った何かの魔法が反応し、黒い水溜まりが爆発的に膨張したのだと、「俺」でもわかった。


「あやつら、どこまで愚かなのじゃ……!」


 エラが歯噛みする。


 とめどなく流れる膨大な量の黒い水は、数秒もせずに鏡面を完全に黒く塗りつぶした。

 あとはただぬらぬらとした反射光が、そこに水の流れがあることを物語るだけだ。


「仕方がない、奥の手じゃ。おぬしら、旧王都へ行くぞ」


「『避難』ですか?」


「いや、『解決』じゃ。旧王都の王城に、あらゆる魔法とそれによる副産物を消し去る装置を隠してある。一度しか使えぬ上、作るのに三百年近くを要した代物じゃが……ここで使わぬ手はなかろう」


 望遠鏡を操作しつつ、エラは説明する。


「しかしこれは危険な賭けじゃ。あの水――波に呑まれる前に辿り着けるかどうか、正直ギリギリといったところじゃな。安全策をとるならば、ここでわしがヒトギラの障壁魔法を強化し、あれに耐え得るようにした方が確実じゃ」


 どうする? と、エラは問いかけた。


 沈黙という名の迷いが走る。


 この場の全員のみならず、多くの人々を助けられるかもしれない可能性に賭けるか。

 少なくともこの場の全員だけはほぼ確実に助かる方法を選ぶか。


 もう仲間を失いたくない。

 けれど、何千の人々を見殺しにする罪を背負えるのか。

 止められる手段があるのに、それを放棄するのか。


 永遠にも近い、十数秒間の後。


 「俺」は目を閉じ、深呼吸をして、口を開く。


 目を開き、真っすぐに前を見据えて、言った。


「――俺は、旧王都に行きたいと思う」


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