緩やかな変化、2年間
アクィラが言うことには、精霊である自分は人間と契約しない限りこの林から出ることができない。
でもいい加減、1人で延々身を隠すのにも飽きてきた。
だから外に出るため、誰かと契約したい……ということらしい。
契約さえすれば、契約者に寄り添ってどこへでも行けるし、その人の持ち物に憑依? することもできるのだという。
なるほど身の安全の面からしても、利点が多そうだ。
「まあ連れて来いって言ったって、今の貴女には無理だろうから。貴方たちの中の誰かが契約してくれればいいわ」
にこり、とアクィラは「俺」たちの方を見て笑った。
「なんじゃ、そういうことか。ならば魔法を使うまでもない、このわしが」
「エラは却下」
「む!?」
「貴女みたいなのと契約したら、命がいくつあっても足りないもの」
正論である。
「あとそこの黒髪も嫌。なんだか圧倒的に可愛くないもの」
ヒトギラを指し、彼女は言う。
人間なら誰でも「可愛い」というわけではないようだ。
「お前なんぞこっちから願い下げだゴミ虫」
「ま、まあまあ……。あ、そうだ」
「俺」はヒトギラをなだめつつ、ふと思いつく。
契約相手として、自分が名乗りを上げよう、と。
特に不利益を被るわけではないのだから、また揉め事が起こる前にさっさと解決してしまった方が良い。
「俺――」
と、その時。
「私が契約相手になって差し上げますわ」
「俺」の言葉を遮って、デレーがやや大きめの声でそう言い切った。
さっきまで取っ組み合いを始めるんじゃないかってくらいの剣幕で喧嘩をしていたのに、どういう風の吹きまわしだろう。
「え、貴女?」
アクィラも面食らったように目を丸くする。
驚く「俺」たちを余所に、デレーは高らかに続けた。
「ちなみに! 私以外と契約することは許しませんわ。これは最大限の譲歩でしてよ」
「……? お姉さん、何言ってるのかさっぱりなんだけど」
いきなり意味不明な台詞を叩き付けられ、アクィラはおろおろと困惑する。
それもそうだ、いったいその条件のどこが「譲歩」なのか、彼女にはきっと理解できない。
……そう、彼女には。
対して、そこそこの時間を共に過ごしてきた「俺」には、デレーの企みがわかる。
彼女はおそらく、契約をすることでアクィラの手綱を握ろうとしているのだ。
契約が二者間の力関係にどのような影響を及ぼすかは知らないが、おそらくあちこちに伝わっている話とは大差無いはず。
つまり構図的には、「精霊が人間に力を貸す」というものになると思われる。
同等の立場になることはあれど、精霊の方が優位に立つことはたぶん無い。
デレーはそこを利用し、恋の障害になりかねない(と、彼女が判断している)アクィラの行動を制御するつもりなのだろう。
今の段階で存在することが確定している「精霊と人間は一定距離以上離れられない」という制約だけでも、十分にその目的は達成できる。
「私はまだあなたを信用してはいませんわ。そんな相手に、フウツさんはもちろんのこと、大切な仲間を預けるような真似などできなくってよ」
それらしい理由でアクィラを丸め込みにかかるデレー。
後半も本心から言っているなら嬉しいが、果たしてどうなのだろう。
「ふーん、そういうことね。ただの自分勝手な女かと思ったけど、案外、仲間想いじゃない」
ちょっと見直したわ、と表情をやわらげるアクィラ。
これはデレーの真意を伝えた方が良いんじゃないか、と良心がざわつき出す。
が、そうしたところでまた揉めるだけだろうし、何より「俺」にはその揉め事を収めるだけの力が無い。
しかし、いや、そうは言っても……。
「フウツくん」
悶々としていると、いつの間にやら隣にいたフワリがぽんと「俺」の肩を叩いた。
「これ」
差し出されたのは木彫りの置物。
魚っぽい何かを模ったそれは、推測するにさっきまで作っていたものだろう。
しかしなぜ今、そして「俺」に? と疑問の眼差しを向ける。
もしや「俺」が迷っているのを察して、助言をしようとしてくれているのだろうか。
するとフワリはにこりと笑い、言った。
「あげる」
「あ、ありがとう……?」
「ん」
満足げに頷き、彼は元の位置に戻る。
……完全に「俺」の自意識過剰だったようだ。
というか、じゃあ本当になぜこのタイミングでこれを渡してきたんだ。
意味がわからなさすぎる、と「俺」は置物を持ったまま呆然とした。
「はい、これで契約成立よ」
アクィラの声が耳に飛び込んで来て、我に返る。
ハッとして目を向けると、彼女とデレーがやや不本意そうではあるが握手をしていた。
「言っとくけど、貴女を完全に認めたわけじゃないからね! あくまで妥協の結果だってこと、忘れないでちょうだい」
「ええ、それはお互い様ですわ。ところで契約の解除はどうするんですの?」
「貴女かお姉さん、どっちかが死なない限り解除は不可能よ。だから、逃げ出そうだなんて考えても無駄よ?」
「うふふ、ただ聞いただけですわ」
どうやらフワリに気を取られている隙に、契約を済ませてしまったらしい。
ああ、「俺」がぐずぐずしてるから……と後悔するが、時すでに遅し。
アクィラに心の中で詫びながら、ここまで来てしまったからにはと「俺」は黙秘を決め込むことにした。
そうして望みも無事叶えたところで、ようやくエラの荷物を回収しに行ったのだが……。
しばらくしてデレーの意図に気付いたアクィラが憤怒とも無念ともつかない悲鳴を上げることとなったのは、言うまでもない。
とまあ、そこからも何やかんやあって、結局アクィラだけでなくエラも旅に同行することになり、「俺」たちの道中はいっそう騒がしくなった。
「俺」たちは流れに身を任せ、あるいはいらぬ面倒事に首を突っ込み、大陸中を転々とした。
この珍妙な旅路は予想外の連続だったが、特に意外だったのは誰も死ななかったことか。
まあ何回か死にかけはしたけれど、2年ほど経っても「俺」たちはピンピンしていた。
目まぐるしい日々は案外悪くなく、むしろ……安っぽい言葉だが、楽しかった。
いつしか孤独で空虚だった在りし日のことをほとんど忘れてしまうほど、「俺」はみんなとの時間を満喫するようになっていたと思う。
そんな毎日の外で、国同士の情勢もかなり変わっていった。
全部で8つあった国は、同盟による合併やら争いの末の併合やらで4つにまで減り、各国の戦闘はさらに激化した。
なんで国が減ってるのに争いが酷くなるのか、「俺」には到底理解できない。
さっさとやめたらいいのに、と常々思うのだが――まあ、そんなことはどうだっていい。
月日が流れるにつれ、「俺」たちも色々変化した。
デレーとアクィラは、打ち解けたのかある程度は認め合えたのか、喧嘩友だちのようになった。
ヒトギラは、「俺」になら触れるようになったし、他のみんなにも近付くくらいは許すようになった。
トキは、やれやれと苦言を呈しながらも、「俺」たちをよく気遣ってくれるようになった。
フワリとエラは、相変わらずマイペースだがそれでも少し、こちらに歩み寄ってくれるようになった。
そして「俺」も、みんな曰く以前にも増して明るくなったらしい。
自分では、主にデレーに教えてもらって読み書きができるようなったことくらいしか思い当たらないけど、みんなが言うのならそうなんだろう。
ともあれ、この輝きに満ちた2年間はあっと言う間に過ぎて行った。
――過ぎて、行ってしまったのである。




