精霊の望み
そこからはもう、大乱闘と言って差し支えなかった。
デレーの売った喧嘩をアクィラが買い、正直どっちもどっちな言い合いが勃発。
ギリギリ手は出なかったものの、口論は熾烈を極めた。
しかもエラが悪意無く2人の神経を逆なでする発言をしたり、ヒトギラやトキが余計な一言を投げ入れたりするので、鎮火どころか怒りと意地は各方向に向かって燃えに燃え続ける。
フワリはいつの間にか隅の方で木彫りに勤しんでいるわ、誰も「俺」の制止を聞かない、というか割り込む隙が無いわでもう収拾の付けようもなく……。
結局、この喧嘩は両者の体力切れにより終結した。
「まあ、今日のところはこの辺りにしておいて差し上げますわ」
「ふん、それはこっちの台詞よ。命拾いしたわね」
2人とも依然として強気だが、声はがさがさである。
こんなくだらないことで喉を傷めないでほしい。
「まったくもう、こんなに可愛くない人間はエラ以来よ!」
「そっ、そうだ! エラといえばさ、その、そろそろ事情を聞きたいなーとか!」
チャンス到来、「俺」はすかさず話題を元に戻す。
「ああ、そうそう。そうだったわね」
アクィラはパッと笑顔になり、「ごめんなさいね、忘れてたわ」と軽く詫びた。
「お姉さんとそこの迷惑散布機は昔からの付き合いなの。まあ腐れ縁っていうか、エラが勝手に押しかけてくるだけなんだけど」
溜め息混じりに彼女は言う。
想像に難くない関係性だ。
「それで……いつだったかしら。100……300年? くらい前に、エラがいつものごとく急にやって来たの。荷物をどっさり持ってね。で、その荷物をここに隠しておいてくれって言って、勝手にその辺に埋めてっちゃったのよ」
「うむ、確かそうであったな!」
ほとんど苦情を言うように語るアクィラに、エラは朗らかな笑みで返した。
「わしはその時、旧王都の一件で囚われる直前での。研究資料やら開発した魔法道具やらを、奴らに奪われる前に隠したというわけじゃ」
「なるほど。それで、いざ来てみたらどこに埋めたかわからなくなっていたと?」
「その通り! いやはや、困ったのう!」
「はあ……。別にもったいぶる内容でもなかったじゃないですか。大変ですね、アクィラさんも」
トキが同情の言葉を零す。
途端にアクィラが目を輝かせ、彼に飛びついた。
「まあ! わかってくれるのね!」
頭をがっちり固定される形になり、トキが「ぐえっ」と苦しげな声を出す。
が、アクィラはお構いなしに、ぎゅうぎゅうと彼を抱きしめた。
「お姉さん嬉しいわ。それに、ああなんて可愛いのかしら! やっぱり人間は嫌いになれないわ。こんなに可愛い生き物、他にいないもの」
「ちょっ、ちょっと……放してください、毒盛りますよ」
「うふふ、ごめんなさい。あんまりにも可愛いものだから、つい」
そう言うと、ようやく彼女はトキを解放した。
口では謝罪しているが、全く悪びれていない。
「また頭のおかしい奴が増えたな……」
横でヒトギラがげんなりとした声を漏らす。
言い方はアレだが、「俺」も概ね同意である。
「はっはっは。アクィラには人間を愛玩する癖があっての。昔は気に入った人間を死ぬまで林に閉じ込めたり……なんてこともしていたのじゃよ」
「んもう、昔のことを掘り返さないでちょうだい。今はもうしないわよ、そんな子どもじみたこと」
「悪いこと」ではなく「子どもじみたこと」と認識しているあたりが恐ろしい。
エラもそんな凶行が起こされていたなら、止めてほしかったものである。
「ええと、何の話だったかしら……。ああ、エラの荷物についてだったわね。それで? 結局どうするのよエラ。これ以上、林を荒らすのはやめてほしいんだけど」
「うーむ、そうじゃのう」
エラは首を捻る。
解決策が思い浮かばないのだろうか。
「アクィラよ」
「何?」
「おぬしの望みは何じゃ?」
びし、とアクィラの笑顔が引きつる。
「……どうしたのよ、藪から棒に。そんなことより、今は貴女の荷物を探さなきゃでしょ?」
平常心を装ってはいるが、何やら焦っている様子だ。
いったいどうしたのだろう。
いや、エラが何かを察したらしいことは伝わってくるが、その「何か」がわからない。
「俺」はひとまず黙したまま、2人を交互に見た。
「それはそうじゃがの、ここまで来たらもう直接聞いた方が早かろうて」
アクィラの目が泳ぎ出す。
「き、聞くって、誰に?」
「む? おぬし以外におらぬじゃろ?」
あ、と。
その瞬間、「俺」含めてたぶんその場の全員が察した。
「アクィラさん。あなた、隠してある場所をご存知なのですわね?」
「…………」
黙秘。
しかしそれは肯定に他ならない。
「どういうことですの? 妨害あるいは敵対の意志があるならば容赦はしなくってよ」
「ち、違うわ! そんなことはこれっぽっちも考えてないわ、本当よ!」
慌てて反論するアクィラ。
ならばどういうつもりなのだろう。
「推測するに、『荷物を探すのを手伝う代わりに』と、何かを要求したかったのであろう。そのために、隠し場所を変えたというわけじゃろ?」
「う……。そ、そうよ。わざと違う場所に移動させて、貴女が取りに来るのを待ってたのよ」
エラに図星を指されたらしく、彼女は渋々己の行いを認めた。
「だって貴女、いーっつも私の話なんか聞きやしないんだもの。気まぐれに来て、好き勝手やって、気まぐれに帰って……たまには手玉にとって、ついでに『取引』って体でいいように使ってやりたかったのよ。かと思ったら百年単位で来なくなるし!」
頬を膨らませ、拗ねたようにアクィラは言う。
「いい歳して子どもみた――」
「俺」はまた余計なことを言いかけたデレーの口を塞ぎ、引き続き彼女の様子を静観する。
「ま、バレたからには仕方ないわ。貴女と争って勝てるわけないし、どこに移動させたか教えてあげる」
「待て待て、そう焦るでない。まずわしの質問に答えとくれ」
特に怒ったふうでもなく、相変わらずの調子のエラに、アクィラは胡乱げな目を向けた。
「質問?」
「おぬしの望みは何か、と尋ねたじゃろう」
「どうして聞く必要があるの? もう全部、白状するって言ってるんだから……」
「む、察しが悪いのう。この天才に叶えられぬことなど無いのじゃから、せっかくじゃし『取引』に応じてやろうというのじゃ」
またもや沈黙。
今度はどうやら、言葉に詰まっているみたいだ。
言葉だけ見れば失敗を嘲笑しているようだが、エラはただただ純粋な上から目線と謎の思考回路で言っているだけ。
そのため怒るに怒れない、というか反応に困っているのだろう。
もし同じ状況になったら、「俺」も困ると思う。
やがて悔しそうな表情で、アクィラは口を開いた。
「もう、本っ当に貴女って意味がわからないわ。お姉さんが馬鹿みたいじゃない」
「まあわしに勝る知能を持つ者はおらぬからな」
「またそんなこと言って……。いいわ、だったらお姉さんの望み、叶えてみなさい」
「うむ。して、その内容は?」
アクィラは不敵に笑い、軽く息を吸ってから台詞を放つ。
「お姉さんの――契約相手を連れて来てちょうだい!」




