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混沌

「えっ……じ、自力で出られたの!?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。


「む? もちろんじゃが」


 瓦礫と化した柱を悠々とまたぎ、エラは答えた。


「じゃあさっきまでの話は何だったんだ」


 ヒトギラが訝しげな視線を投げる。


 それもそうだ、てっきり拘束されたままだからこの場所に留まり続けざるを得ない、みたいなことだと思っていたのに。


 自分の意思で出られるなら、どうしてずっとそうしていたんだという話だ。


「勘違いするでない。この封印魔法の解き方を編み出したのはごく最近じゃ。そうそう、確か前回フワリが来た日の直後だったかの」


「とすると、2年前ですか。それでも、どうして出て来なかったんです?」


「なに、せっかくじゃから、フワリにわしのカッコいいところを見せてやろうと思うてな。次にフワリが来たら……と考えておったのじゃ」


「そうだったんだ。あ、カッコよかったよ、エラ」


 フワリが無表情のままぱちぱちと拍手をする。

 本心なのかおちょくっているのかどっちなんだ。


「ふふん、そうじゃろそうじゃろ。数百年前の天才の復活シーンとして、申し分ない演出じゃったな!」


「言うほどでもありませんでしたわよ」


「よし! では行くとするかの!」


 都合の悪いことは聞こえない仕様になっているのか、エラはデレーの辛口評価を完全にスルーし、意気揚々と宣言した。


「っていうか待って、俺たちの話聞いてたよね? ヨツにもイファにもいられないから、安全な場所……ここに案内してもらったんだって。それに君がここから出たことが知れたら……。第一、何をしに行くのさ」


「はっはっは、そう慌てるでない。なに、フワリを助けてくれた礼に、わしもおぬしらの逃亡生活を手助けしてやろうと思うてな」


 エラは何やら床を見ながらぐるぐると歩き回り始める。


「まあ案ずるな、人に見つからぬような方法で移動するでの」


 やがてある地点で立ち止まると、手をすいと動かして床の一部を爆散させた。

 そうして空いた穴の中から、彼女は何かを取り出す。


「……木箱、ですか?」


「うむ。じゃがただの木箱ではないぞ。聞いて驚くが良い、これはわしが開発したワープ魔法発動装置じゃ! 魔力を込めるだけで誰でもワープ魔法が仕えるという優れものぞ!」


 エラは手に持った小さな箱を「俺」たちに見せびらかした。


 確かにそれは凄い。

 凄いのだが、本当にそんな代物があるのかという現実味の無さやら、木箱が地味すぎてそれらしく見えないやらで、いまいち驚きが湧いてこない。


「百聞は一見に如かずじゃ。ほれ」


 と、エラが言った次の瞬間。


 周囲の景色がガラっと変わった。

 具体的に言うと、城の中から、どこかの林の中に。


 急な変化に頭が追い付かず、「俺」は反射的に辺りを見回す。


 赤黒い空、立ち並ぶ木々、生い茂る草。

 近くには澄んだ泉がひとつ。


 2、3歩ほど歩いてみる。

 さくさくと草を踏んだ時の感触が、確かにそこにあった。


 幻覚の類ではなさそうだ、とようやく納得する。


「どうじゃ? 褒め称えても良いのじゃぞ?」


「すごいね」


 またもやフワリが拍手をし、エラは得意げに笑った。

 彼が甘やかすからこうも調子に乗るのでは……と思わないでもない。


「それで、ここはどこ?」


 限りなく、それこそデレーたちさえ置いてけぼりにするくらいマイペースな彼女に、「俺」は負けじと話を切り出す。

 多少強引にでも行かないと、最初に話を聞いた時みたいに脱線しまくってしまう。


「イファ国の南の方にある林じゃな」


「何をしに来たの?」


「前もって隠しておいたあれこれを回収するのじゃよ」


 エラはすぐ近くにある木の根元を、魔法を使って掘り始めた。

 今度はやや慎重に、とは言えやはり客観的に見れば乱雑に。


「む? ここではなかったか」


 どうやら場所を間違えたらしい。


 足が半分入るくらいまで掘ったところで手を止め、別の木の根元に移る。

 かと思えばそこも違ったようで、また他のところへ。


 ……というのを繰り返し、気付けば辺りは穴だらけになっていた。


「むむむ、おかしいのう。もしや誰かに……」


「ちょっと」


 不意に不機嫌な声が飛んでくる。


 女性の声だ。

 けれどデレーのものではない。

 無論、エラなわけもなく。


 もしかして誰か来たのか、と視線を巡らせるも、「俺」たち以外に人影は見当たらない。


「誰ですの? 姿をお見せくださいまし」


 デレーが斧に手をかけつつ、声の主に向かって言う。


「あら、失礼。そうね、まずは顔を合わせなくちゃ」


 すると意外にも彼女(推定)は快い返事をした。


 直後、ぱしゃんと水の跳ねる音。

 振り返ると、泉の水面が不自然に波打ち出していた。


 「俺」は何事かと身構え、その様子を見守る。


 波は次第に大きくなり、中心の水が盛り上がって、何か――人のような形をつくっていった。


「こんにちは、それから初めまして」


 穏やかな声と共に、ざあっと一陣の風が林を駆け抜ける。


「お姉さんはアクィラ。この泉に住む精霊よ」


 水が弾け、代わりに1人の女性がそこに姿を現した。


 その一人称に違わず、大人びた……いや、いっそ人間離れすらした雰囲気の女性。

 彼女はゆっくりと泉から上がり、こちらに微笑みかけた。


「精霊ってまだ生き残ってたんですね」


 トキが少々驚いたように呟く。


「うふふ、そうよ。びっくりしたかしら? お姉さんたちはドラゴンと違って、身を隠しやすいもの。そう簡単には滅びないわ」


 アクィラは口元に手を当て、くすくすと上品に笑った。

 精霊は初めて目にするが、少なくとも彼女は人間に対して友好的らしい。


「久しいのう、アクィラ。息災じゃったか?」


「……息災だったわよ。さっきまではね!」


 ところがエラに話しかけられた途端に態度が一変、ぎろりと彼女を睨みつける。


「貴女が姿を消してから、本当に静かな日々を過ごしてたのよ。ああもう、なのに何してくれてるの!」


「なるほど、寂しい思いをしておったのじゃな。じゃが仕方あるまい、この地に人間が寄り付かぬようにせねばおぬしは……」


「相っ変わらず人の話を聞かないのね、この年齢詐称女!」


「心外じゃのう。わしはいつでも正真正銘、若いのじゃぞ?」


「肉体は、でしょう。まったく、貴女みたいな人間、この世に2人といないわよ」


 やんややんやと言い合い、というよりアクィラが一方的に怒り、苦言を呈し続ける。

 エラの傍若無人っぷりに振り回されるのは、人間でも精霊でも同じようだった。


「落ち着いてくださいまし。私たち、何の話なのかさっぱりわかりませんわ。エラさんは結局、何を探していらしたのでして?」


 混沌とし出した場に、デレーが一石を投じる。

 よかった、これでひとまず喧嘩(?)は収まりそうだ。


 と、思いきや。


「それからアクィラさん。あなたフウツさんに色目を使っておりますわね? 先ほどからちらちらと……私の目は誤魔化せませんわよ。精霊だか何だか知りませんけれど、あまり調子に乗り続けるならその泉を埋め立てて差し上げてもよろしくってよ」


 投じられたのは、石ではなく新たな火種だった。


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