自らに由り
「お待たせ!」
ヒトギラと共に窓の前まで上がって来た「俺」は、やや前のめりに塔の中を覗いた。
すると青年が剣を持ったまま椅子に座っているのが見え、よかったまだ無事だと胸を撫でおろす。
「お帰り。その人は友だち?」
青年は問うた。
「うん、そうだよ。俺の仲間」
「そっか」
会話が途切れる。
横でヒトギラが急かすような視線を送ってくるし、実際、青年がいつ自死を実行してもおかしくないので、「俺」はすぐさま話を切り出した。
「ねえ。君、もしここから出られるなら、どんな方法を使っても構わないと思う? えっと、具体的には……この塔をちょこっと壊したり、君の両親とか国に背く形になったりする方法」
「……それは、つまり」
青年はむき出しのままだった剣を鞘にしまい、言う。
「『なんとかできる』っていうこと?」
先ほど――いったん塔を離れる直前に「俺」が口にした言葉を使い、彼は尋ねた。
「俺」は頷く。
「この格子を壊して、君を外に連れ出す。……って言っても、やるのは俺じゃないけど。どうかな」
「…………」
青年は「俺」とヒトギラの顔を交互に見、椅子から静かに立ち上がった。
それから手の中の剣に視線を落として、少々沈黙する。
顔を上げると格子の間から剣を「俺」に返し、こちらを見て笑った。
「ありがとう。なら、助けてくれるかな」
「わかった」
「俺」はそれをしかと受け取る。
剣を自分の腰に収め、その重みに安堵した。
「じゃあヒトギラ、お願い」
「ああ」
体には触れないよう注意しつつ、彼と立ち位置を入れ替える。
「おいお前、怪我したくなかったら離れてろ」
忠告に素直に従い、青年は窓から距離を取った。
それを確認してから、ヒトギラは格子の左上の付け根に手を添える。
ここからどうするんだろう、と「俺」が思った次の瞬間、鈍い破壊音と共にその部分の壁が砕けた。
どうやら、格子を根本から引っぺがすつもりらしい。
彼は同じ要領で手早く他の3か所も破壊し、完全に格子を取り外してしまった。
「出ろ」
存在意義を失くしたそれを塔の中に投げ込み、ヒトギラはぶっきらぼうに言う。
「へえ、凄いね。やっぱり魔法は便利だなあ」
呑気に感想を述べながら青年は「俺」の手をとり、窓を乗り越えて外に出た。
「……良い夜空だ」
彼はぽつりと呟き、顔を綻ばせる。
「俺」たちが下に降りると、またもやちょうどデレーたちが戻って来ていた。
「お帰りなさいませ。上手く行ったようですわね」
「うん。そっちは?」
「門番が破壊音に気付いちゃったので、やむなく毒をお見舞いしてきました」
清々しいまでの笑顔でトキは言い放つ。
楽しそうで何よりである。
「それじゃ、とりあえずここから離れよう」
領主の屋敷にいる兵が門番だけなわけがない。
壁を壊した時の音はそれなりに大きかったし、早急に現場を去るのが吉だ。
「俺」たちはそそくさと街の方へ移動し始める。
ほどなくして青年が自分に道案内を任せてくれと申し出てきたのでそれに甘え、彼を先頭に暗がりの中を行った。
やがて怪しげな建物の立ち並ぶ通りにやって来た「俺」たちは、その路地裏に身を潜めてひと息つく。
「ここなら大丈夫、少なくとも朝まで兵は来ないよ」
「そうなの?」
「外道商売の人たちが住んでるから、あんまり迂闊に踏み込めないんだ」
事もなげに説明する青年。
あちこち駆け回っていたというので国内の事情には疎いのかと思っていたが、案外そうでもないようだ。
「ところでキミたちって何者? 盗賊ではないよね? あとそっちの彼女、なんか見たことある気がするんだけど会ったことある?」
「俺」たちが止めないのを良いことに、青年はマイペースに次々と質問を飛ばす。
「私たちは旅人ですわ。私はあなたと会った覚えはありませんが……どこかで顔を合わせたことくらいはあるかもしれませんわね。私、ヨツ国領主の娘ですので」
「ああ、なるほど。キミも出奔して来たクチ?」
「ええ」
青年は手を打った。
一応、ヨツ国とミサン国はつい最近まで戦争状態にあったわけだが、そんなことは微塵も感じさせないくらい2人ともあっさりしている。
「とすると、キミたちはこの先もずっと旅を続けるわけだ」
「行く当てが無いからね」
「そのためにはひとまず、この国から逃げなきゃいけない」
「うん」
「じゃあちょっと提案があるんだけど」
青年の目がきょろりと動く。
「ボクと取引しない?」
「取引?」
「俺」はそのまま聞き返した。
「キミたちにすごーく耳よりな情報を提供してあげるから、代わりにボクをキミたちの旅に同行させてほしいんだ」
「え」
「理由? 理由はキミたちといたら面白いものが見られそうだから。あと恩返し。ボクといるとたぶん良いことあるよ。まあ勘だけど。いざという時に守るくらいはしてあげられる」
返答に迷っている間に、彼は矢継ぎ早に言う。
「というわけで――」
「待って早い!」
「ん」
「俺」がなんとか口を挟むと彼はやっと止まった。
「駄目?」
「いや、駄目……」
デレーたちの方を見る。
トキ以外の2人は渋い顔をしていたが、少し間を置いて「構いませんわ」「構わない」と首を縦に振った。
めちゃくちゃ小さい声だった。
「駄目じゃ、ない。よ」
「そう。ならこれからよろしく」
「でも、本当にいいの? 控えめに言っても安全ではないし、いつ野垂れ死にするかわかんないよ?」
「それが良いんだ」
青年は「俺」の手を強引に掴み、ぶんぶんと握手をする。
「あっ! ちょっと困りますわよそういう馴れ馴れしい態度は! 身の程をわきまえてくださいまし!」
すかさずデレーが間に入って青年の手をはたき落とした。
が、青年はそれも意に介さず、逆に今度はデレーと握手をし出す。
「くっ……! なかなかの強者ですわね! ですが、決して勝ちは譲りませんことよ!」
「? うん、頑張って」
会話が全く噛み合っていない。
まあ喧嘩にはならなさそうなので良しとする。
「そうだ、名前。フウツくん以外の名前、まだ知らないから教えて」
デレーに手を振り払われた後、思い出したかのように青年は言った。
どこまでも自由な人である。
「それもそうですわね。いかなる戦いも、まずは名乗りるところからですわ」
既に青年を敵と見なしたらしいデレーが、真っ先に口を開く。
「私はデレー=ヤンと申しますわ。いずれフウツさんの心を手に入れる者でしてよ」
「ふうん。黒髪のキミは?」
突っ込みどころに一切反応せず、青年はヒトギラに視線を移した。
しかしヒトギラは答えない。
「…………」
「おーい」
「近付くな死ね」
「チカヅクナシネくん?」
「おいフウツ、やっぱりこいつ塔に戻すぞ」
「はいはい、落ち着いて落ち着いてー」
青筋を浮かべるヒトギラを、トキが制止する。
彼は軽く手を叩き、険悪になりかけた空気を晴らした。
「どうも、僕はトキと言います。か弱い子どもなので存分に可愛がってくださいね。それで、あなたの名前は?」
「ボクはフィンドール・ワルキュラック・リリスティカ。でも長いから……うーん、そうだな……」
彼はしばし考え込み、それからパッと顔を上げて言った。
「フワリ、でいいよ」




