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籠の中

 「俺」を乗せた風は徐々に高度を上げていき、壁の高さを越えたあたりで前にも動き始める。

 上の方に小さく見えていた件の窓に段々近付いて、ついにその目の前までやってきた。


 水はやはりここから意図的に流されていたようで、窓の縁も下に続く壁と同じく濡れて光っていた。


 小さいながらもよく見ると装飾が施されている窓には、鉄格子がはめられている。

 落ちないよう気を付けながら、「俺」は塔の中を覗き込んだ。


「やあ」


「うわっ!?」


 少し前に乗り出すと同時に、にょきりと誰かが顔を見せる。

 「俺」は驚いて危うくバランスを崩しそうになったところを、咄嗟に格子を掴んで耐えた。


「キミは誰?」


 窓の向こうからそう問いかけるのは、1人の青年。


 見た感じ、ヒトギラと同じくらいの歳だろうか。

 彼はいきなり現れた「俺」に臆することなく、ただ真っ直ぐな視線を送ってくる。


「俺は道端に落ちてた詩を見てここに来たんだ。ほら、ナイフを持ってきてくれ、とか書いてあるやつ。誰かが助けを求めてるんじゃないかって思って」


「それは知ってる」


「えっ」


「ボクはキミの名前を聞きたいんだ」


「あ、ああ。ええと、俺はフウツだよ」


「そう」


 彼は名乗り返すことなく、にこりと笑った。

 いまいち、どこに向けているのかわからない表情だ。


「ナイフ、あるんだよね? 貸してくれる?」


「うん……って言っても、剣だけど」


「刃物だったら何でもいいよ。こっちに渡して」


 青年の言う通り、「俺」は腰から外した剣を格子の隙間から差し込んだ。

 彼は「ありがとう」と言ってそれを受け取る。


 それからぎこちない動きで鞘から剣を抜き、くるりと回して自分の首に刃を当てた。


「ちょ、ちょっと!?」


 予想外の行動に「俺」は驚きの声を上げる。


「どうしたの」


「いや、え、刃物が欲しいってそういう……?」


「うん」


 何でもないような顔で、彼は頷いた。


「剣が汚れるの、嫌?」


「い、嫌ではないけど……」


 死ぬのは駄目だよ、と口走ろうとして、やめた。

 そんな無責任なことは言えない。


 しかし「俺」のなけなしの人情は、彼を見殺しにするなと叫んでくる。


 あー、とか、んー、とか意味の無い音で場を繋いだ後、「俺」はなんとか言葉を捻り出した。


「その、君は……どうしてここに閉じ込められてるの?」


「跡継ぎだから」


 青年は淀みなく答える。


「兄さんたちがみんな戦いとか、病気とかで死んで、もう他に兄弟がいないから、ボクに死なれると困るんだってさ」


 言いながら、彼は剣を下ろした。

 視線はこちらに向いている。


 というかこの人、領主の息子だったのか。


 屋敷の傍の塔にいるのだからそれなりに近しい間柄の者だろうとは思っていたが、これは予想外だ。


「でも、監禁はやりすぎじゃない? 死なせたくないなら、戦場に出さなきゃいいだけだしさ」


「いや……あの人たちの判断は間違ってないよ」


 あの人たち、とは両親のことを指すのだろう。

 青年は少し顔を曇らせ、背後に目をやった。


 つられて「俺」も彼の後ろを見る。

 そこには大量の筆、紙、ノミ、そのほか画材らしき道具の数々が、部屋を埋め尽くさんばかりに置かれていた。


「ボクは何かを創っていないと生きていけない動物なんだ。けど何かを創るためには、刺激を取り込まなくちゃいけない。だから、ボクはどこへでも行った」


 彼は暗がりの中で横たわるそれらを見つめながら、ぽつぽつと語り出す。


「山にも、林にも、街にも、村にも、戦場にも行った。昔はまだ、誰もボクを止めなかった。兄さんたちがいたからね」


 跡継ぎの心配をしなくていい間は、彼のことを気にかけなかったということだろうか。

 「俺」はちょっと顔をしかめた。


「まあ、2年前に兄さんたちが死んで今に至るわけだけどさ。……あの人たちは、こうでもしないとボクが脱走してどこかで死んじゃうかもって思ってる。さっきも言ったけどそれは間違いじゃないし、正しい判断だ。でもボクはもう限界なんだよ」


 よく見ると、部屋の画材たちはどれもロクに使われていないようだ。


 筆は数の割に綺麗だし、転がされている木材も傷らしい傷が無い。

 散らばった紙はどれも乱雑に線が描かれているだけだった。


「2年前から一歩も外に出ていない。毎日毎日この塔の中で全てが完結させられる。世界が曇って見えるんだ。何も描けない。何も創れない。このままじゃ頭がおかしくなる」


 抑揚の少ない声で紡がれる言葉は、しかし悲痛に満ちていた。

 「俺」は静かに口を開く。


「……だから、死のうって?」


「うん。文字通り、死んだ方がマシってこと」


 話はだいたいわかった。


 青年は芸術家で、作品創りは呼吸同然で、刺激を得るために自由にあちこちを駆け回りたい。

 一方、イファ国の領主夫妻である彼の両親は、跡継ぎを失わないために彼を強引にでも繋ぎ止めておきたい。


 それで、彼は監禁生活に耐えられず、詩にみせかけた暗号で外部の者に刃物を持って来させて自害することにした……。


「じゃあね。暗号に気付いて、ここまで来てくれてありがとう」


「ま、待って!」


 「俺」は青年を制止する。


 ひとつだけ。

 彼の自死を止め、かつこの状況を打破する方法が、「俺」の頭の中にひとつだけ浮かんでいた。


 しかしそれを実行するには、デレーたちに相談してさらなる協力を仰がなければならない。


「ちょっとだけ待ってて。なんとかできるかもしれないから」


 きょとんとする彼に、「俺」は繰り返し言葉を連ねる。


「すぐ戻るから! まだ死なないで、待っててね!」


 「俺」は格子から手を離し、壁の外にいるヒトギラに手を振って合図をした。

 数秒して、「俺」を支える風がゆっくりと動き出す。


「用は済んだか?」


 やがて地面に下ろされるや否や、ヒトギラが尋ねてきた。


「ごめん、まだ。デレーたちは正面の方にいるよね?」


「ここにおりますわ」


 背後から声がかかる。

 「俺」が戻ってくるのを見ていたのか予期していたのか、デレーはトキと共に帰って来ていた。


 非常に良いタイミングだ。


「実は、みんなにお願いがあって」


 「俺」は3人に向かって頭を下げ、続ける。


「あの塔にいる人……イファ国の領主の息子なんだけど。彼を連れ出すのに協力してほしいんだ」


 沈黙。


 そして、デレーの柔らかな声がそれを破った。


「頭を上げてくださいまし、フウツさん。このデレー、あなたの願いとあらば必ず叶えて差し上げましてよ」


 他の2人も彼女に続く。


「僕も別に構いませんよ。殺しやってるくせに誘拐を躊躇う理由なんてありませんし」


「まったく。仕方がないな、お前という奴は。いいだろう、手伝ってやる」


「みんな……ありがとう!」


 思わず目頭が熱くなる。

 なんて心強い言葉だろう。


 説得のためには青年の境遇を勝手に話すことも辞さないつもりだったが、その必要は無かったようだ。


「と、いうわけで。いってらっしゃいましヒトギラさん!」


「仕切るな死ね。……まあ、俺が適任なのは違いない。行くぞフウツ」


「うん!」


「じゃ、僕らは引き続き見張ってますねー」


 デレーたちに見送られ、「俺」はヒトギラと共に再び塔の最上階を目指す。

 見上げると、塔の外壁を流れ落ち月明かりを反射していた水は、いつの間にやら乾いていた。


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