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脆く儚く

 それから「俺」たちは、ミサン国内で放浪生活を始めた。


 進行方向は概ね北だ。

 とりあえず神徒を殺したあの町には近付かないようにだけ気を付けて、町から町へと渡り歩いた。


 半日から2日ほどかけて移動、着いた場所で5日ほど滞在してまた移動する。

 場合によっては途中の村で休ませてもらいながら……といった具合だ。


 ありがたいことに、どの町、あるいは街の人々も大抵「俺」たちに好意的に接してくれた。


 平凡な格好の「俺」とヒトギラ、それと対照的に上等な服のデレー、さらに幼い少年であるトキ。

 このちぐはぐな様子が、人々の目には「ワケあり」のように映ったのだろう。


 もとより旅人を歓迎するのが常であるらしかったが、おそらくはそういう理由から、「俺」たちはそこそこに手厚い施しを受けた。


 中には「街にいる間だけ」という条件付きで仕事を与えてくれる人もいた。

 やはり、余裕のある暮らしは余裕のある心を生むのだろう。


 彼らの行動は単に弱者に対する一過性の同情によるものだ。

 しかし、今の「俺」たちにとって助けになることに違いは無かった。


 そんな日々の中で、「俺」たちの中にも少し変化が現れた。


 まずデレーは、恋愛方面の態度が少々柔らかくなった。

 勢いと圧、そして謎の自信はさして変わらないものの、「正妻」などと発言することが無くなったのだ。


 本人曰く、「いずれそうなるとはいえ、今の段階で明言するのは品に欠ける」「フウツさんを困らせてしまってはいけない」だそう。

 どうやら理性が育ってきたらしい。


 ヒトギラは、「俺」に関してのみだが物理的な距離がやや縮まった。

 最初の頃、彼は手を広げても全く当たらないくらいの位置にばかりいたのだけれど、今では一般的なそれと遜色ない距離感でいる。


 これは努力の積み重ねの賜物に他ならず、彼がなんとか「俺」に慣れようと四苦八苦する様は応援せずにはいられないほどだった。

 ちなみにデレーたち含む他の人との距離は相変わらずだ。


 トキはちょっとだけ、敬意……とまでは行かずともそれっぽいものを「俺」たちに向けるようになった。

 尊重、と言った方が正しいだろうか。


 彼はその聡明な頭脳のせいか、出会った当初からとにかく小生意気というか、こちらを少し見下している節があった。

 それが段々、和らいできたのである。

 「対等な存在」として「俺」たちを認め始めているのかもしれない。


 微々たる差かもしれないが、「俺」たちは確実に変わり始めている。


 そしてそれは「俺」も例外ではないようで。

 この前デレーに指摘されて初めて気付いたのだが、「俺」は笑う頻度が高くなった。


 3人の言い争いに思わず笑みをこぼしたあの時に、何かの糸が解けたのだろう。

 ふとした瞬間に頬が緩んでいたり、声にして笑ったりすることが少しだけ増えたのである。


 以前よりは幾分か安定した生活をするようになったから、というのもあるだろうが、一番はきっと3人がいてくれたからだ。


 始まりは成り行きで、ただの道連れに過ぎなかったが、今となっては「仲間」と言って差し支えない。

 そう思えるくらい、「俺」は3人に愛着を抱いていたし、たぶん3人もそれなりに心を許してくれていた。


 裕福でなくとも良い。

 このままいつまでも、みんなで旅をしていられたらと、「俺」は幸せな……そう、幸せな日々に浸りながら、漠然と考えていた。


 しかし、現実は相変わらず冷酷だ。

 この世界において、長持ちする平穏などありはしない。


 ――「それ」はとある街に滞在していた時に起こった。


「南の方からツジ国が攻めて来たらしい」


 夏が過ぎ去った後の肌寒い昼下がりに、そんな噂が舞い込んだ。


 初めはみんな「へえ、そうなんだ」で済ませていた。

 なにせここはミサン国。

 負け知らずの強国だ。


 誰も彼もが、ツジ国も馬鹿なことをするもんだ、と呑気な言葉で流して終えた。


 が。


 数日すると、また噂が立ち始めた。


「村がひとつ占領されたらしい」


 話す人々は少々顔をしかめていたものの、まあ村くらい、とか、たまたまだろ、とか言っていた。

 誰も慌てるべきだとは思わなかったのだろう。


 また数日すると、「村」が「町」に置き換わった噂が流れた。


 人々はまだ笑っていたが、空気が緊張しているのが目に見えてわかった。

 口には出さずとも、嫌な予感がしているのは皆同じだったのだ。


 またまた数日すると、「町」が複数形になり、「街」が含まれるようになり……ひと月経つ頃には、「何々地区」という言葉にまで変化した。


 あれよあれよと悪化する状況、それも経験したことのない劣勢にミサン国は混乱した。


 まさか、そんな、という言葉があちこちで飛び交う。

 明るい空気は跡形も無く消え、ヨツ国と同じ、じめじめとした薄暗い空気がミサン国を侵食していく。


 勝利の知らせは片手が数えられるほどしか届かない。

 敗北はもはや時間の問題だった。


 「俺」たちはというと、実は「村が云々」の噂が流れだしたあたりで逃亡を開始していた。

 これから起こることを予見したデレーの提案である。


 性格に難はあれど、彼女は一国を治める領主の娘だ。

 幼少の頃より受けてきた教育により、その頭にはしかと学が修められている。


 「俺」にはよくわからないがその辺りの知識から、ミサン国に迫る危機を察知したのだとか。


 かくしてミサン国から出ることにした「俺」たちは、次なる進行方向をイファ国方面とした。

 これは単に、「ヨツ国に戻っては本末転倒、南を避けてミサン国からツジ国に行くのはほぼ不可能」とのことを踏まえた消去法である。


「でもイファ国に行くんだったら、ヨツ国か旧王都を横切らないといけないよね。……どっちの方がマシかなあ」


「命が惜しいならヨツ国、捕まりたくないなら旧王都ですね」


 北へ北へと歩きつつ、「俺」たちはイファ国への侵入方法を話し合う。


「イファ国との戦況がどうなっているかにもよりますわ。もし北部一帯が戦場になっていたら、旧王都を通過するしかなくなりますわね」


「いっそ完全に占領されていれば良いんだがな」


「ええ、本当に。ですが少なくとも私がいた頃だと、戦力は互角でしたわ。残念ながら、それは望み薄かと」


 ヨツ国を通るか、旧王都を通るか。

 あれやこれやと可能性を吟味した結果、採用されたのは前者の選択肢だった。


 戦場が広がっていなければそれで良し、もし道が塞がれていても端の方を行こうという計画だ。

 まあ危ない選択ではあるが、旧王都よりは戦場の方がまだ安全だと思われる。


 デレーが連れ戻されるかもしれないという危険に関しては、「その時は兵を全員殺せば良いのですわ」とのこと。

 無論、できれば「その時」は来てほしくないので彼女には変装をしてもらう。


 という具合に話はまとまり、「俺」たちはヨツ国の北端に足を向けることになったのである。


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