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生まれて来て

「おい、なんだそのガキは」


 教会から帰って来た「俺」たちを見て開口一番、ヒトギラは悪態をついた。


「初めまして、僕はトキです。皆さんに同行させてもらうことになりました」


「……どういうことだ」


 ヒトギラは半ば呆れたような目で「俺」たちを見る。

 そりゃそうだ、落とし物を探しに行っただけのはずなのに、その落とし物どころか見ず知らずの子どもまで連れて帰って来たのだから。


「ええと、これには深いワケがあって」


 「俺」は教会であったことを説明する。


 おそらくその光景を想像してしまったのだろう、神徒の不埒な行為を目撃したくだりで彼は物凄く顔をしかめた。

 が、最後まで語り終える頃にはまた呆れ顔に戻っていた。


「お前な……。有毒生物はこの女だけでもう十分だろう。これ以上、厄介事のもとを抱え込んでどうする」


「あらあら? まるでご自分は無毒無害だとでも言いたげですわね。思い上がりも甚だしくってよ、面倒な体質をお持ちのヒトギラさん?」


「いいや、お前たちよりは確実にマシだ」


 またもや言い合いを始めるデレーたちを横目に、トキは悠々と荷物を下ろしてくつろぎだす。


「それで、フウツさんたちはこれからどうするつもりなんです? 確か、ヨツ国には戻れないんでしたよね」


 彼は宿へ戻る道中に「俺」たちから聞いたことを確認するようにそう言った。

 そうだよ、と「俺」は頷く。


「本当はこの町にもうちょっと居てもいいかなって思ってたんだけど……うーん。トキがあの神徒のとこにいたことって、もう誰かに知られてる?」


「今日の早朝に町に到着してあそこを尋ねて、それから『休んでなさい』って言われて夜まで奥の部屋にいたので……あの人が第三者に話をしていなければ、僕たちの関係を知る者はいないでしょうね」


 いるとするなら通りすがりに僕の姿を見た人だけでしょう、と彼は付け加えた。


 なるほど、それなら慌てて町から逃げ出す必要は無いか。

 どちらにせよ、長居をする気にはなれないけれど。


「じゃあ無難に、明日ここを出て次の町に行こうか」


「わかりました。まあ、堂々としていれば特に問題は無いでしょう」


 と、いうわけで。


 ほぼ悪党みたいな会話を経て次なる行動を決定した「俺」たちは、このまま宿で一夜を明かした。


 翌朝、「俺」たちは何食わぬ顔で宿を後にした。


 町は相変わらず穏やかだったが、それも今のうちだけだ。

 じきに教会に人が訪れ、死んでいる神徒を発見し、十中八九大騒ぎになる。


 彼が人々の中でどういう位置にあるのかは、想像に難くない。

 なにせ、表向きは「得体の知れない旅人にも慈悲深く接する、聖職者然とした優しい人」だ。

 まずもって、慕われているだろう。


 町の平和を乱すことを少し申し訳なく思いつつも、「俺」はデレーたちと共に町を出て行った。


「2つほど村を越えた先に、大きめの街があります。さっきの町同様、余所者にも寛容なので、しばらくそこに滞在してみるのも良いかと」


「へえ、そうなんだ。詳しいね」


「つい先日、通って来ましたから」


 涼やかな風の中、「俺」たちは細い道をてくてくと歩く。

 目を凝らしてみると確かに、遠くに建物群らしきものが見えた。


 村、か……。


 「俺」はふと、自分のいた村のことを思い出した。

 と言っても、それは愉快なものじゃない。


 心に染みついているのは、痛みと苦しみと、怨嗟に満ちた泥みたいな記憶。

 唯一、悪くないものだと思えそうな出来事は……屋外に転がされていた「俺」が助かり、家で呑気に寝ていた他の奴らは全員焼け死んだっていうアレくらいだ。


 他人の不幸は喜ぶべきではないが、正直なところ、当時の「俺」は心の底からざまあみろと思った。

 火を放ったイファ国の連中に、感謝すらしたかもしれない。


 でも結局、すぐにその高揚感も冷めて虚しくなった覚えがある。

 大嫌いな村の奴らが不幸になったところで、「俺」が幸福になれるわけではなかったらしい。


「――ツ、フウツ。おい、聞いてるのか」


 「俺」はハッと我に返る。


 どうやら物思いにふけるあまり、ヒトギラの呼びかけを無視してしまっていたようだ。

 いけないいけない、しっかりしないと。


「あ、ごめん。何だった?」


「何だった、じゃない。お前が死人みたいな顔してるから何事かと思ったんだ」


「……俺そんな酷い顔してた?」


「してた」


 仏頂面で首肯するヒトギラ。


「悩み事があるなら言え。今の俺ならこの問題児共を消し炭にするくらい容易いことだ」


「ちょっと! なんで私たちが元凶であること前提なんですの!」


「そーだそーだ、あとか弱い女子どもに手を上げるなんてひどいですよー」


「お前ら『か弱い』の意味を知らないのか?」


 2人から3人になった分、さらに口喧嘩が賑やかになっている。


 最初の頃こそただただ頭の痛い光景だったが、慣れてみると案外、微笑ましいような気がしてきた。

 なんだかんだで未だ暴力沙汰にはなっていないし、これも一種のじゃれあい……かもしれない。


 そんなことを考えながら、「俺」は思わず口元を緩ませる。


「あ! なーに笑ってるんですかフウツさん。ほら、誰の味方をするのかはっきりしてくだいさいよ」


 いたずらっぽい笑みを浮かべてトキが言う。


「そんなこと、お聞きするまでもなくってよ。もちろん、正妻である私に決まっておりますわ!」


「え? デレーさんってフウツさんの許嫁か何かなんですか? 初耳です」


「いいや、ただの妄言だぞ。フウツ、嫌なら嫌と断言した方がいい。お前のためにも、こいつのためにもな」


「嫉妬ですの? これだから余裕の無い泥棒猫は……」


「もしかしなくとも、デレーさんって思ったよりヤバい人ですね?」


 ぽんぽんと交わされる軽口に、「俺」はとうとう声に出して笑い出す。

 他愛のない会話のはずだけれど、どうにも面白く感じられてたまらなかった。


「まあ! 出会ってから今までで一番笑っておられますわ! ああやはり、なんて麗しい……国を挙げて守るべき笑顔ですわ!」


「お前のツボどうなってるんだ……?」


「あはは、いいじゃないですか。死人顔も治りましたし」


 三者三様の反応。

 ほんの数日前までは独りでいたのに、随分と騒がしくなったものだ。


 「生きる」という単純な目的と「どこか」という漠然とした行く先は変わらないけれど、なぜだか今はとても楽しい。

 不明瞭な明日も、その先の未来も、ちっとも怖くないのだ。

 それどころか、何が起こるかわからないのが楽しくさえある。


 ありきたりで、以前なら「呑気なものだ」と吐き捨てていたであろう文言だが……これが、仲間に支えられるということなのだろう。


 これが、「生まれて来て良かったかもしれない」と思えた、おそらく生涯初めての瞬間となった。


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