親切な神徒
次の日、「俺」たちはヒトギラの言っていた、傭兵団の野営地へと向かった。
開けた場所に張られた天幕の中には、剣が3本と、槍と斧が5本、置いてあった。
しかも、どれもほとんど新品の状態で。
彼らは小規模でありながら、かなりの稼ぎを得ていたようだ。
町まで持って行って換金するという手もあったが、さすがにこの量を抱えて山道を歩くのは堪える。
ひとまずデレー用に斧を1本だけ拝借し、あとは放置することにした。
傭兵たちが所持していたお金は全部で金9、銀13、銅10。
どうせ金品はどこかにある本拠地に貯め込んでいるだろうと考えていたため、それは思わぬ収穫だった。
かくしてひと通り物を漁り終えた「俺」たちは、再びミサン国を目指して歩き出した。
「デレー、あとどのくらいかわかる?」
「この峠を越えればすぐ国境ですわ。確か小さな町があったはずでしてよ。教会もあると思いますから、着いたらさっさとヒトギラさんを治療していただきましょう」
お、と「俺」はちょっと驚く。
デレーが「俺」以外の、しかも昨日やや険悪な雰囲気だった相手のことを気遣うとは。
個人的な感情を抜きにして怪我人をいたわるあたり、どうやら彼女も人の子だったらしい。
「いつまでもフウツさんのお荷物でいられては困りますわ。早急に回復して、その身が擦り切れるまでフウツさんに尽くしてくださいまし」
そうでもなかった。
やはりデレーはデレーだ。
「ふん、言われなくても役に立つ。少なくとも、お前よりかはずっとな」
「あら、喧嘩なら買いましてよ?」
「先に売ってきたのはお前だろう」
「俺」はまた言い合いを始めた2人の間に入り、「まあまあ」となだめる。
「俺は2人とも頼りにしてるよ」
念を押すように、「2人とも」の部分を強調して言う。
この旅路は明日終わるかもしれないが、10年続く可能性だって無くはない。
「俺」の心の平穏のためにも、彼女らにはできれば仲良くしていてほしいものだ。
その後も喧嘩が始まりそうになるたびに急いで鎮火すること十数回。
ようやく町に着いた頃には、「俺」の精神的疲労は限界に達しかけていた。
本当に、本当にこの2人は気を抜くとすぐ喧嘩をする。
天気のことを喋っていたと思ったら嫌味の応酬になっているし、足を休めている間だって口はちっとも休めない。
デレーはまだしもヒトギラなんか、あちこち怪我をしているのになんでそんなに元気なんだと問いたくなるほどだ。
なぜか3人の中で「俺」が最も疲れる結果となったわけだが、断じて「俺」の心身が軟弱なわけではない……と思いたい。
「さあ、教会に行くとしましょう。幸い、そう遠くありませんわ」
デレーが指し示す方を見ると、立ち並ぶ家々の奥から教会らしき建物の屋根が覗いていた。
なるほどこれなら探す手間も無くて好都合だと、さっそく「俺」たちはそこへ向かう。
国境付近だというのに、町の雰囲気は今まで訪れて来た場所よりも明るいように感じられた。
おそらく、ミサン国が穏健派の強国であるからだ。
他の国々にとって、ミサン国は針でできた山みたいなものだ。
自分から動くことは滅多に無いが、今まで何度も攻め込もうとした国を返り討ちにしてきた。
ヨツ国も何十年か前に喧嘩を吹っ掛け、負けた挙句に領土の一部を奪われたらしい。
攻め込まれる心配も、無闇な争いで生活が侵される心配も無い。
民衆にとって、ミサン国はこの上なく住みよい国なのだろう。
なんなら「俺」たちも、ここに定住してみてもいいかもしれない。
「ごめんくださいまし」
デレーが教会の古びた扉を押すと、意外にも軋んだ音などはせずにあっさり開いた。
「俺」たちは中に足を踏み入れる。
と、そこには人はほとんどおらず、シンとした空気が肌を撫でた。
ただ1人、初老の男性だけが檀上にある机で何やら作業をしている。
たぶん、この教会の神徒だ。
「ようこそ、歩む者たちよ。我らが主はあなたたちの生を肯定するでしょう」
彼は訪問者の存在に気付くとすぐに筆を置いて立ち上がり、決まり文句を並べた。
「何の御用で……ああ、怪我の治療ですね。今そちらに行きますので、少々お待ちを」
彼はヒトギラが負傷しているのを見て、慌てるでもなく穏やかな笑みを浮かべたままこちらに歩み寄って来る。
「そちらにお掛けください」
神徒はヒトギラを椅子に座らせ、慣れた様子で膝を折って傷の具合を観察し始めた。
「あっ、すみません」
彼がヒトギラの腕に触れようとしたところに、「俺」は待ったをかける。
「えっと……彼、ちょっと人に触れられるのが苦手なんです。できるだけ触らないであげてくれますか」
厳密には違うが、理解してもらいやすいよう、そう省略して伝えた。
神徒の気を害するかもしれないが、ヒトギラは「俺」が手当てしようとした時もあれだけ嫌がっていたのだから、できることなら触らずにいてあげてほしいと思ったのだ。
「わかりました」
ありがたいことに、神徒は嫌な顔ひとつせず、また深く追及してくることも無く頷いた。
さすが神徒。寛容な心を以て人に接することに関してはプロ中のプロである。
彼のこの対応もあってか、ヒトギラは僅かに顔を引きつらせてはいるものの、なんとか我慢しているようだった。
やがて観察を終えた神徒は腰に差していた杖を手に取り、それぞれ傷に回復魔法をかけていく。
傷口はみるみるうちに狭まり、多少の痕を残しはしたが完全に塞がった。
「これでもう大丈夫です。旅のお方かとお見受けしますが、どうかお体は大事になさってくださいね」
「はい、ありがとうございます!」
「感謝いたしますわ、神徒様」
「………………感謝する」
そうして目的を果たした「俺」たちは、神徒に見送られて教会を後にする。
教会の扉をくぐって外に出ると、また空気が活気のあるものに戻り、「俺」は小さく溜め息をついた。
心なしか日差しが強い。
さてこれからどうするかと話し合ったところ、せっかくなので今夜はこの町の宿に泊まろうということになった。
3人ともあまり気の休まらない日が続いていたため、食料調達等も兼ねつつ、この平和な町で心身を休めようというわけだ。
かくして町を巡り出したのだけれど、これがびっくりするくらい全てをつつがなく終えられた。
食料を買ったり、「俺」の持っている余分な剣を売ったりと色々やったのだが、総じて特筆すべきことが何も無かったのだ。
平凡にして平和、という言葉に尽きる。
大陸中がこんな感じだったらどんなにいいか、と「俺」は思わずにいられなかった。
さて、それから予定通り宿もとれた「俺」たちだったが、ここで初めて問題が出て来た。
と言っても大したものではない。
デレーが落し物をしたというのだ。
「何を落としたの?」
鞄の中を念入りに探る彼女に、「俺」は尋ねる。
「このくらいの、小さな袋ですわ。中にフウツさんの髪が入っているんですの」
「……そっか! 落とした場所の心当たりはある?」
詳しく聞くのは怖いので、何事もなかったかのように話を続ける。
ヒトギラが汚物を見るような視線をデレーに向けているけど、これもスルーしておく。
「ううん、町に入った直後はありましたから……教会から順に見ていくしかありませんわね。申し訳ございません、少し探しに行ってきますわ」
「俺もついて行くよ。女の子1人じゃ危ないかもしれないし」
それが何であるかはさておき、デレーにとっては大切な持ち物だ。
宿で待っているというヒトギラに荷物番を任せ、「俺」たちは既に暗くなった町へと繰り出すのであった。




