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「ともかく、俺に構うな」


 青年は踵を返して去ろうとする。

 どうあっても「俺」たちから距離をとりたいようだ。


「じゃ、じゃあこれだけでも――」


 せめて止血用の布を持って行ってもらおう、と「俺」が1歩踏み出した瞬間。


「いたぞ! こっちだ!」


 崖の上から声が降って来た。


 続いて、慌ただしく草を踏み分ける音。

 何だ何だと困惑しているうちに、わらわらと武装した人間たちが左右から現れ「俺」たちを取り囲んだ。


「! もしかして、デレーを探しに来た……?」


「いいえ、それは違いますわ。ヨツ国の兵とは装いが異なりますもの」


「そうなの? なら野盗……いや、にしては装備がしっかりしてるし、傭兵かな。それとも他国の?」


 相手の正体も目的も読めずにいると、1人の男がこちらへ近寄って来た。


 「俺」たちは剣を抜き、警戒する。

 彼らが何であれ、敵である可能性の方が高い。


「おや、愛らしいお嬢さんに少年。君たちは誰かな? 通りすがりかい?」


「止まって。それ以上近付いたら敵とみなすよ」


 へらへらと薄っぺらい笑みを浮かべながら話しかけてくる男を牽制する。


「おっと! そう怖い顔をしないでくれ。君たちをどうこうしようってわけじゃないんだ」


「じゃあなんでこんなことしてるの?」


「そっちのお兄さんを逃がさないためだよ」


 男が指したのは、手負いの青年。

 謎の集団にばかり気を取られていたが、そうか包囲が早すぎて立ち去り損ねたのか。


 青年は憎悪の籠った目で男を睨みつけている。

 初対面ではないらしい。


「いやあ、無事で良かった。うっかり見失った時は本当に肝が冷えたよ」


「死ね薄汚い蠅共が」


「まったく、まだ駄々をこねるのかい。怪我をさせたことなら謝るし、治療だってちゃんとしてあげるから、そろそろ要求を呑んでくれたっていいだろう」


「黙れ。言葉もわからないゴミに話すことなど無い」


 青年の方は見ての通りだが、男の方も笑顔の下に苛立ちが見え隠れしている。


 穏やかじゃない空気に、「俺」はどうしたものかと内心溜め息をついた。


「そうそう、だから君たちは帰っていいよ。さ、これを持ってここを離れるといい」


 男は金貨を1枚、投げて寄越した。


「…………」


 「俺」は男と青年とを順に見る。

 それから、受け取った金貨を投げ返した。


「口止め料はいらないよ」


「そうかい? 物分かりが良いね」


「うん。君たちはあの人を捕まえたいんだよね?」


「ああ、その通りだよ」


 男に背を向け、「俺」は青年に歩み寄る。


 囲まれている以上、後ずさることもできずに身を固くする青年の前で立ち止まり、もう一度男の方を向いた。


「じゃあ、帰るのは君たちの方だ」


 剣を真っ直ぐに構えて敵対心を露わにする。

 お前たちに与する気は無い、と。


「……んー?」


 僅かに笑顔を引きつらせ、男は頭をかいた。


「君、自分が何をしているのかわかってるのかい? わざわざ得を捨てて損を取るなんて、いったい何を考えてるんだ?」


「薄汚い蠅を追い払いたいんだよ」


 余裕ぶった表情でそう言い放てば、とうとう男の顔から笑みが消える。

 ちらりとデレーを見やると、にこりと淑やかな微笑みを返された。


「なるほどなるほど。よーくわかった。……やれ!」


 男の合図で、周りの手下たちが一斉に襲いかかってくる。


 敵はリーダーらしき男含め10人。


 「俺」は真っ先に斬りかかって来た奴を躱し、返す剣で一閃、目を潰す。

 怯んだ隙に相手の剣を叩き落として喉を掻き切った。


 まずは1人。


 続く1人の鳩尾に膝蹴りを入れ、襟を掴んで反対側から来ていた1人にぶつける。

 バランスを崩したところを2人まとめて串刺しにし、もう1本の剣で首を貫いた。


 足で押さえながら引き抜くと、勢いよく血が噴き出す。

 後は放っておいても死ぬだろう。


 これで3人だ。


「ガキが、調子に乗りやがって!」


 背後からあの男の声が飛んでくる。

 4人目……と振り返ると、しかし既にそいつの首は飛んでいた。


「こちらの台詞でしてよ。身の程をわきまえてくださいまし」


 ごとりと落ちた首に、デレーが吐き捨てる。


「ありがとう、助かったよ」


「うふふ。当たり前のことをしたまでですわ」


 辺りを見渡してみると、もう「俺」たち以外に立っている者はおらず、どうやらリーダーの男で最後だったらしい。


 ということは、「俺」が3人殺す間に彼女は7人もやっていたのか。


「デレーってさ、本当に貴族なの? ってくらい強いよね」


「お褒めに預かり光栄ですわ。一応、剣術は嗜んでおりましたので……何よりフウツさんのことを思うと、いくらでも力が湧いてくるんですのよ」


 末恐ろしい少女である。


「おい」


 よたよたと青年が歩いて来る。

 彼も無事なようだし、まあ勝てて良かった、としておこう。


「どういうつもりだ。なぜ俺を助けた」


「え? いや、だって……」


 なんて言おうか、と少し迷って、それから再度口を開く。


「あの人たちが気に食わなかったから、かな」


 たぶん、本当はちょっと違うけど。

 ひとまずそういうことにしておく。


「君が嫌がってるのに、無理矢理捕まえようとしてた。それに、君の怪我もあの人たちにやられたんでしょ? 俺はそういうの、良くないと思うから」


「……そうか」


 青年は困ったように視線を泳がせた。

 わりと普通というか、当たり障りのない答えをしたはずだけれど、何かおかしかったろうか。


「フウツさん、そろそろ参りましょう」


 デレーが「俺」の肩を叩く。


「そうだね。じゃあ、君も気を付けて」


 青年を狙っていた輩はいなくなったし、もう安心だろう、と「俺」はデレーと共にその場を後にしようとした。


「待て」


 だがそこを青年に呼び止められ、「俺」は足を止める。


「お前たちは旅人か?」


「うーん、どっちかっていうと放浪者かな」


「これからどこへ行く」


「ミサン国。色々あって、とりあえず最短でヨツ国から出なきゃなんだ」


「…………」


 聞くだけ聞くと、青年はまた黙り込んだ。


 口を開いて、閉じてを何度か繰り返す。

 やがて視線を上げ、「俺」の目を真っ直ぐ見た。


「……俺も、連れて行ってくれ」


 絞り出すような声。


 心底嫌そうでありながら、それでも彼はそう言い切った。


「俺は魔法を使える。きっとこの先、役に立つだろう。だから、お前に同行させてくれないか」


「え……っと、ほんとに俺たち、行く当てとか無いよ? いつ野垂れ死にするかわかんないし」


「承知の上だ」


 最初は手当てされるのも嫌がってたのに、と「俺」は首を傾げる。

 ともすれば、彼にもやむにやまれぬ事情があるのかもしれない。


「それならまあ、いいよ。一緒に行こう」


 この際、旅は道連れだ。

 失う物といえば命くらいのどん底人生なんだから、賑やかな方が気がまぎれる。


「デレーもそれでいいよね?」


 「俺」は念のため確認をとろうと振り向いた。


 デレーが笑顔で立っている。

 なぜか剣を鞘に納めないままで。


「……………………ええ!」


 意味が無い方がおかしいくらいの沈黙の後、彼女は頷いた。


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