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血みどろ

 さくさくと草を踏む音が耳をくすぐる。

 ほどよい風が「俺」たちを撫でて通り過ぎていく。

 良い天気だ。


 忌々しい空が見えるのが難点だが、雨降りよりはいくらかマシである。

 隣のデレーも、心なしか足取りが軽い。


 ……まあ、彼女はさっき野盗を殺したばかりなんだけど。


 「俺」はまだ記憶に新しいそれを思い返して、少しばかり憂鬱な気分になった。

 というのも、その時のデレーの言動が常軌を逸していたからだ。


 ミサン国に行くにあたり、「俺」たちはできるだけ市街地を避けようということになった。

 無論、デレーが兵に見つかる可能性を忌避してのことである。


 そんなわけで山中を歩いていた「俺」たちだったが、途中で運悪く野盗と出くわした。


 察するに、「俺」たちが「良いとこのお嬢さんと召使い」に見えたのだろう。

 彼らは剣を向け、脅し文句と共に金品を要求した。


 珍しくとも何ともない、このクソみたいな世の中ではよくある一場面だ。

 「俺」も当然こんなことには慣れていたし、さっさと殺すか逃げるかしようと思った。


 しかし、そこで想定外のことが起こる。


 野盗の1人が、「俺」に対して下卑た言葉をぶつけてきたのだ。

 なんというか、こう、性的な事柄を連想させる言葉を。


 「俺」は驚いた。

 隣にいる美少女を差し置いて、こいつは何を言い出すんだ、と。


 少年趣味の男は見たことがない……ことは無かったが、珍しい部類に入る。

 何より自分がそういう趣味の対象として見られた、ということが意外であった。


 それでもまあ物好きな奴もいるもんだな、くらいに軽く流し、「俺」はデレーの方に視線をやった。

 逃げるか殺すか、どうするかを聞こうと思ったのだ。


 が、彼女はもうそこにいなかった。


 デレーは既に、その剣で、言葉を発した男の喉を、貫いていた。


 たぶん、間抜けな声が出たと思う。

 あまりの行動の速さと容赦の無さに、「俺」は本当に驚いた。

 というかその場にいた、デレー以外の全員が驚いたに違いない。


 状況を飲み込めない「俺」や他の野盗たちをよそに、彼女は男を何度も刺した。

 刺して、刺して、刺しまくって、男がただの肉塊となり果ててもまだ刺した。


 やがて我に返った野盗たちが一目散に逃げ出した辺りで、やっとデレーは動きを止める。

 唖然とする「俺」に歩み寄り、彼女はひとこと。


「もう大丈夫ですわよ、フウツさん」


 まるで恋人に1輪の花を差し出す乙女のような顔で、しかし返り血塗れで言うものだから、「俺」は困り果ててしまった。


 聞けば、彼女はあの男が「俺」を性的な目で見たので危険人物とみなし、排除したのだという。

 言いたいことは色々あったが、「俺」は「あ……ありがとう……」と言うだけで精いっぱいだった。


 ……重い。

 圧倒的に、デレーの愛は重かった。


 いくら好きな人のためとはいえ、あそこまで荒れ狂う人間なんてそうそういない。

 生まれて初めて向けられる愛情がこんな劇物になるなんて、いったい誰が予想できただろう。


「いかがなさいまして?」


 デレーの声で現実に引き戻される。


「いや、何も?」


 まさか「君の暴走っぷりを思い出して頭を抱えてました」なんて言えるわけがない。

 「俺」は当たり障りのない返事をした。


「あら、そうですの? 心臓の音が少し速まっておりますけれど……まあ何とも無いなら良いのですわ」


 なぜか「俺」の心音を把握しているようだ。

 怖すぎる。


「フウツさん、何か不調がございましたらすぐにお申しくださいまし。私とて、あなたのすべてを知っているわけではございませんので」


 臓腑の動きまで感知しておいてこう言うとは、なかなかの謙遜っぷりである。


「わかった。デレーも無理はしないでね」


「ええ。……あら?」


 はたと彼女が足を止める。

 どうしたの、とは聞くまでもなかった。


 なぜなら、彼女が目を奪われたであろうもの――草の上に広がる血痕は、「俺」にもよくよく見えていたからだ。


「まだ新しいもののようですわ。物騒ですわね」


 それを君が言うか? と口にしたくなるのをこらえる。


「いったい何が……」


 血痕は道から逸れて、茂みの方へと続いていた。


 「俺」たちはさっきの野盗が逃げて行ったのとは逆方向に進んで来たから、少なくとも彼らではない。


 だとすると、動物だろうか。

 この辺りは切り立った崖が多く、ちょうど真上にもあるのでそこから転落したという可能性がある。


 あれこれ考えながら、「俺」は何気なく茂みをかき分けてその向こうを覗いてみた。


「あっ」


 「俺」は思わず声を上げる。

 そこには木に寄りかかって座り込む、1人の青年がいた。


 彼が血痕の主なのだろう、着ている服はあちこちが裂け、血が滲んでいる。


「まあ、人間ですわ」


 あまり興味の無さそうなデレーはさておき、「俺」は青年に近寄った。


 呼吸はある。

 怪我の箇所も、直接命にかかわる部分ではなさそうだ。


 ひとまず止血を……と「俺」は薄っぺらい上着を脱ぎ、剣で裂いた。

 不衛生気味ではあるが、包帯代わりになりそうなものはこれくらいしかない。


 「俺」はまず、一番出血の多そうな腕を持ち上げた。

 しゃがんで立てた膝を土台にし、帯状に裂いた元・上着をくるくると巻き付けていく。


 するとその感触で意識を取り戻したのか、青年がふ、と目を開けた。

 が、彼は「俺」の姿を認めると血相を変えて、あろうことか手当て中の腕を振り払う。


「ま、待って、大丈夫! 俺は敵じゃないよ! いま止血してるから――」


「っ触るな!」


 落ち着かせようと弁明しつつ再度手を伸ばすも、これまた拒絶された。


 目覚めたばかりで混乱しているのだろうか、とも思ったが、しかし青年は既に意識がはっきりしているようだ。


「俺に近寄るな、吐き気がする。さっさと失せろ」


 彼は木を支えにして立ち上がり、ぎろりと「俺」を睨みつけた。

 その目には敵意というより、嫌悪が滲んでいる。


「無礼極まりないですわね。フウツさんのご厚意を無下にするなんて、万死に値しましてよ?」


 後ろで黙って見ていたデレーが「俺」の隣まで来、負けじと鋭い視線を送った。


 一瞬、「俺」は彼女がまた暴れ出すんじゃないかと冷や冷やしたが、どうやらまだその沸点には達していないようだ。

 よかったよかった。


「うるさい。その不快な口を閉じて死ね」


 一方、青年は厳しい物言いをやめない。


 まるで……そう、「俺」たちに威嚇をしているみたいな感じだ。

 相手を傷付けてやろう、というより、相手を遠ざけよう、といった雰囲気がする。


「わかった、手当てだけしたらすぐどっか行くから。大丈夫、悪いことなんかしないよ」


「要らん。不愉快だ」


「でもほら、止血しないと。特に腕とか、1人じゃできないでしょ?」


「不愉快だと言っているのが聞こえないのか? 蛆虫に触られるくらいなら、放置した方がマシだ」


 容赦の無い言いようである。

 初対面の怪しい人間相手だとしても、不自然なほどの拒絶っぷりだ。


 いったい、なぜ彼はそこまで嫌悪をむき出しにするのだろう。


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