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出会い

 ――閑散とした町の中を、「俺」は歩いていた。


 どんよりとした空模様が、ただでさえ重い足取りをさらに重くする。

 お腹が空いていた。


 最後の食事は、昨日の朝。

 カビの生えかけた一切れのパンを、もそもそと食べた気がする。


 雨が降ってくる前に、どこか屋根のある場所に行きたい。

 ……訂正。

 どこか屋根があって、少々居座っても追い出されない場所に行きたい。


 この町の人々も、皆怯えている。

 北の戦場で燃え盛る火がこちらにも飛んで来やしないかと、身を縮こまらせて暮らしているのだ。


 町の空気は冷え切っている。

 貧相な格好の少年1人に対してすら、警戒と忌避の目を向けている。


 息苦しい。


 それでも惰性で足を動かした。

 死ぬのは嫌だったから。


 ……そう、こんなふざけた世界で死ぬのだけは嫌だ。


 これだけ地が荒れ果てても懲りずに争い続ける国々。

 遥か昔はみんなで足並みを揃え、ひとつの国としてまとまっていたらしいが、今は見る影も無い。


 何がきっかけでこうなったのかなんて、もう誰も覚えていないだろう。

 それぞれの国に尋ねたところで、どうせバラバラの答えが返ってくるのが関の山だ。


 国がそんなだから、当然、民も荒む。


 食料は足りないし、人は死ぬし、余分に生まれてしまった「俺」みたいな子どもは捨てられるし。

 運よく拾われたかと思えば、家畜より酷くこき使われるし。


 あんなクソみたいな村ですら「マハジ村」なんて名前があるのに、自分は名無しなのが気に食わなくて。

 いつだったか、「俺」は己を「フウツ」と名付けた。


 まあ、呼んでくれる人なんていないけれど。


 まったく、貧乏くじを引いたものである。

 もし貴族の子に生まれていたなら……いや、無駄な妄想はやめよう。

 虚しくなるだけだ。


 「俺」はとりとめのないことを考えながら、ひたすらに歩く。

 町を抜け、平原に出るとやや遠くの方に壊れた小屋が見えた。


 雨宿り先はあそこにするとしよう。


 少し、足を速めた。


 平原は少し前に戦場になっていた影響か、まだその辺りに錆びた剣だとかボロボロの旗だとかが落ちている。

 残念ながら、死体は既に片付けられた後だ。


 小屋に辿り着くや否や、ぽつぽつと雨が降り出した。

 適当な石を椅子代わりにして、「俺」は辛うじて形を残している軒先に座る。


 湿っていく空気を不愉快に思いながら、ぼんやりと空を見上げた。


 空。

 赤黒い空。


 今は分厚い雲に隠れて見えなくなっているが、「俺」はあの空が嫌いだ。

 単純に見た目が、っていうのもあるけど、一番の理由はあれが戦争の影響でできたものだということ。


 なんでも複雑な魔法――無論、敵を殺すためのものだ――がぶつかり合い、混ざった結果、何かがおかしくなって空の色が変わったのだという。


 それを知った時は心底呆れ返った。

 きっと戦争をしている奴らは、読み書きのできない「俺」よりも馬鹿なのだと。


 同時に、そんな馬鹿共に振り回される「俺」自身も、なんだか情けなくて嫌になった。


 とにかく、「俺」にとってあの変色した空は、この不愉快な世界の象徴だというわけだ。


「おい」


 不意に背後から野太い声がする。

 振り向こうとしたところ、首筋にひやりとした物が添えられた。


「動くな。死にたくなかったら、金目のもの全部置いていけ」


 どうやら物騒な先客がいたらしい。

 ツイていないなあ、と「俺」は溜め息をつく。


「金目のものなんて何も持ってないよ。見たらわかるでしょ? 襲うならもっと肥え太った奴にした方がいいと思うな」


「とぼけるな。その腰に下げてるものは飾りじゃあねえだろ?」


 「俺」は下に目をやる。

 確かに、そこには剣があった。


「ごめんね、これはあげられないんだ」


「……そうかい。じゃあ仕方ねえな、お前を殺して――」


 声が途切れる。


 ぼたりとうなじに生暖かいものが落ちてきた。


「だって、剣が無くちゃ君を殺せないじゃないか」


 「俺」は背後の男に刺した剣を引き抜く。

 血を流した人間の、倒れる音がした。


 立ち上がって後ろを向く。

 穴の開いた喉を押さえて、口をぱくぱくさせる男がいた。

 あまり苦しませるのも可哀想なので、えいやと首を反転させてやる。


 一度だけ大きく体を跳ねさせ、男は静かになった。


 傍らに小さな袋が落ちている。

 剥ぎ取った男の上着でうなじを拭きつつ、それを拾った。


 中身は銅貨が4枚、それだけ。

 だがまあ、パンひとつくらいには換えられるだろう。


 いつの間にか雨はやんでいた。

 男の持っていた剣とその袋を持ち、「俺」は小屋を後にする。


 鉄臭さから逃げるように、脇目もふらず次なる人里を求めて歩を進めた。

 ……人を殺すのは好きではなかった。


 泥で靴を汚しながら歩く。

 雲の隙間から覗く日差しに睨まれながら歩く。

 そうしてどこかの街に着いた時には、ちらちらと星が瞬き始めていた。


 そこは先に訪れた町よりも活気があり、薄暗い中でも出歩く人々がいくらか見られる。

 笑顔で楽しそうに語らう老人たちや、広場で楽器の演奏に興じる者もいた。


 が、それは一部だけの話であり。


 「俺」がパンを買ってさらに進んで行くと、徐々に空気が淀んでいくのがわかった。

 笑い声が遠くなり、人気はどんどん失せていく。

 やがてある道を境に、外を歩く人間はとうとういなくなった。


 しんとした通りを黙々と進む。

 そこまで治安が悪いわけでもなさそうだし、今夜はこの辺りで寝るとしよう。


 「俺」は適当に選んだ路地裏へ足を踏み入れる。


 と。


「……あ」


「えっ?」


 そこにいた少女と目が合った。


 桃色の髪の、上品そうな少女。

 ただしその手には剣が握られており。


「あ、こ、これは……その……」


 奥には、胸から血を流した男が倒れていた。


 月明りに照らされ、飛び散った血が光っている。

 少女は黙って見ている「俺」に勢いよく頭を下げた。


「お、お願い申し上げますわ! どうかこのことはご内密に……!」


 言葉遣いからしても、やはり少女は高貴な身分らしかった。

 少なくとも、人殺しが重大な問題になるくらいには。


「? あ、あの……」


 きっと「俺」は、少し疲れていたのだと思う。

 買ったパンもまだ食べていないし、剣を1本余分に持って歩いて来たのだし。


 だから、だろう。


 「俺」は少女の手を掴んで、言った。


「逃げよう」


 目を丸くする少女。


 返答を待たずして、「俺」は走り出した。


 走って、街の外へ出て、近くの林に駆け込んだ。

 そこまで来てやっと我に返った「俺」は、慌てて少女の手を離す。


「ご、ごめん! 勝手に引っ張ってきちゃって」


 少女は答えない。


「本当に、ごめん。あっ、別にやましいこととかは考えてないよ! ただその、咄嗟に体が動いたっていうか――」


「好き」


「え」


 「俺」の言葉を遮ったその台詞に、今度は「俺」が目を丸くした。


「好きですわ! 愛しております! 私とお付き合いしてくださいまし!」


 堰を切ったようにまくし立てる少女。


 さっきまでの流れで、どうしてそうなる?

 何か今、時間でも飛んだだろうか? と思いたくなるくらいの飛躍具合だ。


「ああ申し遅れました、私の名はデレー。デレー=ヤンですわ!」


「お、俺はフウツ……です」


「フウツさん! 素敵なお名前ですわね! 不束者ですが、どうぞよろしくお願いしますわ」


 「俺」の手を握る少女、もといデレー。

 後ろに見える月が、やたら眩しく感じられた。


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