あらわれる
「っおい、フウツ!」
ヒトギラの制止を振り切り、俺は飛び出した。
魔力を巡らせ、魔王に剣を叩き付ける。
どのくらいの力が出ているのかわからない。
それでもとにかく、懸命に。
「トキ、みんな! 3人の手当てを!」
「はい!」
魔王と鍔競り合いをしながら、横目でゼンたちの様子を確認する。
ゼンとナオは言わずもがな、大きな外傷が無いように見えるバサークも危険な状態にあるかもしれない。
ひとまず離脱方法を考えるのは後だ。
トキが3人の応急処置を終えるまで、なんとしてでも魔王を押さえておかなければ。
「どうせ死ぬのだ、放っておけば良いものを」
事もなげに魔王は言った。
「死なないよ! 君の思い通りには、させない、から!」
息つく間もなく振り下ろされる黒剣を必死に受け止める。
一撃一撃が岩のように重い。
だけど、負けてはいられない。
みんなを守るために、ここで俺が負けるわけにはいかないのだ。
「小賢しい……役立たずの分際で……」
攻撃の合間を縫って、後ろから火球が飛んでくる。
ヒトギラだ、と見なくてもわかった。
火球は小さいものながら、魔王の動きを確実に妨害する。
「……ヒトギラ……」
「黙れゴミ虫が。俺からフウツを奪えると思うなよ」
魔王の剣筋がほんの少し、ぶれる。
すかさず突き崩そうと押し込むが、すぐに立て直されてしまった。
やはり一筋縄ではいかない相手だ。
「頼みましたわよヒトギラさん! 死ぬ気でフウツさんを守ってくださいまし!」
デレーから檄が飛ぶ。
俺はヒトギラに支援を任せ、魔王がみんなに手出しできないよう、絶え間なく攻め立てた。
これは持久戦だ。
大打撃を与えるよりも、拮抗し続けることが重要である。
俺は魔力を回し、自分にかけている強化魔法の出力を一定に保つ。
幸い、魔王はまだ全力を出し渋っているのか、大技を撃ってはこない。
「弱い」
黒剣の速度は少しも緩めず、魔王が言う。
「弱い、弱すぎる。人殺しですらない貴様に価値など無い。気味の悪い不格好な贋作に、何ができる」
「何の、こと!?」
「守られるだけの役立たず。やはり、貴様のような者は死ぬべきだ」
俺の剣を躱し、大きく後ろへ飛び退く。
「もう十分だ。よくわかった」
意味不明なことを喋りながら魔王は剣を下ろした。
「戯れは終わりだ」
閃光が走る。
気が付いたら、俺は仰向けになって床に転がっていた。
全身が痛い。
攻撃されたのか。
見ると、みんな――倒れ伏しているゼンたち3人以外の――が黒い鎖で拘束されていた。
各々もがいて脱出を試みているようだが、魔法由来のそれはびくともしていない。
「くっ! また、こんな……!」
「前回は油断したが、もう手は抜かない。貴様の愛と執念がいかに侮れないものか、身に染みたからな」
悔しげに呻くデレーに、魔王は静かに言う。
俺は体に鞭打ち、剣をとって立ち上がった。
思い切り殴られた後みたいに頭が軋むし、たぶん骨も何本か折れているが、気にしてはいられない。
魔力もまだある。
戦える。
「殺すつもりでやったのだが……そうか、ヒトギラが守ったか」
魔王が黒剣を振り上げた。
構えるより早く、右手に衝撃が来る。
鈍い音を立てて剣が床にぶつかった。
あ、と思った時にはもう遅く。
足音も無く接近してきた魔王に胸ぐらを掴まれ、俺は鎧を纏ったままの拳で左の頬を殴打された。
頭の中身が揺さぶられる。
鎧の装飾で、頬の皮膚が裂けるのがわかった。
「ふざけるな。魔王の力を半分も持っておきながら、なぜ自分の身すら守れない。これだけ恵まれておきながら、なぜ」
魔王は俺を床に落とし、踏みつける。
冷たい鎧から、憎しみがひしひしと伝わって来た。
どうして、彼はこんなにも……?
「何よ、フウツちゃんのこと何も知らないくせに!」
アクィラが叫ぶ。
どうやら魔王の言ったことに反発しているようだ。
ぼやける思考は、却って冷静だった。
「勝手なこと言わないでちょうだい! 何様なのよ貴方! 顔も見せずに偉そうにしちゃって! その無駄にいかつい兜くらい取りなさいよ臆病者!」
ほとんど悲鳴を上げるように、それでも虚勢を張って挑発するように、彼女は続ける。
いけない、それではアクィラに矛先が向いてしまうじゃないか。
魔王の注意をこちらに引き戻そうと、俺は口を開こうとした、が。
「ふむ……そうだな。ここまで正しく育ってくれた礼だ。最期の頼みくらい聞いてやってもいい」
またもや意味のわからないことを言って、魔王は頷いた。
足が俺の上からどかされ、代わりに俺は石ころみたいにぽんと蹴り飛ばされる。
魔王の殺気がいくらか静まっていた。
体勢を立て直すなら今だ。
もう平衡感覚は無いに等しかったが、俺は根性だけでどうにか起き上がった。
「そう身構えなくとも良い。貴様らにとっては、見慣れた姿だ」
いやに穏やかな口調で魔王は言う。
そして黒剣を床に突き立てると、黒い渦が現れ、彼を包み、やがて晴れた。
既に2度目にした、魔王が姿を変える際のお決まりの光景だ。
しかし。
渦から出てきた「それ」は、違った。
知らない、いや、知っているからこそ知らないはずのもの。
有るからこそ、有り得るわけがないもの。
「うん、やっぱり素が一番だ。魔王も楽じゃないんだよね、威厳とか風格とかさ。俺の柄じゃないっていうか」
先ほどまでとは全く異なる口調で、笑う魔王。
世間話でもするかのように、笑う魔王。
その顔は、その髪は、その目は。
その体付きは、その背丈は、その声色は。
――俺と、瓜二つのものだった。
「な、んで……俺と、同じ姿を……!?」
情報の処理が追い付かない。
俺は夢でも見ているのだろうか。
けれどあれが変身魔法なんかじゃなく、本当に魔王そのものである、と。
そのことだけは直感が……魂が、訴えている。
「君が知る必要は無いよ。ああでも、ひとつ訂正。俺が君と同じなんじゃない。君が俺と同じなんだ。クソ不愉快だから、間違えないでね」
嫌悪の滲んだ明るい声で言い、彼は黒剣を引き抜いた。
「どうかな、アクィラ。君の望み通り、顔を見せてあげたよ」
「え……えっ……? な、何、どういうことなの? フウツちゃんが2人だなんて、そんな……」
「落ち着いてくださいまし、アクィラさん! あれはフウツさんではございませんわ!」
狼狽えるアクィラをデレーが叱咤する。
「酷いなあ、俺の方が本物なのに……。まあいっか、所詮は模倣品だ」
魔王は俺に向かい、黒剣を構えた。
剣に魔力が集中しているのが見て取れる。
これで終わりにするつもりだ。
「じゃあ、さよなら」
言うが早いか、彼は黒剣を振る。
軽いようで、段違いに重い。
斬撃が形を成して迫り来る。
俺は剣を握る手に力を込める。
魔力を全部、注ぎ込む。
守る。
守らなくては、と。
全霊を以て受け止めた。
何かが弾ける。
ぶつかり合って、混ざり合って。
目の前が真っ暗になった。
……どこかへ、落ちていくような心地がした。




