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目覚め

 アルケの体が溶け崩れる。

 イリア同様、何か仕掛けてあったようだ。


 だがそれを気にしている場合ではない。

 彼は「これで魔王様が目覚める」と言っていた。


 まさかあの状況で虚言を吐いたりはするまい。

 認めたくないが、おそらく真実だ。


 そうこうしているうちに黒い靄はやっと尾を見せ、残らず魔王城に吸い込まれていった。


「みんな、乗れ!」


 ゼンが魔物に変身する。

 俺たちは彼に乗り、2度目に空けた穴から魔王城内に侵入した。


「くっ……」


 ふらつきながら人型に戻るゼン。

 魔力がほとんど感じ取れない。

 どうやら今ので使い果たしてしまったらしい。


「ゼンくん、大丈夫?」


「ああ、気にするな。それより魔王だ。手遅れになる前に、行くぞ!」


 肩を貸そうとするフワリをやんわりと拒み、彼は走り出す。

 俺も彼のことが心配ではあるが、それどころではないのもまた事実だ。


 声をかけたくなるのをぐっと堪え、みんなと共に魔王の部屋へと向かう。


「フウツ」


 ヒトギラがぴたりと横についてきた。


「俺のそばを離れるなよ。仮に魔王が目覚めていたとしたら、一番危険なのはお前だからな」


「うん、ありがとう」


 そうだ、『魔王の器』たる俺が魔王に捕まるのが一番マズい。


 前回はスキルのおかげで助かったが、あれからそこそこ時間が経っている。

 この間に、魔王やその部下たち――後者はもう誰もいなくなったけれど――が、スキルを無効化する手段を用意していないとも限らない。


「うええ……なんか嫌な感じがするよう……」


 前を走るバサークが零した。

 口にはしないものの、彼女だけでなく俺も、おそらくはみんなもそう思っているだろう。


 城内は依然として空虚な雰囲気で満ちているが、今はその中に少しだけ異なるものが感じられる。

 少しだけ、とは言っても弱々しいものではなく、はっきりしたものだ。


 例えるならば、藁の山に混じった針のような……。


「突入するぞ!」


 ゼンの声で意識が引き戻される。


 不安は尽きないけれど、早急に事を進めなければならないことだけは確実だ。

 俺は気を引き締め、剣を握り直した。


 アルケのいた広間を通過し、ゼンは勢いよく扉を開く。


 そこは広く、暗い部屋だった。


 装飾らしい装飾は無く、冷たい石造りの壁に囲まれ、奥の方に玉座がぽつんと置かれている。

 あとは、何も無い。


 本当にここが魔界の王の部屋なのかと疑いたくなる光景だ。


「魔王はどこに……?」


「むむむ……気配はあるのじゃがのう」


 エラに魔法で辺りを照らしてもらうも、さっぱり見当たらない。


 別の部屋で眠っているのか、それとも――


「騒々しいな」


 びり、と空気に重圧がかかる。


 何を考えるまでもなく、俺たちは反射的に臨戦態勢をとった。


 玉座の前。

 床に魔法陣が浮き上がり、そこから黒い渦が現れる。


 渦はみるみるうちに大きくなって、人ひとりを包み込むほどになった。


 そして。


 あの時と同じように渦が晴れた後……そこに立っていたのは、長身痩躯の男。

 鎧で身を固めた、魔王だった。


「くそ、遅かったか……!」


 ゼンが悔しげに呟く。


 万全の状態ならいざ知らず、イリアとアルケとの戦いで疲弊した俺たちでは勝ち目は薄い。

 ここは退くしかない、とは誰もが思っているだろう。


 だが相手は魔王。

 そうやすやすと逃げられるわけがない。


「ふむ……いささか、予定より早いな。式を間違えたか……?」


 彼は己の手をじっと見つめ、抑揚の無い声で言った。

 なぜ自分が既に目覚めているのかがわかっていない様子だ。


「おぬしら、よいか」


 魔王の注意が逸れているのをいいことに、エラがそっと小声で話す。


「少しだけ時間を稼ぐのじゃ。さすれば全員この場から離脱させてみせよう」


 さすがエラ、まだ秘策があるらしい。


「わかった、ならあいつの相手はおれに任せて。どこまで太刀打ちできるかわからないけど、時間くらいなら稼いでみせるよ」


「うむ、頼んだぞ――」


 と、その時。


 にわかに胸のあたりが熱くなる。

 かと思うと懐から何かが飛び出し、そのまま空中で燃えだした。


「えっ、な、何!?」


 みんなも同様に何かを燃やされたようで、目を白黒させている。


「まったく……エラは本当に油断ならない。こんなものまで用意していたとは」


 灰と化していくそれを眺め、魔王は言った。


 というか、その言い方はもしかして。


「エラ。今、燃やされたのってさ……撤退するための魔法道具だったりする?」


「残念ながらその通りじゃな!」


 なるほど、最悪である。


「あれじゃよ、出発前におぬしらに渡した札」


「あー、そっか通りでよく燃える……」


 なんて言っている場合ではない。


「さて……。レジスタンスの者、『勇者』、それから竜人。貴様らに用は無い。尻尾を巻いて逃げるというのなら、今すぐには殺さないが」


 2、3歩ほど魔王がこちらに近付く。


 名指しされたゼンたちは、対抗するように前に歩み出た。


「逃げるわけがないだろう。キミを倒すために、ここに来たんだ」


「そーだよ! あとフウツは渡さないもんね!」


「あんたも手下と同じところに送ってあげるよ」


 ナオの言葉に、僅かに魔王が反応する。


「手下……?」


「そうだよ。あんたの幹部だ。悪いけど、あの2人はもう死んだよ」


「…………」


 沈黙し、思案する魔王。

 兜に覆われた顔からは、何の表情も読み取れない。


 しかしほどなくして、彼は「ああ、確かにそのような者がいたな」とだけ言った。


 あまりにも素っ気ない言葉に、みんなは唖然とする。

 仮にも幹部であった人に対して冷淡すぎる、といったところだろうか。


 俺はというと、正直それほど意外には感じなかった。

 なぜだかはわからないが、魔王がそういう反応をするであろうことをとっくに知っていたような気がする。


「まあ、良い」


 魔王は黒剣を抜き、感触を確かめるようにゆっくりと振った。


「逃げぬというなら、殺すまで」


 ふ、と風が吹く。

 背中を冷や汗が伝う。


 次に息を吐いた時には、魔王の黒剣がゼンを貫いていた。


「が、は……」


「ゼン!」


 ナオが魔王に矢を射る。

 けれど矢は標的に当たることなく、空を切った。


「危ない!」


 直後に今度はナオを斬らんとする魔王を、すんでのところでバサークが妨害する。


「邪魔だ」


 黒剣が、その大きさに似つかわしくない速さで動く。

 そしてバサークを軽々と吹き飛ばし、切っ先は再びナオに向いた。


 怪しく光る黒剣。

 ナオは身構える。


 鮮烈な赤が散った。


「っあ」


 ナオの、左腕と左足が。

 散った。


 弓を持ったままの左腕は肩から。

 しかと地を踏みしめていた左足は膝の下から。


 胴体と別れ別れになったそれらは、放物線を描きながらいくらか飛んで、ぼたりと落ちた。


 少し遅れて、支えを半分失った残りの体も倒れる。


「い、っぐぅ、うう……っ!」


 汗が吹き出し、血の気が引いた顔は真っ白だ。

 それでも彼は悲鳴を上げまいと、耐えているようだった。


「……これで、片付いた」


 血に塗れてぬらぬらと光る黒剣を携え、魔王は言う。

 やはりそこには、何の感慨も無かった。


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