愛よ届け
「あーびっくりした! でもごめんね、あたし炎効かないの!」
ニコニコと笑いながらバサークは言った。
「な……!?」
「隙、あり!」
俺は、驚きのあまり障壁を解いたままのアルケに攻撃する。
剣の切っ先は僅かに彼の翼をかすめ、赤い血と羽根をいくらか散らした。
「クソ、そんな能力があるなんて聞いてないぞ!」
「あ、やっぱ知らなかった? だよね! でもあたし正直、魔王から聞いてると思ってた! ね、魔王ってなんで何も言わなかったの?」
反撃を躱す俺と入れ替わりに追撃をしかけ、バサークは問う。
そう、彼女は前にも一度、魔族と交戦した際にスキル《深紅の鱗》の能力を見せている。
だから俺もてっきり、魔王側の人員には知れ渡っているものだとばかり。
「っ本来だったら、お前らと俺が交戦する予定は無かったからだ! だからわざわざ仰ったりしなかっただけで、魔王様は……!」
アルケは声を荒げて反論する。
その姿があまりにも痛ましく、気付けば俺は口を開いていた。
「ねえ。魔王は……その、君が仕えるに値する人なのかな?」
目を見開くアルケ。
俺の口は止まらない。
「君も……イリアもさ、凄く一生懸命に魔王に尽くしてる。やってることは良くないけど、魔王を本気で慕ってるんだってわかるよ。けど魔王は、なんて言うか、君たちを見てくれてないんじゃない?」
なんでこんなことを言っているのか、自分でもあまりよくわからなかった。
でも不思議と確信がある。
魔王の目に、彼らは映っていない。
映っているのはきっと別のものだ。
「……まえ…………は」
わなわなとアルケは震える。
「お前が魔王様を侮辱することだけは、絶対に許さない!!!」
そして翼を翻し、全速力で俺に向かって来た。
「下がれ!」
ヒトギラが俺の手を引いて前に出、障壁を張る。
しかし突っ込んで来たアルケにより、呆気なくも砕かれてしまった。
鋭い爪が俺の喉元目がけて突き出される。
「ぐっ」
間一髪のところで身をよじって躱すも、首の皮膚と肉をいくらかえぐられた。
「お前だけは、お前だけは!!!」
俺はすぐに方向転換をし、再度攻撃をしかけてくるアルケに対し守りの姿勢をとる。
怒りで冷静さを失っているのだろう。直線的で単純な攻撃だ、が。
「あっ!」
盾代わりに構えた剣が弾き飛ばされる。
明らかに力が増しているのだ。
「フウツ!」
ゼンが割って入り、次なる攻撃を受け止めてくれる。
この隙に、と思ったが剣はどこかに落ちて行ったらしく、見当たらない。
「よくもフウツさんの麗しい肌に傷を! ぶち殺して差し上げますわ!」
「そうよ、やっちゃいなさいデレー!」
「このっ……邪魔だ!」
斧を振りかぶるデレーとアクィラを、アルケは風魔法で吹き飛ばす。
……おかしい。
俺たち――殺してはならないことになっている相手に対して、躊躇が無くなっている。
先ほどまではこちらの様子を窺う程度の攻撃しかしてこなかったのに、今は殺してやると言わんばかりだ。
そんなに俺の発言が頭に来たのだろうか。
しかし仮にそうだとしても、なぜ?
俺が……『魔王の器』が魔王に異を唱えることが、こんなに冷静さを欠かせるくらい侮辱的なことなのか?
魔族ですらない、たまたま選ばれただけの人間の言葉に、そこまでの価値があるのか?
「フウツさん、頭下げて!」
トキが叫ぶと同時に、フワリによってガラス玉が投げられる。
サッと身をかがめた直後、轟音と共に頭上で炎が上がった。
「ほう、こういう使い方もあるのじゃな」
「不本意極まりないですけどね!」
どうやらトキお手製のガラス玉にエラが炎魔法を当て、爆発させたようだ。
仕組みはよくわからないけれど。
「ゲホッ……。くそ、話が違う……毒が入ってるんじゃなかったのかよ」
上空へ避難し、アルケはひとりごちた。
そこで俺はふと、違和感に気付く。
彼の今の言葉、まるでトキが毒をガラス玉に入れて使うことを知っていたみたいだった。
アルケたちは、魔王から俺たちの情報を教えてもらっていないはずなのに。
どうして知っている?
いや、どうしてバサークのスキルを知らなくて、トキの戦法は知っているんだ?
何かがずれている。
思えば魔王の命令でだって、俺たちパーティーの中でバサークだけが「殺してよし」とされていた。
バサークだけ、何かが違う。
「そこだ!」
ナオがアルケに向かって矢を放つ。
バキ、と物の割れる音。
「しまっ……」
アルケが青ざめる。
懐から割れた木片がこぼれ落ちた。
「やっぱり『それ』か。障壁を張ったままにしていれば良かったものを、怒りに呑まれて防御がおろそかになってたね!」
言いながらナオが次々と矢を射るも、アルケは障壁を張ることなく飛び回って避ける。
あの木片が、魔王から貰った魔法道具だったようだ。
「行け、ゼン!」
「ああ!」
いつの間にかアルケの背後に、ゼンが立っていた。
否、アルケがゼンのところへと誘導されていたのだ。
「はああっ!」
大剣が振り下ろされる。
完全に意表を突かれたアルケは避けることができず、背中を大きく切り裂かれた。
「あ、が……」
ほとばしる血。
ぼたりと、アルケは屋根の上に墜落した。
「…………」
ゼンは無言で彼に歩み寄る。
ぜえぜえと荒い呼吸をしながら、アルケはゼンを睨んだ。
「……俺の、負けだよ。殺せ」
「アルケ……」
「俺は絶対に情報を吐かない。寝返ったりしない。お前が見逃すっていうなら、今からでも愚鈍な市民共を焼きに行く。それが嫌なら殺せ」
イリア同様、交渉の余地は無さそうだった。
「何か……言い残すことは」
それを理解しないゼンではない。
既に血に濡れた大剣を掲げ、静かに問う。
「……俺たちは全部知ってる。お前らが何をしてきたのか、どんなあくどい手で魔王様の邪魔をしてきたのか。全部、見た」
いやにすがすがしい表情で、彼は言った。
「死ね。苦しんで死ね。……それが言い残すことだよ」
「……そうか」
やはり魔王のことを信じ切っているようだ。
悲しげに首を振り、ゼンは仰向けに倒れるアルケの腹に剣を突き立てた。
と、次の瞬間。
「く……あは、あははは……! 引っ掛かったね……!」
アルケが笑い出す。
彼の体から、黒い靄が飛び出した。
「っ何、これ」
靄はとめどなく噴き出し、渦を巻いて空へと昇って行く。
「ふふ、ははは……イリアの真似っていうのが、癪だけど……。これで、っ魔王様がお目覚めになる……!」
「どういうことだ! いったい何をした!?」
ゼンが血相を変えて問い詰めるも、アルケの耳にはもう届いていない。
彼はただただ、おかしそうに笑うだけだ。
「ははは、はは、俺も、お前も、魔王様の世界にはいらない……!」
呆然とする俺たちをよそに彼は言う。
「魔王様、魔王様……! どうか、あなたの……理想の世界を…………どうか……しあわせ……に…………」
それを最後に、アルケはこと切れた。
靄はなおも凄まじい勢いで立ち昇り、飛んで行く。
そして、その行く先は。
「っ魔王城だ!」




