守り人
俺たちは慎重に前進する。
身をもって体感し、またゼンも言っていた通り、アルケを相手取るにあたって最も警戒すべきはあの固有魔法だ。
不意打ちで特大火力のあれを喰らったら、もはや助かる手立ては無い。
少なくとも相手の姿が見えるまで、全方位に注意を配らなければ。
「オレが先陣を切る。みんなは後に続いてくれ」
扉の前に立ち、ゼンは大剣を構える。
そして大きく振りかぶり、力いっぱい扉に叩き付けた。
派手な音と共に道が開ける。
吹き飛んだ扉は見事にひしゃげ、綺麗な装飾は見る影もない。
「アルケ! いるんだろう、出てこい!」
ゼンが叫ぶ。
すると、仄暗い部屋の中から少年の声が返って来た。
「うるさいなあ。静かにしなよ、魔王様がお休みになってるんだからさ」
何も無い、広間の中央。
声の主は至極落ち着いた雰囲気で佇んでいる。
薄い闇に覆われ、その表情は読み取れない。
「あれ? なんだ、『器』の仲間も一緒じゃん。お土産持って首を差し出しに来てくれるなんて、クズのレジスタンスのわりには気が利くね」
「……アルケ、キミに確認しておきたいことがある」
挑発的な言葉には乗らず、ゼンは静かに言う。
「魔王城の人たちを皆殺しにしたというのは、本当か」
「え。本当も何も、見てわかんない?」
アルケは鼻で笑った。
ばさ、と翼の擦れる音が聞こえる。
「ああ、皆殺しって言ってもあれだよ。あの馬鹿女以外ね。ま、あいつはお前らの前で死んだんだからわかるか!」
けらけらと笑い声が響く。
大剣を握るゼンの手に、力が入ったのがわかった。
「何がおかしい」
「全部だよ。お前らも、馬鹿女も! いやあ、ほんと馬鹿げてる。馬鹿のくせにお前らと戦って、無様に負けるなんて。ていうか、負けるくらいなら最初から死んで、とっとと魔法を発動させればよかったのに」
「魔法を……?」
ゼンが眉をひそめる。
その反応が予想外だったのか、「ん?」とアルケは不思議そうな声を出した。
「待って、まさかお前らわかってない? 外、見て来たんでしょ?」
「外……っ影の兵士か!」
「そーそー。あれさ、あいつの魂が壊れたら発動するようになってたの。魔王様も優しいよね、自分の魔力を使わせてあげるとか……お前らも見習ったら?」
するとイリアが自害したのは、己の矜持を守るためとかではなかったのか。
魔王のためならば罪無き人々を殺し、自分の魂をも犠牲にする。
恐るべき忠誠心だが、何を以てあんな魔王に仕えようだなんて思えるのだろう。
「さて、お喋りはこの辺にしとこっか」
再び、翼の擦れる音。
炎が壁を駆け巡り、部屋に灯りが点いた。
アルケの姿が鮮明になる。
「っ!」
煌々とした光に照らされた彼の目を見て、俺は息を呑んだ。
それは、憎悪と、殺意と、軽蔑と――決意を秘めた目であった。
かつて交戦した時には無かった色が、そこにある。
真っすぐで、力強い目。
仲間や世界を守るべく戦うゼンのそれと、よく似ていた。
「無能な雑魚共も、馬鹿女も必要無い。魔王様は俺が守る」
アルケは槍を構える。
耳飾りが揺れ、光を反射してちらちらと瞬いた。
「キミたちの好きなようにさせてなるものか」
俺たちも武器をとる。
場の空気が張り詰めた。
誰かが1歩を踏み出せば、途端に戦闘が始まる。
そうして最初に動いたのは、アルケだった。
「死ね!」
視界を埋め尽くさんばかりの炎が舞い踊る。
固有魔法か。
しかし、そのくらいはこちらの想定内だ。
「ヒトギラさん!」
「わかっている」
すかさずトキの強化魔法を受けたヒトギラが、俺たち全員を覆う障壁を展開する。
対象が燃え尽きるまで消えることのない炎だが、火力は大して強くない。
であれば、障壁魔法でこの通りだ。
数秒もせず、炎が晴れる。
アルケは開け放った窓を背に、こちらを見ていた。
「俺が雑魚共を焼き払うのが先か、お前らが俺を殺すのが先か。……競争といこうじゃないか」
窓枠を蹴って、彼は飛び立つ。
「魔王様のところに行こうったって無駄だよ! その扉は俺を殺さなきゃ開かない!」
言い終えると挑発するように2、3度旋回し、城下へと滑空して行った。
「くっ、そういうことか! みんな、オレに乗って――」
「いや、やめた方がいい」
魔物に変身しようとするゼンを、ナオが制する。
「あんた、もうかなり魔力消費してるでしょ? 残りは戦闘にとっておきなよ」
「だがそれでは奴に追いつけないぞ」
「大丈夫、おれが先行してあいつを足止めするから」
金色の輝きがナオを覆った。
「フウツ、任せたよ」
「うん」
俺がしかと頷くのを見て、彼はニッと笑う。
外へと飛び出して行く彼を見届け、俺はみんなの方へと向き直った。
「何か策がおありですのね?」
「あるよ。策っていうほど上等なものじゃないけど、アルケに追い付ける方法が」
俺は両手を壁に向かって突き出し、体に魔力を巡らせる。
そしてそれを手のひらに集中させ、一気に解き放った。
手から衝撃波が出、壁を吹き飛ばす。
反動で少し体が仰け反った。
「バサーク、アルケがどこにいるかわかる?」
「えーっと……あそこ! 赤い屋根の、細長い家のとこ! ナオもいるよ!」
「わかった、ありがとう! みんな、俺の周りに集まって」
ナオとの戦闘訓練で、俺は魔法の使い方を試行錯誤した。
炎、水、風、土。
とにかく基礎から、着実に。
そしてこの膨大な魔力を扱いきれるように。
既に『勇者』の力を使いこなしているナオとは違い、俺は力を手なずけるのに苦労した。
だがそれでもなんとか、以前なら暴発した時に出ていたような威力の魔法を、意図的に使えるまでになったのである。
さあ、訓練の成果を見せる時だ。
俺は頭の中にイメージを思い浮かべる。
手のひらに、先ほどとは異なる力が集まるのがわかった。
「はああっ!」
気合いの声と共に床に手をつき、魔法を発動させる。
ボコ、と音を立てて床が浮いた。
正確に言うなれば、みんなが乗っている部分をくり抜き浮かせたのだ。
くり抜かれた床は分厚い石板と化し、俺たちの体を持ち上げる。
「ヒトギラ、障壁をお願い!」
「ああ」
これで落ちる心配は無いはず。
「よし、行くよ!」
俺は全力で風を巻き起こし、石板を飛ばした。
ぐん、と体に圧がかかる。
前方を確認。
目標である赤い屋根の建物がぐんぐん近付いて来る。
軌道は問題無しだ。
アルケとナオの姿も見えてきた。
2人がこちらに気付く。
もう一度、床もとい石板に手を当てる。
建物にぶつかる直前、今度は俺たちを直接浮かせるように風を起こした。
石板はそのままの勢いで建物に突っ込み、遅れて俺たちはふわりと着地する。
無事成功だ。
……建物以外は。
風魔法でここまで来られたら一番いいんだけれど、あれは意外にコントロールが難しいため、結局この方法しか無かったのだ。
ですからどうか許してください、と建物の主に心の中で詫びる俺であった。




