城下を覆う影
入って来る時に空けた穴を通り、外に出る。
門には向かわず、付近の階段から城壁に上った。
魔王城は小高い丘の上に建てられている上に土台がやたら高く、少し下に視線をやると城下から遥か遠くまで見渡せる。
しかし、その様子が何やらおかしかった。
「黒い、影……?」
城下町を埋め尽くさんばかりに、謎の黒い影が蠢いている。
よくよく見てみると、それはイリアとの戦いで出現した黒い兵士たちだった。
先ほどとは違って武器を持っていないようだが、数が尋常ではない。
影の兵士たちは決して遅くはない速さで、そしておそらくは魔王城を中心にして外側へと進んで行っている。
まるで、黒い波のように。
「ねえ。これ、増えてるよね」
ナオが呟く。
言われてみればそうだ。
例えば10人が列になって進む時、全体が1歩前進すれば背後に1歩分の空白ができる。
それが道理だ。
にもかかわらず、影の兵士たちの群れは一向に空白を見せない。
水を注いでいる限り、水たまりがどんどん大きくなっていくがごとく。
彼らは増え続けているのである。
「急ぎ、誘導組のところまで飛ぶ。さあみんな、行くぞ!」
ゼンは魔物に姿を変え、俺たちを背に乗せるや否や高速で飛び立った。
視界にあるのはゼンの背中だけだが、この下にあの大量の兵士がいるかと思うとゾッとする。
「おーい! ゼン、ここだー!」
やがてゼンが減速し始めた辺りでジェシカさんの声がし、ふわりと着地する感覚があった。
顔を上げて、周りを見る。
どうやらここは、城下町の外れにある建物の上らしかった。
まだ影の兵士は来ていない。
「大変なことになっちまったね。まったく、うじゃうじゃと気味の悪い奴らだよ。手下どもはどうなってる?」
苦い顔をしながらジェシカさんが言う。
「イリアは撃破した。アルケは現在地不明、それから魔王城にいた者は2人に皆殺しにされたそうだ。そっちのみんなは無事か?」
ゼンは人型に戻ると、魔王城あるの方角やその反対側を見つつ問うた。
「無事だよ。民間人は丘まで、レジスタンスのみんなもその辺りまで退避してる。ここにいるのは、あたしだけさ」
「そうか、よかった。他支部からの増援はどうなってる?」
「じきに到着する」
「なら第三支部・本部と合流させた後、影の兵士たちとの交戦を開始してくれ。奴らは増え続け、同心円状に前進し続けている。少なくとも隊を4つに分けて当たるよう伝えてほしい」
「あいよ」
ジェシカさんは懐から何かを握るようにして取り出し、手のひらを上に向けてそっと開く。
すると魔王城内で見たあの白い蝶が何匹か、彼女の手からひらひらと空へと舞って行った。
「それで、キミがここにいるということは何か掴んだんだろう?」
「おうとも。察しが良くて助かるよ、リーダー」
不敵に笑い、ジェシカさんはゼンの肩を叩く。
「あの影どもは見ての通り、生物じゃなく魔法だ。もちろん、動力源は魔力。だからそこを断てば、と思って探りを入れてみたのさ。そしたらね」
彼女の指が魔王城を指した。
「あそこだったんだ。奴らを生み出し、動かす魔力は魔王城内から供給されている」
「城内から?」
ゼンは怪訝な顔をする。
それもそのはず、だって魔王城にはもう誰も残っていないのだから。
……いや、正確に言えばただ1人を除いて、か。
「魔力の出所は……魔王自身、だと思う」
俺は直感に従い、考えを口にする。
ゼンたちが目を丸くして俺を見た。
「眠ってる魔王がどうやって魔力を供給しているのかはわからない。でも、たぶんそうだよ」
「おれもそう思う。なんかこう、特別な感じがするんだ」
賛同するナオ。
『勇者』である彼も、感覚的に理解しているようだ。
「そうか。キミたちが言うなら、間違い無いな。うん、では魔王城に戻り、早急に魔王を撃破しよう。ジェシカ、キミは引き続き第三支部の指揮を」
「了解。気を付けるんだよ」
くるりと背を向け、ジェシカさんは屋根の上を渡り丘の方へと去っていく。
「さあみんな、魔王城へ戻ろう。行ったり来たりで悪いが、まだ油断はできないからな」
「ゼンこそ、魔力は大丈夫?」
「ああ、心配無用だ!」
俺たちを乗せ、ゼンは力強く羽ばたいた。
……さっきのジェシカさんとの会話、もっと言えばイリアとの戦いの後の会話でも。
彼は少しも感情の揺れを見せなかった。
魔王城の人たちを救えなくて、しかも意図せずしてイリアを死なせる結果となったばかりにもかかわらず、だ。
ゼンがあれらのことを気にしていることくらい、彼を見ていればすぐにわかる。
だが彼はあくまで「レジスタンスのリーダー」として振舞った。
「どんなことがあっても、心を殺してはいけない」と俺を諭してくれた彼だが、彼こそ自分の心を殺しているのではないか。
俺はそのことが、本当は魔力のことなんかよりずっと心配なのだ。
……と、これを言っても本人はいつものように「大丈夫だ!」と笑うだけなのだろうけれど。
「突っ込むぞ!」
最初の突入の時と同じような衝撃、壁の崩れる音。
目を開けると、そこは広めの部屋だった。
「ここはどの辺り?」
俺はゼンから降りながら尋ねる。
「5階の、正面から見てちょっと右らへんだ。挟み撃ちを警戒する必要は無くなったからな、直接上階に来た」
そっか、ここが5階……。
部屋の中をぐるりと見回した。
壁を破って突っ込んだせいで瓦礫が転がっていたり、そこかしこにひびが入ったりはしているが、他の場所同様、上等な造りだ。
しかし、なんだろう。
いやに虚しい雰囲気がある。
戸の付いた背の高い棚、分厚いカーペット、柔らかそうな椅子、綺麗なテーブル。
おかしなところはひとつも無いのに。
「……この部屋、何のためにあるんだろう」
フワリが呟く。
「誰にも向けられてない。誰の影も無い」
「え、どういうこと?」
いつにも増して奇妙な物言いに、アクィラは首を傾げた。
フワリは「そのままの意味」とだけ。
でも俺には、彼の言っていることがなんとなくわかる。
なんとなく、だから改めて説明しろと言われたら困るけど。
俺たちは部屋を出、魔王の元へと歩を進める。
魔王の部屋があるからか、通路は1階や2階よりも豪華であったが、やはりそこはかとなく空虚であった。
こんなに豪華な建物に対して抱くにはおかしな感想だが、そう、まるでハリボテのような……。
道なりに奥へ奥へと歩いていると、どこからかカタンと物音がした。
「む。今の、聞こえたか?」
「はいはい! あたし聞こえた! あそこの部屋からだよ!」
自信満々にバサークが片方の手を挙げ、もう片方の手で前方の扉を指す。
「ふむ、怪しいな」
「なんで?」
「この扉の向こうの部屋の、さらにもうひとつ奥が魔王の部屋だ。そんなところにいる人物なんて、1人しか考えられない」
魔王の部屋の前で、俺たちを待ち構えているであろう人物。
……魔王の手下、幹部であるアルケだ。




