一撃必殺
イリアは浮上し、俺たちから距離をとってから再び刃で攻撃を始めた。
「手数なら負けないよ」
以前の戦闘で『影の会』のボス・ガルディさんがしたように、ナオが矢で迎え撃つ。
『勇者』の力が込められた光の矢は、いともたやすくイリアの刃を打ち消していった。
「この力……あなたが『勇者』?」
「そうだよ。なに? 怖気づいた?」
「ううん。でも、あなたはここで……」
イリアの手に多量の魔力が集中する。
高威力の魔法でナオを狙い撃ちする気だ。
「だーめ! それよりあたしとも戦ってよ!」
すかさずバサークが跳躍し、彼女を羽交い絞めにした。
「っ邪魔……!」
「あえ?」
文字通り掌を返し、イリアがバサークの方に手を向ける。
魔法は発動されんとしたままだ。
これではバサークに、「殺してはいけない」対象に魔法が当たってしまうというのに、イリアはちっとも躊躇していない。
「バサーク!」
エラが小さな火の玉を撃ち込む。
火の玉はイリアの腕に直撃し、その隙にバサークは彼女から離れて地面に降り立った。
「ふう、危ないところじゃったのう」
「びっくりした! ね、イリア、あたしたちって殺しちゃ駄目なんじゃないの?」
戦っている相手に対するものとは思えない朗らかさで、バサークは問う。
「え? ……人間と精霊はそうだけど、あなたは違うよ。あ、あと『勇者』も違う」
素直な返答に拍子抜けすると共に、その不可解さに俺たちは首を傾げた。
ゼンとナオを除いた俺たち8人の中で、バサークだけが異なるとはいったいどういうことだろう。
「どして?」
「知らない。魔王様が、そう言ったから」
イリアは淡々と答える。
「魔王様……。そう、ぜんぶ、魔王様のため。魔王様の邪魔をするなら、みんな殺さなきゃ」
ぴり、と空気が変わった。
彼女が懐から何かを取り出す。
それは小さなガラス玉だった。
「魔王様の世界に、あなたたちは要らない」
イリアの細い指から、ガラス玉がぽろぽろと零れ落ちる。
数十のそれらは何に抗うこともなく、乾いた音を立てて床にぶつかった。
「む、何か来るぞ」
エラが呟くのと同時に、ガラス玉がはじけて中から黒い影が溢れ出す。
影はもやもやと形が定まっておらず、しかし次第に人の姿へと変化していった。
真っ黒な兵士たちが、俺たちに剣を、槍を向ける。
「固有魔法……ではないのう。魔法道具じゃな」
少しも驚いた様子を見せずに、エラは冷静に言った。
魔法道具ということは、おそらくアルケが以前言及していたもの同様、魔王自ら作成したものだ。
「数が多ければ質は低い」は期待できなさそうである。
「行け」
イリアが命ずると、一斉に兵士たちが動き出した。
こうも大勢に阻まれては彼女に攻撃をしかけられない。
ひとまず兵士たちを倒し、道を切り開かないと。
「任せて」
フワリの声。
ふ、と風が頬を撫でる。
すると次の瞬間には、目の前の兵士たちが4人ほどまとめて吹き飛ばされていた。
いつの間に跳躍していたのか、すとんと着地するフワリ。
派手な上着がひらりと揺れた。
「ボク、こういうのが一番得意なんだ」
彼は拳を握り、にこりと笑う。
こういうの、とは1対多数の対人戦のことだろうか。
確かに彼は【格闘家】であるのだが、なぜそこに特化しているのかが甚だ疑問である。
聞かない方がいいやつかもしれない。
「あたしもやるー!」
つられてバサークも兵士たちを投げたり蹴り飛ばしたりし出す。
「よし、では近接組で兵士の相手を! 遠距離組はその間にどうにかイリアを地上に下ろしてくれ!」
ゼンは無機質な動きで迫り来る兵士たちの攻撃を受け止めつつ、指示を出した。
「下ろせるものなら、ね……!」
雨のように刃が降り注ぐ。
先ほどよりも格段に数が増えているが、それだけに彼女も余裕が無くなってきているのだろう。
俺も兵士の1人に斬りかかる。
手ごたえがあるような無いような、微妙な感触ではあったものの、兵士の中で確実に何かが「減った」のがわかった。
うん、いける。
強いには強いが、落ち着いて戦えば勝てない相手じゃない。
少なくとも、イリアやアルケよりは格下だ。
ちら、と見やると、当のイリアとヒトギラたちは一進一退の攻防を続けていた。
どちらも相手の攻撃を相殺するので手一杯、といった感じだ。
ヒトギラだけでなく、あのエラや『勇者』のナオまで同時に相手取り、互角の戦いを見せるとは……。
早くこの兵士たちを片付け、加勢したいところである。
「おっと!」
「うわっ!?」
不意に、視界の端でゼンとトキがぶつかった。
2人はトキを下にするようにして、どさっと倒れ込む。
その隙を狙って剣を振りかざした兵士を、俺は慌てて後ろから斬った。
兵士は俺に注意を移し、2人には背を向ける。
ふう、肝が冷えた。
「ちょっとゼンさん、重いんですけど! 早くどいてください!」
「ああ、すまんすまん!」
「ちょっとどこ触ってるんですか!? 訴えますよ!?」
「む、いや悪い! 手が滑っただけだ!」
……一応いま、殺されるかどうかの戦闘をしてるはずなんだけど。
大丈夫なのだろうか。
「ナオさん、ヒトギラさん、エラさん! 援護しますから、一気に押してください!」
わちゃわちゃしつつも立ち上がったトキが、言うが早いかイリアと交戦しているみんなに強化魔法をかける。
「あいわかった! 行くぞ2人とも!」
エラたちが撃ち込んでいる魔法や矢の威力が、目に見えて増大した。
「くっ……これしき……!」
呼応するように、イリアも刃をいっそう速く、そして多く飛ばす。
また変形していない方の腕――傷付いた左腕で、あの光の魔法を撃ち始めた。
それぞれの力がぶつかり合い、びりびりと空気が震える。
光やら炎やらで、彼女らの方がよく見えない。
と、その時。
「はああっ!」
力強い声と共に、ゼンが何かを投げた。
それは彼愛用の大剣。
空気を裂き、エラたちの魔法の中を一直線に突き抜け、イリアに向かって行く。
「っ!?」
俺同様、魔法のぶつかり合いで視界が悪かったせいか、彼女は意表を突かれた様子だった。
しかし間一髪のところで右に避けられ、大剣は左の腿を軽く裂くのみに終わる。
そのまま行っていれば足に直撃していただろうに。
「私は、負け、ない!」
追い打ちをかけるがごとく、イリアが渾身の力で風魔法を放ち、兵士もろとも俺たちを吹き飛ばした。
強力な魔法に耐えかねた兵士たちは霞のように消え、俺たちは壁や柱に打ち付けられる。
「これで、おしまい……」
イリアは腕をさらに大きな刃物に変え、振り上げた。
が、次の瞬間。
「あ、れ……?」
彼女の体がぐらりと傾き、受け身をとることもなく倒れ込んだ。
起き上がろうと手をつく彼女だが、中途半端な姿勢でがくがくと震えるばかり。
少しするとその状態すら維持できず、完全に伏してしまった。
「や……やったーーー!!」
トキの心底嬉しそうな声が響く。
……と、いうことは。
「ねえ見てくださいよ! あの実に理想的な反応! 想定と寸分違わぬ症状の出方! 最高じゃないですか!?」
案の定、イリアが急に倒れたのは、彼の毒によるものだったらしい。
けれどいったい、いつ毒を盛ったのだろう。
俺が挟み撃ちをしようと通路を回り込んでいた時?
その後わかれて、俺たちと合流する前?
それとも……。
「あ、もしかして大剣に?」
「うん、そうだぞ! わざとぶつかって倒れた時に、トキの毒を拝借させてもらってな! 刃に塗っておいたんだ!」
上手くいってよかった、とゼンは笑った。
となると、あの茶番のような会話は、本当に茶番だったというわけか。
「対魔族専用の麻痺毒です。原液ではないので死には至りませんが、あと半日はあのままですよ!」
ニコニコと解説するトキ。
相変わらず恐ろしいものを作るなあ。




