物騒で平和
「じゃあ次に、件の手下2人について説明する。1人目はイリア、推定20代の女性だ」
ゼンがひらりと1枚の紙を宙に浮かせる。
そこには女性の似顔絵が描かれており、またそれは『友好会』で見た彼女と同じ姿だった。
「彼女は左耳に、特徴的な形の耳飾りをしている。魔王の手下……中でも上位の者、幹部である証だ」
なるほど道理で強いわけだ、と俺は納得する。
あの時は、狭い場所での戦闘だったとはいえ、数は俺たちの方が上だった。
にも関わらず、彼女は勝るとも劣らない戦い振りを見せたのである。
「イリアは腕を刃物に変形させ、そこから小型の刃を飛ばす固有魔法を使ってくる。加えて魔力量がかなり多いことがわかっている。複数人に対して拘束魔法を発動したまま、強力な攻撃魔法を撃てるほどだ」
「ふむふむ。聞いた感じじゃと、遠距離では有利をとることが難しそうじゃな?」
「ああ。彼女は浮遊魔法も得手としているが、その分、近接戦には慣れていないと思われる。戦闘になった時はとにかく接近、そして逃げられないうちに撃破してしまうのが理想だな」
ゼンは女性の似顔絵の紙を下ろし、代わりに別の似顔絵が描かれた紙を浮かべた。
商店を襲撃した、翼の少年だ。
よっぽど思い出したくないのだろう、ヒトギラが盛大に顔をしかめる。
「2人目はアルケ、推定10代の少年。こちらは耳飾りを右耳に付けている。腕の代わりの翼を利用して、急降下と攻撃、浮上を繰り返す戦法を基本とする。が、最も警戒すべきはその固有魔法だ」
それまでいつもの調子で話していたゼンもまた、やや眉間にしわを寄せた。
「彼の放った炎は、ひとたび付着すると対象を焼き尽くすまで絶対に消えない。他のものに燃え移ることはないが、少しでも喰らってしまったらそれだけで致命傷になり得る。対処法は炎の付いた部分を切り落とすことだけ。だから、何が何でも彼の炎だけは避けてくれ」
非戦闘員の人たちを、わざと苦しむように殺した彼のことだ、きっと今回の戦闘でも容赦なく固有魔法を使用してくるだろう。
ともすれば、イリアよりも優先して無力化する必要があるかもしれない。
陽動班として、きっちり彼の目を引きつけなければ。
「最後に、これが魔王城の見取り図だ」
ひときわ大きな紙が掲げられる。
同じ図形が7つ描かれており、それぞれが異なる区切り方をされていた。
建物の見取り図なんて初めて見たけれど、とにかく魔王城が凄く大きく、造りが複雑だということだけはわかる。
「各支部の入手した情報を元に、できるだけ正確に作ったものだ。多少の差異はあれど、おおまかな構造は実物と同じだと考えていいだろう。魔王がいると思われるのはここ、5階の大部屋だ。2度目の突入後はここを目指して進むから、場所を覚えておいてくれ。まあ奥に向かえばおのずと辿り着く」
「あれ? ねえねえゼン、6階と7階のとこ、なんにも描いてないよ?」
ふいにバサークが言う。
彼女の言う通り、7つの図形のうち「6階」「7階」と添え書きのされたものだけは、区切りの線が1本も描かれていなかった。
「うむ、実はだな。どんなに調査をしても、ここだけは何がどうなっているのか全然わからなかったんだ。それどころか、6階へ繋がる階段すら確認されていない」
「私がいた頃も、7階は魔王様以外は誰も入ったことがないし入ってはいけない、ともっぱらの噂でした。それと、6階も幹部の方しか入ってはいけないというのは、規則ではっきりと定められていましたね」
そういえばククは最初、使用人として魔王城で働いていたんだっけか。
実際に出入りしていた人の言うことだから、それは確かなのだろう。
「何か……例えば、魔王にしか使えない秘密兵器なんかが隠されているのかもしれん。警戒するに越したことはないが、ひとまず6、7階は無視して攻略しよう」
言いながら、ゼンは見取り図をくるくるとしまった。
そして懐から封筒を取り出し、ジェシカさんに手渡す。
「細かい分担はここに書いてある。ジェシカ、第三支部の指揮は頼んだぞ。カランは全員に蝶を飛ばす準備を」
「了解」
「はーい」
「それとクク、第一支部に連絡を回してほしい」
「わかりました、ただちに!」
「オレは第二支部へ向かう。残りのみんなは戦いに出る準備をしておいてくれ。太陽が真上まで来たら作戦開始とする。以上、解散!」
ゼンとククが慌ただしく出て行き、ジェシカさんとカランも足早に部屋を後にする。
「ええと」
それを見届け、リーシアさんが迷い迷いに口を開いた。
「皆さん、急なことで驚かれているでしょうけれど……ゼンの言うことですから、決して無茶無謀ではありません。これが最善だと判断しての決行です。ですからどうか、彼を信じてください」
「リーシアさん……」
不思議と、俺はその言葉に深い共感を覚える。
出会って数日の仲だが、ゼンは信頼に値する人物だと、魂がそう言っているようであった。
さて、正午までというのは意外と短く、しかしもとより荷物の少ない俺たちが準備を整えるには十分な時間だった。
追加の持ち物といえばエラが全員に配ってくれた謎の札くらいで、装備だけなら本当に「いつも通り」といった感じだ。
こんな一大決戦だからこそ、却ってその方が良いのかもしれない。
「皆さん、どうかご武運を」
「がんばってね~」
リーシアさんとカランに見送られ、俺たちは地上へと移動を始める。
魔王城への奇襲という形をとる都合上、レジスタンスが動いていることは、ギリギリまで知られないようにしなければならない。
よって顔の割れている彼らは、俺たちが出発した後に支部を出ることになっているとか。
「魔王軍っていっぱいいるんだよね?」
「藪から棒に何ですか、バサークさん。そうですけど何か?」
「ふふふ! じゃあたーっくさん戦えるってことだ!」
「まったく、遊びに行くんじゃないんですよ」
「そういうトキくんも、すごく楽しそうに毒用意してたよね」
「ぐっ……」
地下通路を歩いて行く中で、緊張感の無い会話が繰り広げられる。
ちなみに先ほどトキの部屋に様子を見に行ったら、おはな組の仕事そっちのけで作っていたのではないか、と思うほどにおびただしい数の毒の前で熟考する彼の姿があった。
いったいあれらの内、いくつを持ってきたのだろう。
「ほんと物騒なのか平和なのかわかんない連中だよね、あんたたち」
呆れたふうにナオが言った。
「こんな変人だらけで、よく冒険者パーティーなんかやってこれたもんだよ」
「あはは……」
「言っとくけどあんたが変人筆頭だからね?」
「え、俺!?」
心外である。
別に変人が悪いとは思わないが、俺はこの中ではごく平凡だという自負があるのに。
「あら、フウツさんを変人呼ばわりするとは、命知らずなお子様ですわね」
「うわ出た」
「その生意気な口、縫い付けて差し上げてもよろしくてよ」
「貴族ってみんな沸点低いの? おれ知らなかったなあ」
「私も存じ上げませんでしたわ。こんな礼儀を欠いた人間がいるなんて」
「礼儀以前の問題がある奴に言われてもなあ」
「2人とも、お願いだからちゃんと敵と戦ってね……」




