決戦へ
決戦の準備は着々と進んだ。
魔法の開発や情報収集、他支部・組織との連携、等々。
その間、俺とナオは戦闘訓練に時間を費やした。
俺たちは、対魔王戦の主力として機能しなければならない。
ナオの方は既に力を使いこなせているが、俺はまだ咄嗟に適切な力を出すことができないでいる。
加えてナオ曰く、単純に力の大きさを比べた際、『勇者』のよりも俺の持つ魔王の方が少々上回るという。
俺と魔王は同じだけの力を有しているため、彼1人では魔王に勝てないとのこと。
すなわち、俺が十分に力を扱えるようにならないと、それだけ勝ち目が薄くなってしまうのだ。
「フウツ、さんってさ」
訓練の最中、ナオが言った。
「悪いことしたことないでしょ」
「え、あるよ? 騎士団の牢から脱走したり、建物の天井吹っ飛ばしたり」
「いや、そういうんじゃなくて。脱走の件は騎士団に非があるし、闘技場の件も事故なんでしょ。おれが言ってるのは、自分ひとりの利益のために人を傷付ける、みたいなこと」
自分だけのために他人を……。
言われてみれば、そういったことをした覚えは無い。
「たぶん、そこなんだよね」
「どこ?」
「自分勝手さが足りない」
ナオは俺をびしっと指差す。
「常に周りに遠慮してるっていうかさ。そもそもあんた、いざとなったら魔王に乗っ取られる前に死ねばいいや、とか考えてない?」
「う……。ま、まあ奥の手として……」
「じゃあ今すぐその奥の手捨てて。あんたは何が何でも生きて勝つ。魔王には何ひとつくれてやらないって誓え」
「でも」
「でもじゃない。もっと貪欲にならないと、その力を従わせることはできないよ」
俺は返答に困り、押し黙る。
彼が何を言っているのか、よくわからなかった。
否、言わんとすることは理解できるんだけれど、納得がいかない。
自分のために力を使う、人に危害を加える……。
うん、別に生きるためならそういう手段をとることくらい、珍しくないと思う。
生きるための盗みなんかが良い例だ。
確かに良いことではないが、完全に悪とも言い切れない。
方法が他に無いのなら、仕方ないだろう。
必要に迫られなかっただけで、もしそういう状況に陥ったら俺もそうする。
俺だって死にたいわけじゃない。
今回も、死ななくて済んだらそれが一番で、ただ魔王が力を取り戻してしまうくらいならば俺が死んだ方が良い、というだけだ。
それに、自分勝手さが足りないとナオは言うけれど、俺はもう十二分に自分勝手だ。
だって世界の危機より仲間であるデレーたちの気持ちを優先し、『魔王の器』でありながら今もこうして生きているのだから。
「俺、何か変かな……?」
率直な疑問をぶつけてみる。
するとナオはびっくりしたように目を見開き、かと思えばすぐにムッとした顔になり。
「あの過保護たちの気持ち、ちょっとわかったよ」
そう言って、溜め息をつくのであった。
そんなこんなで、決戦まであと14日となった朝のこと。
「おはよう、みんな!」
会議室に集められた俺たちの元に、ゼンがやって来た。
彼は注目の中、一呼吸おいて口を開く。
「突然だが午後から魔王城に突入するぞ!」
沈黙。
「え――」
午後から、魔王城に、突入する。
その台詞が、ゆっくりゆっくり、音から言葉へと変わっていく。
「ええええええええ!?」
やがて意味を理解した俺たちは、一様に叫んだ。
「なん……えっ、なんでですか!?」
あまりに予想外で予定外の発言に、たまらずリーシアさんが問う。
彼らしからぬ慌てっぷりだが、これに関しては致し方ない。
さっきまで突っ伏して半分寝ていたカランでさえ、体を起こして目をまん丸にしているほどだ。
「本部の会議でそう決まった。オレたちが動いていることが魔王の手下に知られたこと、『勇者』が加わり必要材料が揃ったこと、その他諸々を加味して決戦を早めることにしたんだ」
「いつの間におれのことを?」
ナオは「なんだお前は」と言わんばかりの訝しげな視線を送る。
「ふっふっふ。リーダーたるもの、各支部のことくらい把握できなくてどうする? ああそうだ、まずは初めましてだな! オレはゼン。よろしくなナオ!」
「え、ああ、うん」
が、そんなものを気にするわけもなく、ゼンはナオの手をとってぶんぶんと握手した。
いつにもまして勢いのある彼に、ナオはたじたじである。
「さて、では作戦の概要を発表する。よく聞いておいてくれ!」
次いでゼンは地図を広げ、さっそく説明に入った。
そこには魔王城を表すであろう城のマークと、レジスタンスの支部本部と思しき丸印が描き込まれている。
こうして見て初めて、本部の次に魔王城から近いのが第三支部だということに気付いた。
「まず知っての通り、魔王城があるのがこの『中央の大地』だ」
ゼンはそう言いながら、地図の真ん中を指した。
「ここには本部である水族館の他、普通に街があり、多くの人が住んでいる。魔王との決戦にあたり、彼らの避難が必須だ」
確かに、少なくとも水族館周辺は人間界の王都と同じくらい栄えた街だったな、と思い出す。
「だからまずは陽動を行う。ちょうちょ組始め情報収集班によると、魔王側で警戒すべき人物は2人。詳しくは後で解説するが、両者とも魔王のためとあらばいかなる残虐行為も厭わない性格だ。よって、住民を避難させるにはまず彼らを引きつけなければならない」
リーシアさんから人型の駒を2つ受け取り、ゼンは地図の上にそれらを並べた。
「だが彼らも馬鹿ではない。本気でいかなければ、すぐに陽動だとバレてしまうだろう。そうなった場合、彼らがすぐに住民に矛先を変えることもあり得る。というわけで、だ」
2つの駒の正面に、大きい三角形の駒を置く。
「魔王城には、オレ、ナオ、そしてフウツら8人の合計10人で突入する。主力を全てぶち込むんだ」
「ちょと待ってください」
トキが手を挙げた。
「最初の3人はわかりますけど、どうして僕たちもなんですか? エラさんやバサークさんはまだわからなくもないですが、主力とは言い難いのでは?」
「いや、キミたちの力は必要だ。なぜなら魔王の手下たちは、キミたちを殺せない。各協力者候補の元を回った際、2人と交戦したんだが、そのことがはっきりと言葉にも態度にも表れていた。情報収集班も、魔王軍の兵士が『器と仲間の人間たちは殺すな』という旨の命令を受けている、との情報を掴んでいる」
ゼンが言う2人の手下とは、『友好会』の事務所を襲撃してきた女性と、その後に襲って来た少年に違いない。
2人とも、なぜか俺たちを魔王の元へ連れて行こうとしていた。
おそらく、魔王自らが手を下さねばならない理由があるのだろう。
「これはあくまで陽動だ。とにかく目立ち、そして死なずにいることに意味がある」
三角形の駒で2つの駒をつつき、彼は言った。
「その隙に他のメンバーで避難誘導だ。無論、魔王城から一番近い、本部のみんなも誘導に加わる。ある程度まで避難が済んだら、陽動組はいったん城から離脱。誘導組と合流して魔王軍と全面衝突をする」
さらに大きな三角形の駒が、魔王城の前に置かれる。
「この時点で、数としては向こうが勝っているだろう。ゆえに、悪いがその状態で少し粘ってもらう。そうして相手を油断させたところで、第一・第二支部や協力組織からの戦力を投下。一気に攻める」
新たな駒に押しのけられ、大きな三角形の駒は場外に出された。
「そして再度、魔王城に突入。2人の手下を倒し、眠る魔王にとどめを刺す。……といった感じだ。理解できたか?」
陽動、離脱、軍を突破して再突入、手下を退け魔王を撃破……。
俺は大丈夫、と言う代わりに頷いた。




