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理想の未来

 休憩室を出た俺たちは、建物の中心部に位置する「海の記憶」という部屋に来ていた。


 丸く大きな部屋は天井が高く、この一部屋でおそらく2階分はあるだろう。

 その真ん中には円柱型の水槽が支柱のように据えられ、中を大小様々な魚たちが泳いでいる。


 よくよく見ると海藻も揺れており、名前に違わずそこには海があった。


 さらに特筆すべきことは、これらの生物がみんな、人間界にいるものと同じ見た目をしていることだ。


「この水槽の生き物たちは、みんな模型だ」


 水槽を眺めながら、ゼンは言う。


「それぞれの行動パターンを魔法式に組み込んで、生きてるみたいに動かしている」


「よくできてるね」


「ふふ、そうだろう! ああ、フウツは手記を読んだんだったな」


 手記、というと第三支部でリーシアさんに見せてもらったあれだろうか。

 レジスタンスの初代リーダーが記した、魔王の凶行を証言する手記。


 確かあそこには、魔王の手から守ることのできた書物はごくわずかだったとか、それを守らねばならないとか書いてあったな。


 俺は、おそらくゼンの想像しているものと同じだろう、と首を縦に振った。


「特にこの部屋は、ああいう書物にあったわずかな記録や情報を元に作られてるんだ。先人たちやみんなの研究の甲斐あって、こうして厄災以前の水生生物を再現できているってわけだな!」


 要所要所の言葉をぼかしながらゼンは語る。


「厄災以前の魔界は、人間界と同じような場所だったんだと考えられている。海があり、空は青く、美しい自然が広がる、そんな場所だ」


 俺は彼の言うような「厄災以前の魔界」の風景を想像しようとしたが、人間界の風景にすり替わってしまった。

 どうしても見慣れた方に引っ張られるのだろうか。


「生き物は無理でも、空の色くらいは治せないのかな」


 あの赤い空を見ているとなんだか不安な気持ちになるし、という続きは飲み込んでおいた。


「どうだろうなあ。そもそも厄災……『黒き波』がどういう魔法で、どういう影響を与えた結果ああなったのかがさっぱりだからな。『黒き波』の詳細についての記録は全く無いし」


「そっか……」


 まあ、それはそうだ。


 初代リーダーの手記にも、魔王が書物を焼いたと書いてあった。

 聞くだけでも恐ろしいあんな魔法のことを、使った本人が後世に残そうだなんて思うわけがない。


「でも……やっぱり、なんとかして元に戻したいとは思うぞ! 青い空の魔界は、今よりずっときれいだろうしな!」


 水槽の中を悠々と泳ぐ魚たちを眺め、ゼンは微笑んだ。


 それから俺たちは、ひと通り水族館内を見て回った。

 群れを成す魚の部屋、クラゲのような生き物が集められた部屋、特に変わった形の生き物の部屋。


 すべてを巡り終え外に出ると、少し日の光がいつもより眩しく感じられた。


「どうだった?」


 水族館からやや離れたところまで来てから、ゼンは問う。


「悪くなかった」


 そう答えたのはヒトギラだ。


 答える速さも言葉選びも、彼にしては珍しい反応である。

 それほどまでに気に入ったのだろう。


 彼に好きなものが増えるのは良いことだ、と俺は内心、微笑んだ。


「貴重な体験でしたわ。人間界にもあればと思うのですけれど……魔力的に無理がありますわね」


「うーん、そうだな。人間の魔力量じゃ維持は難しいかもだ!」


 あれだけの種類の生き物がいるということは、同じ分だけそれぞれに適した水槽を整えなくてはいけないということ。

 俺では想像もつかないくらい、いろんな魔法が使われているに違いない。


 人間界でも水族館を作るなら、魔力の消費量を抑えた魔法の開発が必要だ。

 となると、エラみたいな凄く頭の良い人の協力が無いと実現は難しいだろう。


「あ、そうだ。前々から気になってたんだけど、こっちの人たちって人間界のこと、どのくらい知ってるの?」


 ふと思いついた素朴な疑問を投げかけてみる。

 ゼンは「どのくらい、か……」としばらく考え、口を開いた。


「だいたいどんな風景か、とか、どんな生き物がいるか、とか。ぼんやりしてたり細かい情報だったりまちまちだな」


「けっこう偏ってるんだ?」


「ああ。というのも、人間界についての知識っていうのは、1000年前の侵攻から帰った人たちが、見てきたものを話したり書いたりして広まったんだ。だから完全に各個人の主観に依ってて、結果的に偏ってしまってる。もっとも、人間に関してはその限りじゃないぞ! 魔王たちがそれ以前から色々探っていたらしいからな」


 へえ、と俺は思う。

 言われてみれば、初めて行った地で何が印象に残ったかなんて人それぞれだ。

 まして観光ではなく戦いのために行ったのだから、なおさらである。


「あと知識とは別に、人によってはイメージも偏り気味だ。人間は魔族より弱い、動物も魔物より弱い、だから人間界は弱い、みたいな。その流れで魔人を見下す人もいる。魔力量の差とかがあるのは事実だが、彼らはそこを過剰に強調するわけだ」


「一度しか直接会っていない上、当時の純粋な戦力だと魔族の方が有利だったからそうなったのでしょうね。まあ年月を経てイメージが歪むのは歴史の常ですわ。私たちとてそうでしたし」


 確かに、ククに出会うまでは「魔族=人間を襲う、暴れる」っていうのが常識だった。


 今はあまり使われていないけど、昔は「悪の魔族」の略で「悪魔」との造語もあったという。

 ……いや、これ前にどこかの村で言われたな、俺。


 ともかく人間に対する敵対心も無く好戦的でもない魔族がいるなんて、以前は考えもしなかったことだ。


「実際に会ってみないとわからないものですわね」


「ほんとにな。……キミたちが魔界に来てくれて、よかった」


 ゼンはそう言ってから、少し照れくさそうに目を泳がせた。


「実はだな、水族館を見てもらったのはそういうことなんだ」


「どういうこと?」


「キミたちは魔界のことをほとんど知らなかっただろう。だから、何て言うんだろうな。少々おこがましいような気もするが、キミたちに魔界を、ここがどんな場所かっていうことを知ってほしいと思ったんだ」


 いつもの太陽みたいな笑顔ではなく、穏やかな笑みをたたえながら彼は語る。

 見慣れない表情と聞きなれない声色に、自然と意識が引かれた。


「貴重な時間を使うのは多少気が引けたが、決戦が始まってこの水族館が無事である確証は無い。こんな場所にあるわけだしな。だから今日、顔見せのついでにと思って」


「ゼン……」


「この戦いが無事に終われば、キミたちは人間界に帰る。その時に……向こうの人たちに、魔界がどんなところだったのか、伝えてくれないか。それで」


 ゼンの髪がふわりと風になびく。


「もし、もし叶うのなら。魔族と人間が仲良くなって、お互い手を取り合える世界にしたいんだ」


 それは静かな、しかし確かな夢のようであり、同時に誓いのようでもあった。


――決戦まで、あと17日。

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