水族館
「ちょっと堂々としすぎではございませんの?」
「障壁も何も無い……正気か?」
あまりの潔さに目を疑うデレーとヒトギラ。
俺も同感である。
「まあまあ。あれを読んでみろ」
そう言いながらゼンが示したのは門の上部。
見ると、何か文字が刻んである。
「スイ……ゾク……カン? どういう意味?」
全く聞いたことの無い単語だ。
魔界特有の何かだろうか。
「この施設の名だ。水の中に住む種族の館、で水族館」
「ええと、水の中に住むって言ったら、魚とか貝とかだよね。ああいうのがいるの?」
「ああ。百聞は一見に如かずだ、行こう!」
本部に向かうのではなかったのか? と、俺たちは首を傾げながら彼に続く。
建物に入って行くのは俺たちだけではなく、一般人と思しき人々も続々とやって来ていた。
1人だけの人もいれば、子ども連れの親や、睦まじい様子の若者たちもいる。
誰も彼も皆、楽しそうな表情だ。
レジスタンスの本部に向かう人の顔とは思えない。
となると、やはりここはただの「水族館」なる施設なのだと納得せざるを得なくなる。
開けっ放しの大きな入り口から中へと足を踏み入れると、少し薄暗い玄関ホールが俺たちを出迎えた。
天井から吊り下げられた、魚の形のランプがぼんやりと辺りを照らしている。
白や青の淡い光を放つそれらは、ホール全体の荘厳な造りと相まってとても幻想的な雰囲気を醸していた。
一方で壁際には長い机が設置され、数人ほど人が座っている。
どうやら受付らしく、客たちは皆一様にそこでお金を支払っていた。
「4人で頼む」
ゼンも彼らにならい、銀貨を4枚取り出して受付の女性に言う。
「はい、確かに。それではどうぞ、お楽しみください」
彼女はにこりと愛想よく笑って、先に進むよう促した。
「ありがとう」と軽く手を振ったゼンは、玄関ホールを突っ切り奥の通路へと進んで行く。
入り口には「小さな回廊」と書かれており、なるほどその名の通り狭めの小道が続いていた。
両側の壁には水槽がいくつも埋め込まれ、客たちはそれらを興味深そうに眺めている。
「美術館のようですわね」
「ふふ、そうだろう」
どこか自慢げに言うゼン。
それぞれの水槽に、小魚を始めとした小さな生物たちが入っている。
また傍らには生物の説明文が書かれているプレートも。
どうやらここは、水生生物を飼育・展示・紹介している施設のようだ。
俺はその中のひとつ、ちらちらと瞬く小魚のいる水槽に近付き、まじまじと眺めてみる。
「へえ、これエダカなんだ」
「エダカを知っているのか?」
「うん。俺の故郷にもいたよ……って言っても、光ってはいなかったけどね」
それに記憶が正しければ、俺の知るエダカはもう少し大きかったはず。
目の前の「エダカ」はどれも小指の爪ほどしかない。
まさかここにいる全部が稚魚なんてことはないだろうし、きっと名前が同じだけで、全く別の生物なのだ。
「それにしても、なんでここに来たの? どう見ても、その……本来の目的地じゃなさそうなんだけど。寄り道?」
「いいや、ここが目的地さ」
それだけ言って、ゼンは再び歩き出した。
「どういうことですの?」
「ん? 言葉の通りだぞ!」
「小さな回廊」を抜け、脇道に入る。
少し行ったところに「休憩室 ご自由にお使いください」とある扉があった。
ゼンは扉に手をかける。
そこで、そうか第三支部みたいに地下に隠されているんだ! と俺は閃く。
しかし。
ゼンが扉を開けたことで、その予想はものの見事に打ち砕かれた。
「……あれ?」
扉の向こうに広がっていたのは、そう書いてあった通り、休憩室らしき部屋。
もっと言えば、簡素な棚や机、ソファなどが並べられているだけの小さな部屋だった。
地下に繋がる階段とか、意味ありげな扉とかは一切ない。
「ゼン」
「なんだ?」
「ここはどこ?」
「来館者用の休憩室だ」
「俺たちが向かおうとしてたのは?」
「レジスタンスの本部だ」
「違くない!?」
思わず俺がそう突っ込むと、ゼンはきょとんとした。
それから、ああ、と手を叩き、笑う。
「すまない、言葉が足りていなかったな! この建物は水族館であり、同時にレジスタンスの本部でもあるんだ」
「へ」
水族館自体が、本部?
「つまり……水族館に見せかけてるの?」
「うーん、そうだけどそうでもないな」
ゼンは口元に手をやる。
「この施設はれっきとした水族館だ。然るべき設備を整え、然るべき運営をしている。が、従業員は全員レジスタンスの仲間だ。それも、かなり重要な役に就いている者が多い」
「隠し通路とか隠し部屋とかは?」
「無いな! あるのはただただ、水族館としての設備だけだ。会議室はあるが、開館時間内は原則レジスタンスとしての会話をしない。するなら閉館後、もしくはこうやって休憩室で、だ。その他にも決まり事はたくさんあるが、水族館として不自然な動きをしないのが基本だ」
徹底した隠れっぷりだ。
それならば、魔王城の近くにありながらレジスタンスの存在を気取られないのにも頷ける。
「お待ちくださいまし。それではここが本部である意味が無いのではなくって?」
「いや。そもそもレジスタンスの本部の役割とは、ある物を魔王の手から守ること。だから、見つからないことにこそ意味があるんだ。組織の主要人物が集まっているのも、手段であって目的ではない」
「ある物、とはどんな物ですの?」
「わからん!」
あっけらかんと彼は答えた。
「このくらいの箱に入っているんだが、中身は誰も見たことが無い。とにかく魔王側に渡してはならない物、とだけ言われている」
「確認くらいしても良いと思うのですけれど」
「それがなあ、箱にかかっている……たぶん封印系の魔法がかなり特殊で、誰もその式を解明できていないんだ」
魔法式がわからなくては、再びその魔法を使うことができない。
ゼンの言い方からして、何の魔法かもよくわからないのだろう。
「正体不明だけど不利益を生じさせるものではない」かつ「打ち消したら二度と元に戻せない」のなら、そのままにしておくのが無難だ。
「なんにせよ、よほど魔王に渡るとマズいことになる代物なんだろうな、とはわかる。そんなわけで俺たちはそれを全力で守っているんだ」
「そうでしたのね」
デレーがやっと腑に落ちた、と言うかのように頷いた。
「ということは結局、私たちをここへ連れてきたのは顔見せのためでしたのね? 開館時間内は本部の皆さんとお話しができないとのことですし、察するに時間外では私たちは館内に入れないのでしょうし」
「ご名答! 半分はその通りだ。で、もう半分はだな」
ゼンは部屋の扉を開ける。
「キミたちにこの水族館を見てもらうためだ!」




