本部はいずこ
少年が去って行った空を、ゼンは悔しそうに見つめていた。
「ゼン……」
続く言葉を考えてはいなかったが、俺はそっと声をかける。
彼は振り向き、またいつものように笑った。
「わかっている、深追いは厳禁だ! ひとまず第一支部に戻るとしよう!」
それが空元気であることは一目瞭然だった。
ゼンは早々に踵を返し、剣を背負って歩き出す。
「ま、待って! 左腕、止血だけでもしないと……」
「ん? ああ、これくらい平気だぞ!」
前を向いたまま、彼は言った。
彼が『そう』振舞うのなら、俺も『そう』応える方が良いのだろうか。
考えあぐねた俺は、結局それ以上は何も言わず、ゼンについて行くのであった。
夜もすっかり更けた頃、俺たちは第一支部に帰還した。
「よ! お帰り」
「お帰りなさーい」
「赤、赤、風車」
ウラハとニギ、ジギが出迎えてくれる。
その後ろにはエリダさんもおり、彼もまたひらひらと手を振って顔を覗かせた。
「お疲れさん。っと、怪我してるね。手当てするから医務室においで」
「いや、気にするな! それより報告を――」
「気にするよお馬鹿。報告は後、手当が先。いいから行くよ。ほらフウツたちも」
強引にずるずるとゼンを引きずって行くエリダさん。
口では抵抗するもののそう強くは出られないのか、ゼンは案外おとなしくエリダさんに連れられて行く。
その様子に、俺は少しホッとしながら彼らの後に続いた。
医務室に着くと、エリダさんはゼンを椅子に座らせ、彼の傷口に回復魔法をかける。
数秒もすると、傷は跡形もなく消え去っていた。
「はい、終わり。というかこれ、自分でやったでしょ。頑張るのはいいけど、あんまり無茶な戦い方するんじゃないよ」
「む……すまん」
面と向かって叱られ、ゼンはバツが悪そうに頭をかいた。
「じゃ、報告を聞かせてもらおうかな。あ、適当にその辺の椅子使っていいよ」
エリダさんは俺たちにも座るよう促す。
「『友好会』とはどうだった?」
「途中でトラブルもあったが、無事に共闘の約束を結べたぞ! 全面的にではないが、『影の会』も協力してくれるそうだ。これでかなりの戦力を確保できただろう」
「ふむふむ、それは嬉しい知らせだね。上手く行けば裏社会全体を味方に付けられるかもしれない」
「そうだな。また本部で話し合って来よう」
「うん、よろしく。……それで、商店の方は?」
その言葉に、ゼンの顔から笑みが消える。
「……間に合わなかった。魔王の手下にみんな殺されてしまった。生き残りは、いない」
彼は拳を握りしめてうつむいた。
対するエリダさんは、やっぱりか、とでも言うかのように軽く溜め息をつき、それから口を開く。
「ゼン」
片方だけ見えている目が、諫めるように少し細められた。
「いつも言ってるけど、あんまり思い詰めるんじゃないよ。救えない命なんて、あって当然だ。お前は神様じゃないんだから」
「……ああ」
そうは言うものの、やはりどこか納得しきれない様子でゼンは力なく笑う。
そんな彼に、エリダさんはまた軽く溜め息をつくのであった。
――決戦まで、あと18日。
次の日も、俺たちは朝早くに支部を出発した。
「さあ、今日は本部へ行くぞ! さっそくだが俺の背に乗ってくれ!」
魔物に変身してゼンは言う。
まだどこか覇気の無い感じは残るが、ちょっとは調子を取り戻しているようだ。
「ヒトギラ、魔力は大丈夫か?」
「お前ごときに心配されるほどじゃない」
一方、ヒトギラもなんとか立ち直ったらしく、いつものごとくしかめっ面で嫌味を飛ばしている。
「フウツさん」
「ん、どうしたのデレー」
「うふふ、呼んだだけですわ。なんだか他の人のことばかり考えていらしているようだったので、少々妬いてしまいましたの」
デレーも元気そうである。
それにしても、本部ってどこにあるんだろう。
確か以前、ゼンが「本部は第一支部より見つかりにくい場所にある」と言っていたが……。
ある種の期待を抱きながら、ゼンに運んでもらうことしばらく。
俺たちは例によって、人気の無い丘に降り立った。
「ここに本部の入り口があるの?」
「いいや、あっちの方だ」
ゼンが指差したのは下に広がる街。
しかもよく見ると、かなり近くに魔王城がそびえ立っている。
「あんなところに!? 魔王たちに見つかっちゃわないの?」
「ふふん、大丈夫だ。なに、実物を見ればきっと納得するぞ」
そうして俺たちは丘を下り、賑やかな街の中へと進んで行った。
魔王城が近くにあるということは、ここが王都なのだろう。
今まで訪れた街の中でも、群を抜いて栄えている。
「ち、ゴミ虫が多いな」
行き交う人々を避け、ヒトギラが身を寄せてきた。
と、俺はあることに気付く。
「そういえば……すっごく今さらなんだけど、ヒトギラって魔族も駄目なんだね」
「ああ。人間よかマシだが、しっかり気持ち悪い。急にどうした、気になることでもあったか?」
「えっとね、俺の嫌われ体質は魔王の力のせいだったでしょ? だからヒトギラが俺だけ平気なのもその影響があるんじゃないかって思ったんだけど」
人間も魔族も、ついでに竜人と精霊も彼の嫌悪の対象と判定される。
そこから推測するに、人間っぽい種族は全部そうなのだろう。
しかしそうすると、彼が俺に生理的な嫌悪を抱かないのは魔王の力……ひいては魔界の力を有するからではないということになる。
だって、もしそうなら魔族も嫌悪対象から外れて然るべきだ。
「うーん、結局なんでなんだろう……」
俺は首をひねる。
「別に何でもいいだろ。お前だけは嫌いじゃない、その事実だけで十分だ」
「ちょっとヒトギラさん? 何フウツさんを口説いているんですの?」
「どこが口説いているんだ。お前は嫌悪以前に頭がおかしすぎるからどうにかしろ」
「まあ! フウツさん防衛要員として大目に見て差し上げていましたのに、なんて図々しい! 謙虚の『け』の字も無いですわね!」
「謙虚さが足りないのはお前の方だろうがこの暴走人間」
通常運転で何よりである。
というか面と向かって口喧嘩ができるあたり、デレーもヒトギラにとってはだいぶ心を許している部類に入るのではなかろうか。
「はっはっは! 仲良きことは美しきかな、だな! それはさておき、そろそろ到着するぞ」
ゼンがそう言うので、俺はいったいどこだと辺りを見回した。
が、周囲にあるのはひたすら似た外観の建物ばかり。
変わったものといえば、大きくて平べったい形の建物が民家や店の合間から見えるけれど、さすがにあれは違うだろう。
通りを進むにつれ、なぜだかだんだん近付いてくるけれど。
ゼンがそこへ続く一本道を歩き始めたけれど。
その入り口の門らしきところまでやって来たけれど……。
まさか、いやそんな、と困惑する俺をよそに、ゼンはにっこりと笑って言った。
「着いたぞ!」
「嘘でしょ!?」




