純粋な悪
俺はその姿に安堵する。
具体的にどうして、とかは無いけれど、とにかくホッとした。
「ぐ、うう……誰だ……?」
地面に突っ伏し、呻きながら少年は問う。
「オレはゼン! レジスタンスのリーダー、ゼンだ!」
大剣を構え、堂々と答えるゼン。
それを聞いた少年は少し驚いた顔をした後、おかしそうにクツクツと笑って立ち上がった。
「く、はは、あははは! そう、レジスタンスの! お前がクズの首領かあ!」
「む、失礼な。オレたちはクズではないぞ! そういうキミは魔王の手下だな?」
「は――ははははははは!!」
毅然とした態度で言い返すゼンに、少年は一拍置いてますます笑う。
だが、そこには確かな憎悪と嫌悪が滲んでいた。
動作と伝わる感情がちぐはぐなその様子は、いっそ狂気すら感じるほどである。
やがて少年は笑うのをやめ、静かに口を開いた。
「クズ共。偽善者のクズ共が。薄っぺらい正義を振りかざして楽しい? 楽しいんだろうね。だから3000年もずっとずっと魔王様の邪魔をし続けてるんでしょ?」
「確かにオレたちの行動は偽善かもしれないな。だが、それでもオレたちは魔族や人間を苦しめる魔王を倒す。キミに何を言われようとな!」
「……あっそ。まあいいよ、とにかくお前はここで殺してやる」
ゼンと少年は互いに構えをとる。
これ以上の会話は不要と断じたのだろう。
「みんなは下がっていてくれ。ここはオレが引き受けよう」
「う、うん!」
いつも通りに見えるゼンだが、かなりやる気みたいだ。
仲間想いの彼のことだ、レジスタンスを侮辱されたことが多少なりとも頭にきているのだろう。
俺は彼の邪魔にならないよう、そしていざという時には割って入れるよう、2人と一緒にほどほどの距離をとる。
一瞬の間、そして両者は同時に駆け出し、刃と爪が交わった。
甲高い音が辺りに響く。
大剣と鉤爪、一見釣り合わないそれらは同じように弾かれ合った。
ゼンはステップを踏むように、また少年は宙返りをして後退しつつ体勢を整える。
かと思えば瞬きの後にはまたぶつかり合い、どちらも一歩も譲らない。
「ひとつ問わせてもらおう!」
ゼンが応戦しながら言う。
「この建物にいた人たちを襲ったのはキミか!?」
「そーだよ。それが何?」
特段悪びれる様子もなく、少年は答えた。
「ここはただの事務所だぞ! それもごく一般的な、いち商店のだ。戦闘員なんて1人もいない。どうしてあんなことをしたんだ!」
「魔王様に反抗的だったからさ。ていうかお前らのせいでもあるでしょ。今までは大目に見てやってたけど、レジスタンスと協力しよう、みたいな動きし始めたんだもん。そりゃあ殺すよね」
「っ……!」
ぐ、とゼンは歯を食いしばる。
少年の言い分が自分たちやったのことを棚上げした、勝手なものだとは誰が聞いてもわかるのに。
それでもゼンは自責の念を感じているようだった。
「さあ、お遊びはここまでだよ。偽善者のクズめ、燃え尽きて死ね!」
少年は高らかに宣言すると、ゼンに向かって炎魔法を撃った。
炎は一直線に地を這う。
ゼンは難なくそれを躱した、が。
「ぐっ」
散った火の粉が彼の左腕に付着する。
さらにそれは蝋燭の火くらいにまで大きくなり、彼の身を焦がし始めた。
「この程度!」
ゼンは炎ごと自分の左腕を掴む。
少々やり方は荒っぽいものの、これで炎は消える……かに思われたが。
「何!?」
炎は全く衰えを見せず、ゼンの腕で燃え続けていた。
「なるほど、固有魔法か……!」
「正解! 俺の炎は対象以外には燃え移らない代わりに、俺が命じるまでは絶対に消えない。『あいつら』みたいに、死ぬまで焼かれ続けるんだ。お揃いだよ、お揃い。俺ってば優しいね?」
ふと嫌な臭いがし出す。
ゼンの体が焼けている臭いだろうか。
……待てよ。
これ、さっきの建物の中でも……。
「! ま、さか」
カチリと歯車が噛み合うように、俺は理解してしまった。
2階が不自然に暑かったのは。
あそこだけ部屋の扉が綺麗だったのは。
今と同じ、嫌な臭いが漂っていたのは。
そして、ヒトギラが見たものは。
「君は……建物にいた人たちを、焼き殺したの……!?」
俺は絞り出すように言った。
少年がこちらを向く。
彼は俺の顔をまじまじと見つめ、にんまりと笑った。
「ああ、気付いてくれた?」
まるで、いたずらが成功した子どものように。
おかしくってたまらない、と言うかのように。
「そうだよ。俺が、あいつらを、この炎で殺した」
言葉を失う俺たちに、少年は愉快そうに続ける。
「2階の部屋に立て籠ろうとしてたから、お望み通り障壁を張って閉じ込めてやったんだ。ただし、みーんな火だるまにしてからね!」
わからない。
どうして、彼はこんなにも喜々として語るのだろう。
「いやあ、傑作だったよ! 丸焦げになりながら、必死に外に出ようと扉なんか叩いちゃったりして。魔王様から貰った道具で張った障壁なんだから、破れるわけないのにね? ああでも、たまたま1階に隠れてた女がいてさ。そいつは普通に追いかけ回して斬ってやったよ」
どうして、人を殺して笑っているのだろう。
なにがそんなにおかしいのだろう。
「……あれ? 顔、真っ青だけど大丈夫? 平和ボケした人間には刺激が強かった?」
けらけらと笑う少年。
――いいですか、フウツさん。
――この世にはどうしようもない、純粋な悪というものが存在します。
――己が欲望のためならば他人などどうでも良い、という悪が。
あれはそう、リーシアさんの言葉だ。
魔王の考えていることがわからない、と言う俺に彼が教えた不可解な事実。
今ならそれが嘘でも誇張でもないとはっきりわかる。
これが、「純粋な悪」か。
「……んて……」
ぴり、と空気に怒気が走る。
「なんて、ことを!!」
ゼンが瞬時に少年と距離を詰め、大剣を振り下ろした。
「おっと、危な、いっ!?」
それを躱した少年へと、間髪入れずに次々と攻撃が繰り出される。
さっきまでと比べて各段に速さが上がっているのが、一目でわかった。
あまりの猛攻に、少年は防戦一方だ。
「なぜだ、なぜなんだ! キミも彼らも同じ魔族だろう、なぜそんなに惨いことができるんだ!」
見ると、ゼンの左腕からはとめどなく血が流れ落ちている。
どうやら炎の付いた部分をえぐったようだ。
「邪魔者を始末したいのだろう!? だったらひと思いに心臓を貫けば良い。生きたまま焼くなんて、何の意味があるんだ!」
「ちっ……この期に及んで綺麗ごとかよ。っと、虫唾が走るね」
ゼンの大剣をギリギリのところで躱しながら、少年は悪態をつく。
「意味ならあるよ。魔王様に反抗する愚か者共を、できるだけ苦しめて殺したいのさ。それにはアレがうってつけだったってだけ」
「キミには……キミには心が無いのか!」
今にも泣き出しそうな、いや聞いているこちらが泣いてしまいそうな、悲痛な声が夜空に溶けた。
わずかな隙を突き、少年が上へと飛び上がる。
「俺の心は魔王様のものだよ」
そう言い残すと、彼はあっと言う間に飛び去ってしまった。




