それでも、凡人のままで
「では、私は帰るとしよう」
緩みだした空気の中、ガルディさんは言った。
すかさずオーレイアさんが「待てよ」と止める。
「お前、うちのボスに文句付けに来たんだよな? それをやめて帰るってことは……」
「そういうこと、だ」
「おいおい、ちゃんと口で言えよ。ボスに面と向かってな」
くい、と親指でボスを指す。
ガルディさんは少々バツの悪そうな顔をしならがも、外套を翻して彼の前に立った。
「……『影の会』ボスとして、お前が『友好会』のボスであることを認めよう」
「え? な、なんで……ですか」
「ふ、それをわざわざ言わせるか?」
柔らかく笑うガルディさん。
そこにはもう敵対心は無く、どちらかというとリュキたちと同じ雰囲気を醸していた。
「先ほどお前が発揮した才。あれはそう、先代を彷彿とさせるものだった。あの男は、その場にあるものを利用して思いもよらぬ戦法を編み出し、故にあらゆる場所で強者たり得た」
「えっと……ぼ、僕のはちょっと違うような……」
ボスが蚊の鳴くような声で反論するが、ガルディさんは遠い目をして微笑を浮かべるだけで、全く耳に入っていないようだ。
「お前は紛れもなく、ボスの器だ。あの男の後継者だ。今はまだ未熟なれど、行き着く先はあの男と同じか……あるいはそれ以上の高みだろう」
「は、はあ」
「他の組織は私が牽制しておこう。その代わり、必ず成長し、裏社会の王にふさわしい男になるのだ」
ボスはどう返したものかとおろおろしていたが、やがて意を決したようにガルディさんを見据えた。
「……わかりました。やるからには、成し遂げてみせます」
「それでこそ」
ガルディさんは満足げに頷く。
静観していたゼンもまた、嬉しそうに笑った。
「よかったよかった! これで『友好会』と『影の会』が手を取り合うということだな!」
「別に仲良しごっこではないがな。ああ、レジスタンスにも多少協力してやろう。魔王には『友好会』を潰させん」
「うむ、ありがたい限りだ!」
こうして俺たちは『友好会』、そして『影の会』と協力関係を築くことに成功し、次なる目的地へと足を運ぶことにした。
が、その前に後始末だ。
リュキたちは支部に移動するらしいが、拠点をこのまま放置しておくのも何だとある程度片付けることとなった。
もちろん、俺たちも。
というわけで瓦礫を撤去したり、ヒトギラが氷漬けにした人たちを解放したりと各々勤しんでいると、ボスが俺に声をかけてきた。
「えっと、フウツさん、でしたよね?」
「うん……じゃくて、はい。俺がフウツですよ」
「その、お願いがあるんですけど。……僕の名前、聞いてくれませんか」
「名前? ですか?」
いまいち意図を計りかねる台詞だ。
しかしまあ、言葉通りに受け止めるならば断わる理由はない。
「別に構わないですよ」
「あ、ありがとうございます」
ぱっと顔を綻ばせ、彼は笑う。
それから少しもじもじして、小声で俺に囁いた。
「えと、実は僕、組織のしきたりだとかで、名前を呼ばれないんです。だけど、あなたには名前を知っていてほしくて」
そういえばボスの名前はここに来てから一度も耳にしていない。
自然とそうしているような雰囲気もあったが、しきたりとして定められていたのか。
「でも、どうして俺?」
「それは……」
恥ずかしそうに笑いながら、彼は言う。
「あなたは凄く、普通の人です。たまたま『魔王の器』にされただけの、普通で優しい人。僕も、結局のところは普通の魔族です。ですがみんなに凄いって言われて、もしかしたら本当に『そうなる』のかもしれない。今の不安も何もかも忘れて、全然違う僕になるのかもしれない。だからその、なんというか」
深呼吸をひとつして、それから。
「普通なあなたに、普通な僕を、憶えていてもらいたいんです」
ああ、と俺は納得する。
きっとこの少年は、この先どんな変化があろうといち凡人である自分を持っていたいのだ。
組織のボスとして大成したとしても、どこかでは普通のままで在りたい。
それを理解すると同時に、「俺でよければ」という言葉が口をついて出る。
少年は安心したように笑った。
「えへへ……。じゃあ、耳を。僕の名前は――」
俺は少年に教えてもらったその名前を、しっかりと記憶に刻んだ。
やがて日が落ち始める頃、やっと片付けがひと段落したので俺たちはお暇することになった。
「ではまた、こちらから連絡を送る。その時は頼んだぞ!」
「おう、任しとけ。せいぜい決戦までに死なねえよう、気を付けるんだな!」
リュキたちに見送られ、『友好会』の拠点を去る。
あれだけの騒ぎがあったのに、いやあったからか、通りにはあまり人がいなかった。
吹き抜けていく風が少し冷たく感じられる。
「フウツさん」
「ん、どうしたのデレー」
「先ほどのボスさんと……なんだかすごく、睦まじい様子でしたわね」
おっと、これは。
「いえ、いえ、フウツさんの交友関係をどうこうしようだなんて考えておりませんわ。フウツさんに友人ができるなら、それは喜ばしいことですもの。ですがフウツさん、友情から恋愛感情に発展することも珍しくありませんわ。フウツさんの魅力を知る者ならなおさらでしてよ。あの子どもは一見すると大人しい子羊のようでしたけれど、初対面であそこまで距離を縮めるということは……ああっ! いけませんわいけませんわ! 心に余裕がなくってよデレー! 子ども相手にムキになるのは弱者のすること! 大丈夫ですわ、私なら何者が相手だろうと! ええ、たとえ世界が相手だろうとフウツさんを守れますわ! 堂々と構えてこそ将来の伴侶にふさわしい女! ですからフウツさん、安心してくださいませ!」
「あ、うん」
最初の頃と比べると、彼女も微妙に寛容というか「迎え撃つ」姿勢になってきている気がする。
気のせいかもしれないけど。
「ははは、デレーは本当にフウツのことが好きなんだな!」
それはそれとして、ゼンは相変わらずおおらかだ。
デレーも彼のことは「誰にでもこういう奴」と認識しているのか、ヒトギラのようにライバル視していない。
いやヒトギラをライバル視すること自体どうかと思うが。
「今日のところは帰還とするが、下見くらいはしておこう。確かもうひとつの組織も、この辺りに拠点を構えていたはずだ」
ゼンは紙を見ながら通りを進んで行く。
エリダさんから示された候補は、ひとまず次で最後だ。
今のところ個人含めて4件中2件で戦闘沙汰になっているが、今度はどうだろう。
穏便に済むと良いんだけどな。
一抹の不安を抱えながら、ゼンに続いて角を曲がる。
すると。
「! あれは……」
向かって右側、少し奥の方で建物が倒壊しているのが見えた。
「ゼン、もしかして」
「ああ、そうだ。オレの目が正しければ、あの建物が次の候補組織の拠点だな」
いったいそこで何が起きたのかを見極めるべく、俺たちは駆け出す。
もうすでに、戦闘を避けられないという予感がしていた。




