ピタ〇ラスイッチ
「くっそ、ちょこまかしやがって!」
リュキが戦槌を振るが、女性はまたもやそれを避ける。
攻撃を当てようにもひらりひらりと躱され、まるで雲を掴むようだ。
「『器』」
「させませんわ!」
隙間を縫うように飛ばされる刃を、デレーたちと共に弾き続ける。
こちらの攻撃があちらに当たらなければ、あちらの攻撃もこちらに届かない。
劣勢ではないが、優勢とも言えない状況だ。
ヒトギラが隙を見て火の玉を撃ち込んでいるものの、これも軌道が読まれて刃で防御されてしまう。
どうにかしてあの刃を押しきれるくらいの威力がある飛び道具で攻撃したいが、魔法でそれをすると周囲に被害が及ぶことは必至である。
一進一退の攻防を繰り広げていると、後ろから突然、何かが空を切って女性の方に飛んで行った。
それはあれよあれよという間に、彼女の刃を次々に砕いていく。
いったい誰が、と振り向くとそこには外套を広げて女性を睨みつける、ガルディさんがいた。
「なんだあ? ガルディ、テメエ逃げてなかったのかよ」
リュキが挑発的に、しかしどこか楽しそうに言う。
「誰が逃げるか。どこかの馬鹿共と違って、奴の攻撃を見極めていただけだ」
「けっ、言ってくれるぜ」
ガルディさんは直接言いはしないけれど、一時的に味方をしてくれるようだった。
会話をしながらも、外套から槍状の魔法攻撃を撃ち出しては女性の動きを阻んでいる。
あれはきっと、彼の固有魔法だろう。
ナオの光の矢と同じくらいの、強い魔力を感じる。
見た目こそ小さいが、構成する魔力の規模はヒトギラの大技と同じくらいだ。
女性は負けじと刃を飛ばしていたが、しばらくするとふいに動きを止めた。
腕を元の形に戻し、すいっと天井付近まで浮上する。
「わかった」
「あ? 何がだよ」
いいから下りて来やがれ! とリュキが怒号を飛ばすが、彼女は相変わらず見向きもしない。
「いち、に、さん」
女性はヒトギラとクーキヨ、そしてガルディさんを順に指差す。
まさか、と思った時にはもう遅く、黒い縄が現れて3人を拘束した。
「っ!」
「ち、小癪な真似を」
「あ、やば。これ魔法使えないやつだ」
3人は拘束から逃れようともがくが、縄はびくともしない。
この場で魔法を得意とするのは、おそらく彼らだけだ。
つまり、彼らを拘束し魔法を使えなくするのは、障壁魔法を封じることと同義。
ということは。
「こうすれば、簡単」
女性が手をかざすと、そこへ赤い光が急速に集まってくる。
間違いない、障壁を封じた上で強力な攻撃魔法を発動させるつもりだ。
「みんな下がっ――」
けれど俺なら、相殺できるくらいの魔法を撃てるかもしれない。
いや、撃つんだ。
そう思って前に出た、その時。
「うわあっ!」
ボスの悲鳴。
ハッとしてそちらを見ると、彼が転んで棚に頭をぶつけたところだった。
戦いのせいで傾いていた棚は、たったそれだけの衝撃でぐらりと揺らぐ。
棚はゆっくり、そして加速度的に勢いを増してボスの方へと倒れてきた。
「ボス!」
「あ、あっ!」
リュキたちが駆けつけるより早くボスは傍らにあった椅子を引っ張って、つっかえ棒の要領で間一髪、棚を止める。
「ふう、危なかった……」
ボスはホッと息をつき、俺たちもまた胸を撫でおろした。
が、今度はミシミシと嫌な音が聞こえてくる。
音の出所は床だった。
2度も建物全体が揺れ、さらに天井が崩れ落ちた影響だろう。
痛めつけられていた床が、今の棚が倒れた――それも椅子を挟んだため一点に集中した――衝撃で本格的に壊れそうなのだ。
「わわっ!?」
ボスは慌ててその場から飛び退く。
メリメリという木の折れる音と共に、床板が軋みだす。
もういつ抜けてもおかしくない。
「ボス、こちらへ!」
「う、うん……あっ」
足がすくんで上手く歩けなかったのか。
2、3歩よろついたかと思うと、ボスは倒れている棚に覆いかぶさるかたちでぶつかった。
気弱といえど魔族は魔族。
きっとかなりの力が加わったであろう。
瞬間、床板は限界を迎え、勢いよくV字に折れる。
棚と椅子、ボスに押されて床は陥没し、端の方が勢いよく跳ね上がった。
さらにその跳ね上がった部分には、何の偶然かちょうどそこそこ大きい瓦礫が乗っており。
となると必然的に瓦礫は結構な速さで射出される。
その上、瓦礫が飛んで行った先には女性が。
彼女はあまりにも予想外な出来事に回避行動が遅れ、瓦礫が腹部に直撃することとなった。
「うっ」
呻き声をあげて女性は墜落する。
同時にヒトギラたちを捕らえていた縄が消えた。
気絶したか、魔法を保っていられないほどの痛さだったのだろう。
以上、1秒足らずのことであった。
「え、えっと……?」
困惑するボス。
唖然とする俺たち。
なぜか畏敬の視線を送る幹部一同。
当たり所が悪かったのか起き上がらない女性。
なんだこれ。
俺は言葉を失い、目の前の惨状をただただ眺める。
そうしていると、ふとあることを思い出した。
「あの、リュキ?」
ボスに歩み寄って慎重に助け起こしている彼女に、俺は問う。
「ボスが他のボス候補を倒したのって……もしかして、こういう感じで?」
リュキは得意げに、ああそうだぜ、と答えた。
「あん時は確か……1人目の方では、服が玄関の扉に引っ掛かったとこから始まって最後には建物が半壊。2人目の方は、置物を落としたら最終的に全員麻痺してぶっ倒れたな」
途中で何がどうなったのか非常に気になる。
さっきのを見たから「なんやかんやで建物半壊」はまだ理解できるが、「全員麻痺」はまるで意味がわからない。
反応に困る俺をよそに、リュキはニコニコしながら続ける。
「テメエもボスの凄さがわかったろ? はー、やっぱボスはすげえや……。俺もう痺れちまいましたよ、ボス」
「い、いや今のは偶然で……」
ともかく、本人が意図しないままに玉突き式に事故を起こして、最終的には敵を伸してしまうというわけか。
確かにこれはもう「才能」の域だ。
「うう……」
そうこうしていると、女性がみぞおち辺りを押さえながら立ち上がった。
まだやるのか、と俺は剣を構えて警戒する。
「魔王様、ごめんなさい……」
しかし俺の予想に反して、彼女はそのままフラフラと浮かび上がり、天井の穴から帰って行った。
相当痛かったんだな、と俺は少し同情を覚える。
「やれやれ、なんとか追い返せましたね」
ヴィヌさんが溜め息をつきながら言った。
「その、本当にごめん。俺のせいで大事な拠点が……。それにたぶん、今ので魔王から目を付けられることになると思う……」
「いーんだよ。ボスは無事、『器』のテメエも無事。どっちみちあと19日でドンパチやるんだろ? 構やしねえよ」
「ちょっとリュキ、私の返答を奪わないでください。少しは黙っていられないんですか?」
「へーへー、すみませんでしたあ」
「なんですかその返事は。まったくあなたという人は――」
2人が口論を始めたので、俺は邪魔をしないように離れる。
そうだ、決戦まであと19日。
残された時間は長いようで、短いのだ。




