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凡ミス

 男性はちっとも振り返らずにどんどん進んで行く。

 建物に入らせてはくれたしこうして案内もしてもらっているっぽいが、いまひとつ歓迎されているのかどうかが読めない。


 友好的な振りをして油断したところをザクリ、なんてのも有り得ることだ。

 誰か隠れていやしないかと周囲の様子に気を配ってみるけれど、少なくとも俺には何も感じられなかった。


 やがて男性はある部屋の前で立ち止まり、ぬるりと腕を伸ばして扉を開ける。

 何の部屋だろう、と思った直後、中からドスの効いた声が飛んで来た。


「おいベット! 部屋に入る時はノックしやがれって何回言ったら……あ?」


 中にいた人、声の主は少女らしかった。

 彼女はソファに座ったまま勢いよく罵声を飛ばしていたが、俺たちの姿を認めるや否や訝しげな顔をする。


「なんだテメエら。どっから入って来た」


「彼に案内をしてもらったんだ。怪しい者ではないぞ」


「……ベットよお」


 にこやかに言うゼンとは裏腹に、少女はベットさん含め俺たちを思いっきり睨みつける。


「いっつもいっつも、妙なモン拾ってくんなっつってんだろ? あ?」


 ベットさんは答えない。


「なんでテメエみたいな薄らトンカチがここに居られると思ってんだ、なあ? 俺がボスや他の幹部共に頼み込んでやってるからだろうがよ」


 ソファから腰を上げ、少女はずかずかと詰め寄って来る。

 今にも掴みかかりそうな剣幕だ。

 これはいけない、と俺は少女の前に立ちふさがった。


「ああ? テメエ、何のつもりだ」


 進行を妨害された少女は、ベットさんから俺に怒りの矛先を変える。


「ま、まあまあ、落ち着いて。喧嘩は良くないよ」


「喧嘩だあ? 魔人風情が舐めた口きくんじゃねよ、殺されてえのか?」


 少女が俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。

 が、俺は逆にその手を掴む。


 何も、反撃してやろうとかそういうわけではない。

 ここで俺が先んじて行動しないと、デレーが怒ってさらに事態が悪化するだろうと思ったからである。

 さすがにもう学習した。


「へえ、見た目によらず強気じゃねえか」


 すると意外にも少女は機嫌を直し、笑う。

 そして俺の手を軽く振り払うと、ソファのところへ戻ってどかりと座った。


「おら、テメエらも座れよ。話くらいは聞いてやるぜ」


「あ、ありがとう」


 少女に促され、俺たちは向かいのソファに着く。

 ベットさんは少し遅れて、少女の背後に回った。


「で? テメエらはどこのどいつだ」


「オレはレジスタンスのリーダー、ゼン。こっちはフウツ、それからデレーとヒトギラだ。あと諸事情で斧の中にアクィラという者もいる」


「斧の……? っつーかなんだ、レジスタンスかよ。んな組織が俺らに何の用だ? まさか共闘の申し込みなんてするつもりじゃねえだろうな」


「おお! その通りだ、よくわかったな!」


 一点の曇りも無く答えるゼンに、少女はひくりと頬を引きつらせた。


「まじかよ、それだけは無いと思ってたんだが」


「む、なぜだ」


「そりゃあお前、俺らが裏社会のクズだからだよ。レジスタンスなんてお綺麗な連中にとっちゃ、鼻つまみ者じゃねえの?」


「抵抗が無いと言えば嘘になるが、そう意固地になって拒むほどでもないぞ。近いうちに魔王と決着を付けるつもりだから、キミたちにも協力してほしいんだ」


 ふうん、と少女は腕を組む。


「まあ、俺らとしても魔王をぶっ倒すってのは悪くねえ。テメエらがその気なら協力してやっても……と言いたいところだがなあ」


「何か問題が?」


「問題……そうだなあ、問題だよ」


 うんうん唸りながら少女は立ち上がり、部屋の中を歩き回り出した。

 そんなに悩ましい事情があるのだろうか。


「あー、んー、ちょっとばかし時間をくれ。どっちにしろこの先は俺の一存じゃ決められねえ。他の幹部共と相談する。明日になったら、またここに来い」


「そうか、わかった。フウツたちもそれでいいな?」


 俺たちは頷く。

 相手方が検討してくれるというのだから、今日のところの成果としては十分だ。


「テメエまじで吉だか凶だかわかんねえモンばっか連れて来やがるよなあ」


 少女は後ろのベットさんに向かってぼやく。


「おら、見送りしてこい薄ノロ」


 ベットさんは変わらず無言のまま、ぬうっと動いて部屋の扉を開けた。

 すると。


「ひえっ」


 いつからそこにいたのか、俺より少し幼いくらいの少年がか細い悲鳴を上げて尻もちをついた。

 それを見たベットさんが、少年に手を差し伸べて助け起こす。


「なっ、何やってんすかこんなとこで!」


 さらに少女がそれなりに大きい声で言った。

 先ほどまでの荒っぽい口調とは打って変わって、なぜか敬語だ。


「ご、ごめんよう。廊下を歩いてたらリュキの声がして、それで気になって……」


 半泣きになりながら少年は説明する。

 あと少女の名前はリュキというらしい。


「えーっと、じゃあさっきの会話は?」


「最後の方だけ、ちょこっと。……その、ほんとにごめん、僕がこんなだからみんなに迷惑が……」


「いやいや、とんでもない! そんなことないっすよ!」


「でも問題って僕のことでしょう……?」


「そ、それはそうだけど……いやまだ花開く前っつーか、時期尚早なだけっつーか! 悪いのはボスに頼らなきゃいけない俺らであって、ボスは何も悪くな――」


 そこまで言って、リュキは自分の口を押さえた。

 気まずい沈黙が流れる。


 リュキはそっと口から手を放し、俺たちに問う。


「……おいテメエら、今なんも聞こえなかったよな?」


「聞こえましたわ! その方がボスでしたのね!」


 しかしデレーは無慈悲であった。

 良いことを聞いたと言わんばかりに、満面の笑みで言い放つ。


「ク、クソが……! 俺としたことが口を滑らせるなんて!」


「うふふ」


「うふふじゃねえよクソアマ……。いいか、テメエら全員このまま帰れると思うなよ……」


 リュキがにじり寄ってくる。

 戦闘になるか? と身構えるが彼女は俺たちを素通りし、少年を連れて廊下に出て行った。


「ぼさっとすんな! 無駄な血を流したくなかったらついてきやがれ! テメエもだぞベット! ったく、前言撤回だ。間違いなくテメエらが来たのは凶だよ、凶!」


 ぶつくさ言いながら奥へ進んで行くリュキを、俺たちは追いかける。


 口調や態度に反して、けっこう理性的なタイプのようだ。

 要所要所の言い方からして彼女は『友好会』の幹部らしいし、その辺りはしっかりしているのだろう。


 やがて階段を上がってすぐの部屋を示し、彼女は「おらテメエらこん中で待ってろ!」と言い捨てて少年と共にどこかへ去った。


 またベットが扉を開け、俺たちを誘導する。

 相変わらず一言も喋らない上に顔もほとんど見えないため、何を考えているのかさっぱりだ。


 ともあれ、リュキの指示に従い俺たちは部屋に入る。

 部屋には大きな机が2つとソファ、椅子がいくつか乱雑に置かれていた。


 リュキはいったい何をするつもりなのだろうか。

 不思議と危機感はあまり無かったが、かと言って落ち着くほどでもなく。


 俺たちは手持ち無沙汰に、彼女らの帰りを待つのであった。


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