組織名詐欺
「あ、来た!」
裏口を出てすぐ、そこで待っていたニギが駆け寄ってきた。
「黒白白、黒は舞った?」
ジギもてくてくと近付いて来る。
相変わらず何を言っているのか理解できないが、何かを尋ねているらしいことはわかった。
「フウツ、勝ったんだね。さっきのどっかんもフウツがやったんだよね? 私たちも試合見たかったなあ」
「ずっとここで待ってたの?」
「うん。支配人がそうしろって」
こくりとニギが頷く。
おそらくシハクさんは、ある程度あの状況になることを予想して、2人を巻き込まないよう誘導していたのだろう。
「甘いですわね」
「? 何が?」
「いえ、こちらの話ですわ」
やれやれといったふうに、デレーが溜め息をつく。
「ふーん……? でもこれで私たち、みんなと協力できるね!」
「地割れと朝、河より。雨が降る」
「えへへ、ジギもやる気満々だって!」
本人たちが乗り気で何よりだ。
ゼンも微笑ましそうに2人の様子を眺め、つられて破顔する。
「じゃあよろしくな、ジギ、ニギ!」
「朗々」
「うん、よろしく!」
こうして俺たちは2人を第一支部へ案内するべく、暗い道をぼつぼつと歩き出した。
ふと空を見る。
木々の隙間からは、綺麗な星空が覗いていた。
そういえば昼間の空は赤かったけれど、夜空は人間界のそれと大差無い。
厄災は空の色を変えてしまったが、月と星までは変えられなかったのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら足を動かしていると、ふいにゼンが口を開いた。
「ああ、そうだ。ジギ、ニギ、ひとつオレから頼み事があるんだが」
「なに?」
「これから何度か戦闘になることがあるだろうけど、できるだけ相手を殺さないようにしてほしいんだ。キミたちにとっては難しいことかもしれないが、どうか頼む」
ああ、そうか。
敵対しているからといってむやみに殺すのは、レジスタンスのやり方ではない。
2人が癖でやってしまう前に、断っておこうというわけだ。
「え? 別に難しくないよ?」
しかし、ニギは彼の言葉にきょとんとして答える。
「むしろ殺す方が難しいかも。だってやったことないし。ねえジギ」
「生け花」
どうやら2人とも殺しをしたことはないようだ。
会場やゴダーさんの雰囲気からして、対戦相手が死ぬまでやるのが常識なのかと思っていたが、そうでもないのだろうか。
「けどジギは殺す振りをするの、上手だよ。闘技場の戦士はみんな、殺す振りが上手じゃないといけないから」
私はへたっぴだから戦士になれなかったんだよね、と彼女は笑う。
……シハクさん、どれだけ2人を大事にしてたんだ?
「なるほどな! それはそれで頼もしいぞ!」
事情を察した上で全て吞み込み、ゼンは言う。
知らぬが花だ、俺も黙っておこう。
その後は取り立てて驚くようなことも無く、俺たちは第一支部へと帰り着いた。
ジギとニギはエリダさんらに歓迎され、住み込み組の一員となることが決定。
そのまま一緒に夕食をとり、今日のところは休むこととなった。
――決戦まで、あと19日。
翌朝、俺はあてがわれた個室で目を覚ました。
心身ともに不調は無し、昨日の疲れも取れているようだ。
「おはようございます、フウツさん」
突然、近くで声がしてびくりと肩が跳ねる。
声の主は案の定デレーだが、この気配を消して傍に立たれるのはいつになっても心臓に悪い。
「お、おはよう。いつからいたの?」
「ほんの少しだけ、前からですわ」
自然に目を逸らしながら言うデレー。
絶対「ほんの少し」じゃないな。
「フウツさんが穏やかに寝られているかを、お傍で見守りたくて」
「デレーこそちゃんと寝てね!?」
「うふふ、私のことを心配してくださるなんて嬉しいですわ」
デレーはつつましやかに笑う。
自分のことももう少し大事にしてあげてほしいものである。
さて、今日は残る協力者候補である2つの組織を回る予定だ。
俺たちは早々に第一支部を発ち、市街地へと向かった。
「これから行くのは『友好会』という組織の事務所だ。かなり大きな組織だから、人数の確保に期待できる」
「『友好会』か、なんだか優しそうな名前だね。どんな組織なの?」
「裏社会の頭だな」
「物騒!!」
裏社会というと、人攫いとか高利貸しとかそういう……。
名前詐欺もいいところだ。
「じゃあ、シハクさんの地下闘技場もその『友好会』の傘下だったり?」
「どうだろうな。可能性はあるってくらいだ」
そんな怖そうな組織と協力なんてできるのだろうか。
ゼンはあっさり言うが、どうにも不安だ。
と、それが顔に出ていたのか、ゼンが俺の背中を叩きながら笑う。
「なあに、そう心配するな! チャンスがあることは、エリダたちがきっちり調査済みだ」
「チャンス?」
「ああ。『友好会』は最近、ボスが変わったばかりなんだ。それもベテランの老人から、裏社会で言えば新人の若者にな。先代の孫らしいが、新米は新米。説得はしやすいと思うぞ」
お爺さんから、一気に孫へということは、何かしらの不幸やいざこざがあったのだろう。
しかし裏社会の諸事情なんて、いまいちぴんと来ない。
もしかしたらもっと複雑な経緯があるのかもしれないな。
「つまり、世間知らずの若造を言いくるめると?」
デレーがそう言うと、ゼンは眉を下げて苦笑した。
「はは……まあ、そういうことだ。ちょっとばかり卑怯なやり方だけど、清い手段だけじゃ魔王には勝てないからな」
「良いと思いますわよ。交渉は卑怯になった方が勝つものですので」
こうして歩くことしばらく、俺たちは『友好会』の事務所だという建物に到着した。
外観だけだと少し立派な家といった感じで、特に物々しい雰囲気は無い。
街中に堂々と建っているし、裏社会の組織だとはとても思えない風貌だ。
「よし、じゃあ行くぞ」
戸口に立ち、ゼンは鈴を鳴らす。
沈黙。
「む? 留守なのか?」
もう一度、今度は少し大げさに鳴らす。
すると、バン! と勢いよく玄関の扉が開いた。
さらにそこから、ぬうっと大きな人影が現れる。
それはずんぐりとした男性で、帽子を目深に被り口元は高い襟で隠されていた。
立っているだけで圧がひしひしと伝わってくる。
「おはよう! 用があるんだが、中に入れてくれるか?」
だがそんな威圧感をものともせず、ゼンは朗らかに話しかけた。
俺はハラハラしながら相手の返答を待つ。
男性は無言のまま、のったりとした動きで横にどいて空間を空けた。
入ってもいいということだろうか。
「ありがとう、お邪魔します!」
「お、お邪魔します……」
俺はゼンの後に続き、みんなとおっかなびっくり中へ進む。
外観に違わず、やや高級そうな内装が俺たちを出迎えた。
ばたん、と扉が閉まる音がし、男性が俺たちを追い越してぬうっと歩いて行く。
どうか穏便に済みますようにと祈りながら、俺は一歩を踏み出すのであった。




