スペシャルマッチ
「さて、初めましてだねお客人。俺はシハク、この地下闘技場を取り仕切る支配人さ」
上等そうなソファに座り、にこにこと笑顔で彼は言う。
「それで、こんなところに何の用かな?」
「ジギを仲間に入れたいんだってさ!」
ニギが横から答えると、シハクさんの笑顔が少し曇った。
「オレたちはレジスタンスだ。魔王との決戦に備え、ぜひともジギに協力してもらいたい」
「魔王と決戦? しばらく前にそれやって、こっぴどく負けたんじゃなかった?」
「ああ、確かにあの時は負けた。だが、だからこそだ」
ゼンはシハクさんを見据えて続ける。
「魔王側は、レジスタンスが再戦を挑んで来るにはまだ早いと思っているだろう。加えて魔王は休眠中だ。戦力を強化し、攻めるなら今だと思わないか」
「へえ」
「魔王に対する切り札もある。彼、フウツは『魔王の器』……つまり魔王と同等の力を有しているんだ。勝算はある、だからどうか協力を了承してもらえないか?」
ゼンの言葉を聞き、うーん、とシハクさんは口元に手をやって唸った。
それから俺を一瞥し、しばし沈黙する。
「……そうだなあ。俺としても魔王にはひと泡吹かせたいところだし、君の計画も魅力的だ」
好意的な感想に、ゼンはパッと目を輝かせる。
「じゃあ」
「だけど」
しかし、シハクさんはそんなゼンの台詞を遮った。
「ジギはうちの人気戦士なんだ。この不気味で得体の知れない感じが客にウケててね。魔王を倒すため一時的に、と言われても客は納得しないだろう。そうすると客が減るだろう? だから、ここの支配人として、連れて行かれると大いに困る」
「むむ、そうか……」
「それでもっていうなら、君たちにひとつ提案がある」
ニヤリと不敵に笑うシハクさん。
その目は俺を鋭く射貫いていた。
そうして、地上ではすっかり日が沈んだであろう頃。
「本当に大丈夫ですの、フウツさん」
俺たちは戦士用の控室にいた。
「大丈夫だよ。本当に危なくなったらちゃんと退くから」
俺は心配そうにするデレーを、そう言ってなだめる。
シハクさんがしてきた提案というのは、俺が戦士として出場し勝ち星を挙げてみせろ、といったものだった。
刺激に飢える観客たちを楽しませることができたなら、ジギが闘技場を一時的に離れることを許可してくれるそうだ。
「ジギとかいう奴より、お前の方がずっと大事だ。絶対に無茶なことはするなよ」
「ああ、ヒトギラの言う通りだ。くれぐれも無理のない範囲でな!」
「うん」
しばらくすると案内の人が呼びに来て、俺はみんなに見送られて会場へと向かう。
ここに来る時に見た2つの扉まで行くと、その片方の前に俺の対戦相手らしき人がいるのが見えた。
見上げるほどの巨体に大きな角。
綿が詰まっているんじゃないかというくらいに、手足が筋肉で膨れている。
人間……ではないけど、体って筋肉が付きまくるとこんな感じになるのか。
「えっと、こんにちは……?」
おそるおそる話しかけると、その人は振り向き俺をじろりと睨んだ。
「誰だテメエ」
「これから対戦させてもらうフウツです」
「はあ? テメエが支配人の言ってた奴ってわけか? おいおい、冗談キツイぜ!」
男性はゲラゲラと大声で笑う。
「こんな筋肉も気迫も無い魔人のために、わざわざ俺が指名されたって? 支配人の奴、何とち狂ったこと考えてんだか!」
「あはは……すみません、骨を折らせちゃって」
俺が謝ると、彼は面白くなさそうな顔をした。
見るからに弱そうなくせして怯えないのが気持ち悪い、とかだろうか。
しかし彼はすぐニンマリとした笑顔に戻り、俺の肩を掴む。
「なあに、気にすんな。俺は獲物をいたぶるのが得意なんだ。テメエみたいな雑魚が相手でも、きっと会場を盛り上がらせてやれるぜ」
人間界ではこういう人からの罵倒はだいたい暴力とセットだったから、殴ったりしてこないあたり案外優しいんだな、と俺はほっこりした気持ちになった。
さてそんな会話もほどほどに、俺たちは案内の人の指示に従ってそれぞれ扉をくぐる。
「道なりに進んでいただければ会場に出ますので」
「わかりました。ありがとうございます」
薄暗い通路を1人で歩いて行く。
これから大勢の人の前で戦うのかと思うと、少し緊張した。
なにせ、今まで人に「観られる」ような場に出たことなんて一度も無いのだ。
ああ、本当にドキドキしてきた。
でもシハクさんは「ちょうどいい実力の戦士を選んでおくよ」と言っていたし、落ち着いてやりさえすれば。
何度目かわからない深呼吸をしているうちに、通路の終わりが見えた。
会場の方から、明るい光が差し込んでいる。
「よしっ……!」
俺はぎゅっと手を握りしめ、その光の中へと一歩を踏み出した。
途端に、わあっと歓声が巻き起こる。
まばゆい光も相まって、思わずくらくらしてしまうほどだ。
会場は円柱形になっており、円状の場を観客席がぐるりと取り囲んでいる。
そこにデレーたちの姿は無い。
不正を防ぐためだとかで、控室にいることをシハクさんから命じられているのだ。
見ると、向かい側からは先ほどの男性が歩いてきている。
俺は彼にならって会場の中心、3段分ほど高くなっている舞台まで進んだ。
「ヒヒッ。少しは頑張ってくれよ?」
「もちろん。俺も勝つために来てるから」
男性と向き合い、俺はにこりと笑う。
そう、俺の相手はこの人だ。
周りなんて気にせず、目の前の彼に集中すればいい。
『皆さん、本日もご来場いただき誠にありがとうございます!』
と、シハクさんの声が会場に響いた。
魔法道具を使っているのだろう、やまびこのように音が反響している。
『今日の対戦はスペシャルマッチ! この小柄な少年が歴戦の戦士・ゴダーに戦いを挑みます! そして、もし少年が勝てば! 彼に我が闘技場のジギを30日間、貸し出すこととなります!』
なんだか物の貸し借りみたいで嫌な感じだけど、観客たちはそれを聞いて大いに沸いた。
まじかよ、とか、それだけ勝ち目が無いんだろ、とかいう言葉が聞こえてくる。
『そしてここで、より刺激的な情報をひとつ。実はこの青髪の少年――人間界からやって来た、純人間です!』
「はあ!?」
これには観客だけでなく、男性……ゴダーさんも素っ頓狂な声を上げる。
『前代未聞、魔族対人間の対戦! 安牌を選んで観戦に徹するも良し、少年に賭けて一発狙うのも良し! さあ、お手元の箱に賭け券とお金を入れてください!』
観客たちがざわつき出す。
魔族にとって人間はひ弱な種族という認識なのだと聞くし、俺が思う以上に、俺が勝つ可能性は低いと考えられているのだろう。
「おいおい、人間なんかいたぶる間も無く死ぬだろ」
ゴダーさんもまた、大きく溜め息をついた。
「テメエまじで何しに来たんだ?」
「ジギさんの力を借りに、としか」
『魔王の器』であること含めて詳しい事情が言えないため、俺が命知らず通り越して馬鹿みたいになっている。
が、それでも聞こえてくる声からして、観客たちは「支配人のことだし……」と何か裏があることを期待しているようだ。
少なくとも、賭けを壊すようなことにはならなさそうでよかった。




