温度差
俺たちは応接間に通され、ミフムさんと向かい合う形で椅子に座った。
ミフムさんは足を組み、俺たちを正面から見据える。
「さて、貴様らの事情を聞かせてもらおうか」
「あ、その前にちょっといいですか」
「なんだ」
「俺たちと一緒にもう1人、赤い髪の人がいたと思うんですけど」
ああ、と彼女は口元に手をやった。
「人形が捕らえてきたあの男か。奴なら――」
「みんな無事か!」
バン、と扉が開き、大剣片手にゼンが入ってくる。
「ん? そこにいる女性はミフムか? 悪い、キミの人形を数体ほど破壊してしまった!」
力技で人形を振り切って来たらしい。
ミフムさんが小さく溜め息を吐く。
「構わん、というか知っている。その過程で窓が3枚割れたこともな」
「そうか! ところでこれはどういう状況だ?」
ゼンは歩きながら大剣を下ろし、デレーの隣に腰掛けた。
「ええと、ミフムさんが話くらいなら聞いてくれるって」
「なるほどな。オレも席に着いて良いだろうか!」
「もう着いてるんだよなあ……」
ゼンの乱入とも言える参加を、ミフムさんは呆れながらも受け入れる。
こうしてやっと、本格的に対話が始まるのであった。
「――というわけでオレたちは、レジスタンスとして共に魔王と戦ってくれる人を求めているんだ。ミフム、キミのその力を貸してはくれないか」
こちら側の事情と要求を伝え終えると、ミフムさんはしばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。
「いいや、断る」
「なぜだ? キミも魔王の横暴に反対する者じゃないのか?」
「貴様らが善人だからだ。私は罪人、裏社会の悪人たちならいざ知らず……貴様らのような者たちの仲間にはそぐわない」
険しい顔つきで、彼女は言う。
「私はかつて、魔王の部下だった。当時のレジスタンスを襲撃し、捕らえた者たちを処刑人に突き出したこともあった。そして……あの人間界侵攻にも喜々として参加した」
「でもキミは帰還後、魔王に直訴したんだろう? こんなことはもうやめるようにと」
「ああ。だがそれは単に、怖くなっただけなのだ」
「怖くなった?」
「……私はとある集落を襲うよう指示されたんだ。その集落は山の中にあったから、一気に焼き払ってやろうと魔法で火を放った。そしたら燃える家の中から、人間たちが逃げ出してきた」
ふ、と部屋が薄暗くなる。
雲が日光を遮ったようだった。
「私は討ち漏らすまいと接近し、直接魔法をぶつけてやろうとして……気付いた。人だ、と。あちらの人間も、魔族と変わらぬ人だった。理屈ではない。彼らを間近で見た瞬間、魂がそう叫んだのだ」
「…………」
「私はすぐに火を消し、人間たちに家から出ぬよう脅した。それから部隊に戻り、集落の人間は全て殺したと虚偽の報告をした。結局その後、人間界の空気のせいもあって押された私たちは撤退し……あとは貴様らの知る通りだ。人間を殺すことが怖くなった私は魔王に直訴し、退けられ、屋敷で眠りにつくことを選んだというわけだ」
ミフムさんの言葉には、生半可でない後悔と自己嫌悪が滲んでいた。
きっと彼女は、自分が生きることも死ぬことも許せなくなったのだろう。
俺は彼女に何と言えばいいのかわからなかった。
わかるのはただ、彼女に協力を求めるのは無理そうだということだけ。
ゼンも同じ考えのようで、残念そうに席を立った。
「なら、これ以上はよしておこう。急に押しかけて悪かった。それと、薄っぺらな言葉になってしまうが……どうかあまり自分を追い詰めないでやってくれ」
「気持ちは受け取っておく」
ミフムさんはこれからどうするのだろう。
また自分に魔法をかけ、長い眠りにつくのだろうか。
俺は後ろ髪を引かれる思いで、しかしやはり何を言うこともできずに立ち上がる。
と、その時にうっかり、隣に座るデレーの斧に服の裾を引っ掛かけてしまった。
「っと、ごめん」
「あら。大丈夫ですわ、すぐにほどいて差し上げますので」
持ち手の小さな装飾に、ほつれかけた糸が絡まっているようだ。
俺は悪化しないようにじっとしておき、デレーが服が傷まないよう慎重にほどこうとするが、どうも上手くいかない様子。
「こちら側を持っておこう。これでどうだ?」
見かねたミフムさんがカバーに覆われた刃の方を持ち上げる。
すると良い具合に力のかかり方が変わったのか、すんなりと服が外れた。
「ふう、なんとかなりましてよ。感謝しますわ」
「ありがとう。ミフムさんもありが……ミフムさん?」
ふと顔を上げると、ミフムさんが斧を持ったまま目を丸くしていた。
「……妙な気配がするな。この斧は何だ?」
彼女はまじまじと斧を見つめる。
「ああ、たぶんアクィラさんですわね」
「誰だそれは」
「精霊ですわ。諸事情でこの中にいるんですのよ」
「精霊!」
途端にミフムさんの目が輝く。
何か言いたげに斧とデレーを交互に見る彼女に、俺たちは首を傾げた。
「あらあら、精霊に興味があるのかしら?」
「む!?」
突然、斧から女性の声がし、ミフムさんはさらに目を見開く。
女性というか、アクィラだけど。
「声だけで失礼。初めまして、ミフムちゃん。お姉さんは人間界から来た精霊のアクィラよ」
「お、おお……!」
声を震わせるミフムさん。
新鮮な反応が嬉しいのか、アクィラは気取ったふうに語りかける。
「お姉さんとお話しがしたいみたいだから、特別に出て来てあげたわよ。さ、聞きたいことでも言いたいことでも、何でもどうぞ」
「い、いいのか? では……んんっ……私、私は昔、精霊に会ったことがあるんだ。ずっと小さい頃に。いや、しかしまた会えるとは。本当に、夢のようだ」
ミフムさんは興奮を隠しきれない様子で言った。
「ん、でも魔界の精霊って、3000年前に厄災で滅んだんじゃなかった?」
「ええと、それはだな……そうだ、順を追って話そう」
先ほどまでのクールな雰囲気はどこへやら、幼い子どものように彼女は語り出す。
「私が昔住んでいた家……その近くに林があった。さらに林の中には泉があって、そこに精霊の残骸がいたんだ」
「残骸?」
「そうだ。どうにか厄災を耐えたのだろう。すでに自我は無く、ただ在るだけのものとなっていたが、それでいてなお美しい姿をしていたことを覚えている」
俺は彼女の言葉につられてその精霊を思い描いてみるが、いかんせん精霊と言えばアクィラのイメージが強く上手くいかない。
「彼女は毎日毎日、同じ言葉だけを繰り返し呟いていた。その言葉というのが聞いたことの無い不思議なもので、私にはとても神秘的に感じられた。意味を知りたくて、聞こえる通りに紙に書きとり大人に意味を尋ねたが、結局わからず終いだったな。それでも精霊の魅力の虜になっていた私は、よく精霊の元に通っていたのだが……私が10になる頃、残骸はとうとう消えてしまった」
想像の中のアクィラが消える。
なぜだかとてつもなく悲しくなった。
「残ったのは謎の言葉を書きとった紙だけ。それから私は、その紙を宝物として後生大事に持ち歩いていた。しかし人間界侵攻の折に紛失してしまってな……」
「それは残念だったわね。じゃあどんな言葉だったかはもう思い出せないの?」
「いや、紛失したのは10の写しのうちの1つだ」
「写しすぎじゃない?」
「そして一番最初に書いたものがこれだ」
「オリジナルもバッチリ残ってるのね!? やだこの子、変な方向に健気で可愛すぎるわ!!」
もし実体化できていたら、アクィラはミフムさんに飛びついていたことだろう。
もしかしてこの2人、相性が良いのでは? ……と、こっそり思う俺であった。




